人形佐七捕物帳13 浮世絵師
春陽文庫

本格ミステリばりの「美男虚無僧」、密室から千両箱が消える「日本左衛門」、ホラー風味の「怪談五色猫」や「狼侍」、通俗人情物といえる「蛇を使う女」、中篇「浮世絵師」など全10篇。

美男虚無僧
にわか成金の材木問屋駿河屋藤兵衛は佐七が大の贔屓で、深川新天地の天明楼での新年の祝いの席にも佐七を呼びだした。座敷には成金のお大尽遊びらしく、芸者や幇間医者などが侍っていたが、目玉は小吉という最近になって藤兵衛お大尽のいい子になった芸妓だった。
この祝いの席は小吉の顔見せも兼ねていたのだった。酒が入って暫くたち、列席の皆から催告を受けて小吉を呼び込もうとした矢先に、庭先の離れで人殺しという女の叫び声があがり、障子越しに雪洞の明かりで、虚無僧が女を刺してその女が倒れるのが見えた。
一同が慌てて駆けつけ離れの障子を開けたが、そこには胸をえぐられた小吉が血まみれになって息絶えていた。その上には屏風が倒れ込んでいる。さらに隣の座敷では虚無僧姿の男の死体があった。深編笠を取って見ると幇間医者の妙庵だった。
全ては藤兵衛お大尽の茶番から始まった。お大尽は妙庵と小吉に人殺しの場面の茶番を演じさせて、それを障子越しに雪洞の明かりで一同に見せ、慌てる一同の前に茶番であることを明かそうと計画した。だが犯人に裏をかかれ、小吉と妙庵を殺されてしまったのだった。
いなり娘
夜の武蔵野の原を帰る佐七と辰に豆六の一行の前に、石地蔵の陰から突然若い娘が飛び出して、狐を探していると妙なことを口走った。娘は狐の鳴き声を聞くとすぐにいなくなり、狐につままれたような佐七一行は再び歩き出した。
一行はしばらくすると、また同じ石地蔵の前に出た。道に迷ってしまったのだ。すと今度は若衆が飛び出してきたが、その着物の前は血がべっとり。若衆は佐七たちを振り切って逃げて行ってしまった。
佐七たちが石地蔵の裏を改めると、そこには先ほどの若い娘が胸を刺されて死んでおり、古狐がよたよたと歩いてきて娘に寄り添うように寝そべった。
殺された娘はお紺といい、鬼子母神境内のいなりずし屋の看板娘で、側に横たわった古狐もいなりすし屋で看板代わりに飼われていたものだった。いなりずし屋の親父によると、狐は客にからかわれたのを怒り、客が開いた扉から飛び出すと客の顔をひっかいて逃げたというのだ。
店の看板だから皆でその狐を探しに出たが、お紺はそのまま死体で帰って来たというわけだった。さらに北町奉行所の与力で、先ごろお役御免になった魚崎兵庫之介という評判の悪い男が、狐に百両の値をつけて買いたいと申し出て来たというのだ。
巡礼塚由来
大身代をほこる材木屋紅屋の娘お通が、向島に花見に行った帰りに、長命寺付近の桜の下で雷にうたれて死んだ。その桜の木には、雷雨が来る前に巡礼娘が折檻され縛られていたのだという。
その巡礼娘が縛られたのは、掏りを働いたからだった。掏った相手は生き神様と崇められている、今をときめく華厳院英存という男だった。英存は浅草で今戸河岸で加持祈祷をして信者を増やしていたが、長命寺のところを通りかかった時に巡礼娘に財布を掏られた。
すぐに供侍が巡礼娘をとらえたが、どうしても出てこないものがひとつあったらしい。それが何かはわからないが、巡礼娘は折檻され桜に縛り付けられたという。
その巡礼娘は誰かに助けられてと見えて、お通が死んだときにはいなかったらしい。ちょうど通りかかった佐七一行はその話を聞いて、ふと川の中を見た。そこには菅笠がひとつ浮いていて、引っ張りあげてみると菅笠の紐の先には小判が一枚くくりつけてあった。
そこに現れたのがしじみ売りの若い男で、しじみ売りは小判を調べている佐七一行に襲いかかり、辰を川に落とし、豆六をしじみだらけにし、佐七を突き飛ばして小判を奪って逃げ去ってしまった。
日本左衛門
