人形佐七捕物帳12 梅若水揚帳
春陽文庫

密室殺人の「お時計献上」、佐七の目の前で殺人が起こる「当たり矢」、衆人の中での殺人「百物語の夜」、殺された医者がきつねだったという「きつねの宗丹」など全10篇。

梅若水揚帳
去年の2月19日、彼岸の入りの日に雷門前の雪だるまから、梅若という若い男の全裸死体が出て来た。梅若は17歳、たかが大道のコマまわしだが、その美貌は江戸中の評判となり、八丁荒らしといわれた人気者だった。
それが一昨年の暮れの28日から行方不明になった。そして50日後に雪だるまから出て来たのだ。その雪だるまは暮に造られ、解けそうになると新たに降った雪で補われていたから、梅若の死体がいつ雪だるまに込められたかはわからなかった。
それから1年、再び雪だるまから死体が現れた。今度は女の全裸死体だった。女はへっつい河岸の芸者で玉虫お蝶。このお蝶は去年の梅若の事件で厳重に取り調べられた女の一人だった。
実は梅若は遊んだ女の詳細を記した帳面を残しており、それが佐七のライバルの岡っ引き海坊主の茂平次の手に落ちた。俗に梅若水揚帳と呼ばれたその帳面にお蝶の名があったのだ。だがお蝶は証拠不十分で解放されていた。
そのお蝶の死体を見つけたのは、佐七の子分の辰と豆六。その直前に按摩が雪だるまの前で小便をし、その解けたところから女の足が覗いていた。それ怪しや、と按摩の行方を追ったが、すでに按摩は海坊主に捕えられていた。
謎坊主
佐七が売り出した頃のこと、本所松坂町に花房千紫ろいう狩野派の画工が住んでいた。若いころは旅絵師として奥州から九州まで遍歴し、今は江戸に落ち着いて絵師というより書画骨董の鑑定をして生活していた。
その千紫のところに出入りの道具屋佐兵衛が顔を出した。ひとつは千紫に預けて、売り先を捜してもらっている狩野探幽の軸の催促。この軸は預けてひと月にもなるのに、売れるでもなくかといって返してもくれない。催促すると、高価なものゆえ簡単には売り先など見つからぬという紋切り型の返事。
もうひとつの用事は、絵馬を2枚書いてほしいというもの。2枚とも変な図柄で、浅草の奥山で評判の春雪という謎坊主の注文だという。謎坊主春雪とは、このところめきめき売り出した頓知頓才の効いた若い男で、どんな謎かけでも立ちどころに解いてしまうというのを商売にし、人気を博していた。
千紫は絵馬の頼みを聞き入れ、佐兵衛も帰りかけたが、帰り際に千紫の妻千代を奥山で見かけた話をした。嫉妬深い千紫はこれを聞いてかっと来た。浮気を疑ったのだ。やがて千代が帰りきたので女中を問い詰めると、千代は寺詣りの帰りに春雪のところに寄っているのだという…
お時計献上
柳営御用のお時計師近江暁雪の弟子で、師匠まさりといわれながら、その名人気質が災いして破門されたからくり甚内という男がいた。部男だったが、その腕前は当代一と言われ、召抱えようという大名も多かったが、それをすべて断っておふくろと2人で清貧に甘んじていた。
その甚内が十万石の大名阿部家の留守居役から、からくり時計の注文を受けた。聞けば将軍家への献上品だという。時計は無事に完成し阿部家に収められたが、そこである事実を知った。時計は競作だったのだ。競作相手は暁雪の弟子菊之丞で、かつての相弟子だった。
菊之丞の時計も阿部家に収まったが、その夜何者かが阿部家の屋敷に忍び込み、2つの時計の針を盗んでしまった。時計は2人に下げ渡され、修理が施されることになったが、その日の夕方、甚内は時計の針で胸を刺され殺されてしまった。
その殺害現場は甚内の仕事場で、内側から閂がかけられ、さらに窓には格子がはまっている密室だった。しかも甚内の胸に刺さっていたのは、盗まれた菊之丞の時計の針だった。
当たり矢
江戸でも一といって二とはくだらぬ材木問屋白木屋のあるじ茂左衛門の還暦祝いが、深川木場のほとりにある寮で盛大に行われた。茂左衛門は、豪放磊落なお大尽で、よく稼ぎ、よく遊び、よく散じ、多くの芸人たちにパトロンであった。