二十余年前に獄門になった大泥棒日本左衛門を名乗る手紙が、佐七の住居に投げ込まれた。日本一の大どろぼう 日本左衛門と署名してあり、大奥の月照院様が芝増上寺に贈る進物を盗むと書かれていた。
実際に芝増上寺へ使わされるのは月照院お気に入りの中老万寿であった。その行列が愛宕下に差し掛かった時に、万寿が癪で苦しみ出した。幸いすぐ近くに能衣装の関岡という店があったので、訳を話して休息を取らせてもらった。
いきなりのことで関岡の方でもてんてこ舞いしたが、間の悪いことにそこに火事騒ぎが起き、関岡の店は大混乱となった。そこへ手紙を見た佐七が駆けつけてきた。火事騒ぎはボヤ程度だというのだ。だが、この間に進物は盗まれ、長持ちの中には代わりに瓦と能面が残されていた。
それから暫くして、また佐七のもとに日本左衛門から挑戦状が舞い込んだ。今度は吉原玉屋の千歳太夫の身請け金千両を盗むというのだ。千歳太夫は蔵前の札差し大枡屋が千両で身請けすることが江戸で話題になっていた。その金を盗もうというのだ。
佐七は辰と豆六とともに身請けの夜、玉屋で忍んで日本左衛門を待ち受けた。だが日本左衛門は裏をかくように太夫の座敷から、そこに独りでいた千歳太夫を刺して千両箱を盗み出したのだった。
二枚短冊
蒸し暑い夏のある夜、佐七の家に忍び込もうとする者があった。2階の雨戸をこじ開けて腕を入れてきたところを、物音に気づいた辰と豆六が腕を掴んで取り押さえ大騒ぎとなった。
下で寝ていた佐七と女房のお粂も起きて上がって来た。そのとき腕がすっぽりと抜けたのだ。その腕は若い女の左腕で、肩の付け根からスッパリと斬り落とされていた。そして梅の赤よろしの花札の入れ墨、さらに手には「鬼女の腕一本進上」と記された達筆な書付が握られていた。
翌朝、佐七は裏に住む立花という浪人を訪ねる。酒飲みだが、妙に佐七とうまが合い、親しくしている人物だった。佐七の問いかけに立花は、自分が昨夜斬った腕だと認めた。
句会の帰りに提灯をつけて夜道を歩いているといきなり現れた女にふところを探られ、一喝すると女は人違いと言い訳して逃げようとするので一刀のもとに腕を斬ったのだという。
気丈な女と見えて腕を斬られても橋から飛び降りて逃げて行った。橋の下の船に仲間がいたようなのだ。聞けば昨夜は提灯を間違えて、違う紋どころの提灯を下げていた。立花を襲った女は本当に人違いをしたようだった。
怪談五色猫
市村座の狂言作者西沢篤助が寮にこもって芝居の筋を考えていると、隣の屋敷で騒ぎが起きた。隣は旗本立花丹後の下屋敷で、丹後の妻の園江と跡取りの亀之助が療養に来ていた。
今その立花家の邸で、亀之助を抱いた園江が3人の侍に斬られそうになって庭に飛び出して来たのだ。ちょうどそのとき、庭の隅に官女の姿をした何者かが現れた。それを見た侍たちは刑部様が現れたと絶句すると、園江には構わず逃げ去って行った。
その一部始終を寮の垣根越しに見ていた篤助は、その場面を狂言に書いた。官女姿の若衆が本性を現して猫に戻るという怪談だった。これが大当たりとなったが、篤助はどうしたことか再び寮に戻ってしまった。そして篤助は死体となって庭に横たわってしまった。側には自らの血で官女姿の絵を残していた。
蛇を使う女
旗本結城孫十郎の世継ぎで当年8歳になる千之丞のところに、進物が届いた。結城家の家風では、こういう場合は進物を受け取らぬのであるが、あいにく新たに雇った女中が応対した為に、千之丞のところに進物が届けられてしまった。
いわば手違いであったのだが、この進物の中身が駕籠に入った蝮で、千之丞は咬まれてしまった。さいわいにして手当てが早かったので、命に別条なかったのだが、屋敷の方では誰が蝮を送って来たか調べないわけにはいかなくなった。
そこで佐七のもとに結城家の用人が、蝮を送った人物を調べてくれと頼みに来た。手掛かりは、若い女であるというだけだった。ところが千之丞が蝮に咬まれた日に、両国の蛇使いの女が、やはり蝮に咬まれて死んでいた。しかもその蛇使いの女、死ぬ少し前に奇妙な行動をしていたのだった。
かんざし籤
佐七の子分の辰と豆六が大川に飛び込もうとしている女を助けた。その女、年は若いが怪力の持ち主で、両国で評判の女軽業師鈴本小虎の一座で古今無双の怪力女で売っている小万だった。
翌朝、大川端の第六天稲荷の境内で若い男が絞め殺されていた。男は駒形の小間物屋扇屋の番頭だった。さらに扇屋では女主人のお扇が首をたすきで締められていた。お扇の方は気を失っているだけで、しばらくして息を吹き返した。
お扇によると、昨日大柄な若い娘が鼈甲の櫛を万引きし、それに気づいた番頭が女の跡を追けていったが、それきり帰ってこないという。そして今朝がた誰かが店に忍び込み、お扇を襲ってきたということだった。
お扇の話から店で万引きしたのはお万と思われたし、お扇の首に巻きつけてあったのもお万の使うたすきだった。一方、辰と豆六に助けられたお万だったが、その後店に送られた後、自分で喉をついて自害していた。
自害の前に小虎にお万はすべてを語っていた。お万は非合法のかんざし籤を買って騙され、大きな借金をこしらえてしまい、それを棒引きする代わりに扇屋で鼈甲の櫛を万引きしろと脅されたらしい。
体は大きいが気が小さいお万は、言われたとおりに櫛を万引きしたが番頭に見つかり、思わず投げ飛ばしてしまったらしい。伸びてしまった番頭を見て驚き、大川に飛びこもうとしたところを辰と豆六に助けられたということだった。
狼侍
水茶屋で一服していた佐七たちの前に現れたのは、年は若いがすさんだ感じの酒臭い侍で、どこか狼の獣性を思わせた。その侍曰く、これから前代未聞の人殺しがあるという。それだけ言って、侍はスタスタと行ってしまった。
佐七たちが侍の後をつけると、本所のさびしいところにある屋敷の門をくぐって行った。暫くしてその侍が血相を変えて走り出て来て、わき目もふらず逃げて行った。その後から何か大きな獣が後をって行く。後でわかったところでは、とてつもなくでかくて凶暴な、盲の秋田犬だった。
侍と犬を見送った佐七たちが屋敷へ入って見ると、そこには無惨にも斬りさいなまれた武士の死体とその妻と思われる女、それに武士が一人いた。ここは金座お金改め役藤間丹波の屋敷で、殺されているのは丹波本人だという。
現場にいた女は丹波の妻の萩江、武士の方は丹波の同僚で磯貝房次郎、さらに佐七に殺人予告をし逃げていったのは、丹波の弟の虎之助だった。丹波は病気を苦にして今晩犬にかみ殺されて死ぬつもりとの手紙を房次郎に宛てて出し、それを見て驚いた房次郎が駆けつけてきたが、すでに事が終わった後だったというのだが…
浮世絵師
上野山下にある市川鶴寿の女芝居の小屋の楽屋口に、猫背で左目が潰れ、鉄の眼鏡をかけ、白いあごひげ、鼻は平べったく歯は反っ歯という老人が、一座の看板役者市川鶴代を訪ねてきた。
老人は浮世絵師猫々亭独眼斎と名乗り、祝儀をはずんで楽屋に通されると鶴代に会った。鶴代を前に独眼斎老人は、鶴代を手本にして浮世絵を描きたいと言い出した。
迷う鶴代に楽屋の皆は鶴代に手本となることを勧め、結局鶴代も承知する。だが、その当日鶴代は気おくれしたのか、同じ芝居の役者寿恵次に代役を頼んだ。寿恵次は顔を頭巾で隠して、独眼斎に連れられて出ていった。
ところがこの独眼斎というのが曲者で、乞食相撲の捨松というのに女を抱かせ、その様子を写実して浮世絵にするという悪どいことをしていた。だから捨松の相手は誰でもよかったのだ。
そのために寿恵次が犠牲になった。しかも翌朝下谷の空き屋敷で、乳房を噛み切られ朱に染まった凄惨な死体で発見されたのだった。
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