佐七は芸人でもないけれど、捕り物名人として一流の人物に数えられていたから、その祝いの宴席に連なった。そして同じ敷地内の土蔵屋敷の中で芸者のおかんが殺されたのである。おかんは深川の売れっ子芸者で、背中一面に彫られた鎌倉権五郎景政が有名であった。
おかんは土蔵屋敷に向かう前に、佐七と役者の中村富五郎と杯をやりとりしていた。富五郎とおかんはできていたが、これは周知のことであった。そして少し酔ったという口実でおかんが土蔵に向かった。しばらくして富五郎がおかんの妹芸者お蔦と土蔵に行った。
そして富五郎とお蔦は土蔵で死体となったおかんを見つけたのだ。おかんは腰巻一つの裸にされ、背中の入れ墨に矢が突き立って血があふれていた。さすがの佐七も目の前で起きた殺人に驚き、激しい怒りを感じずにいられなかった。
妖犬伝
根岸の里で犬の幽霊が出ると評判であった。お行の松のそばに住む白井という医者の妻の妙が、シロという飼い犬をたいそう可愛がっていた。それも度を過ぎた可愛がりようと、亭主をほったらかして犬と寝るほどで、近所でも犬姫様と評判であった。
亭主の医者がやきもちを焼いてシロを毒殺し、シロが化けて出るというのだ。この話を亀吉が銭湯でしていると、たくましい肉付きをした色の浅黒い年嵩の侍と、色の白い華奢な若侍が話しかけてきた。侍2人は白井の家のことが気になる様子だった。そしてその翌日、お行の松のほとりで年嵩の方の侍が死体となって発見された。
百物語の夜
隠居した旗本の篠崎鵬斎翁の百物語の席に招かれた佐七と子分の辰と豆六、それに与力の神埼甚五郎。ほかには鵬斎の子で当初の光之助や剣客として有名な磯貝秋帆、怪談作者の宝井喜三治、寄席芸人の亀廼家亀次郎、武家の娘の綾乃、巫女の薬子、芸者の小菊と総勢12人。
この12人が12本のろうそくの明かりだけの中で一人づつ順番に怪談を語り、語り終わるごとに1本づつろうそくが吹き消し、語った当人は離れに鏡を見に行くという趣向だ。
最初の語り手はくじ引きで佐七と決まった。佐七は噺を終えた後で、ここに来るときに溜池の葦の中から現れたザンバラ髪で片目が潰れた男から宝井宛の手紙を渡されたと語り、その手紙を宝井に渡して鏡を見に行った。
その手紙を読んでから宝井の様子がおかしくなった。宝井の順番は6番目だったが話は面白くなく、鏡を見に行ったときにも叫び声をあげた。秋帆と亀次郎が立ち上がって宝井を連れ帰らねばならないほどだった。
そして最後の鵬斎が語り終えて真っ暗になると、薬子の持っていた弓が鳴り、うめき声が聞こえた。慌ててろうそくをつけてみると、宝井が首を刃物で切られたうえ、背中をかんざしで刺されて殺されていた。
二人亀之助
深川の不動前にある武蔵屋という小間物屋。ここにお鶴という娘があった。武蔵屋はもともと西国から来た夫婦者がはじめた小さな店だったが、桔梗屋という大きな小間物屋と同郷のよしみで昵懇になり、桔梗屋の庇護を受けた。
やがて武蔵屋夫婦にお鶴が生まれたが、その前年には桔梗屋に亀之助という男の子が生まれていた。桔梗屋と武蔵屋の間は親密で、亀之助とお鶴は許嫁となった。
ところがそれから2年後、亀之助が鷲にさらわれるという事件が起きた。乳母に連れられて武蔵屋に遊びに来た亀之助が、広大な六万坪の空き地で舞い降りて来た鷲の爪にひっさらわれたのだ。
亀之助はそれ以来行方が分からず、鷲にさらわれた日を命日として菩提を弔った。桔梗屋夫婦は落胆して株を武蔵屋に譲り隠居、それから3年ほどして相次いで亡くなってしまった。
一方株を譲られた武蔵屋の方は大繁盛。だが武蔵屋の夫婦は実直もので桔梗屋の恩を忘れず、桔梗屋夫婦と亀之助の命日には必ず墓参をしていた。
年を経ること十数年、武蔵屋のお鶴も年頃の娘となった。そんなところに現れたのが亀之助と名乗る色の黒い若者。証拠として守り袋を持っていた。聞けば鷲にさらわれた子供が八王子で保護され、猟師の子として育てられたという。
それからしばらくして、今度は色の白い華奢な男が亀之助と名乗ってやって来た。木更津の浜辺で見つかった捨て子で、漁師に拾われて育てられた。この男も証拠の守り袋を出してきた。
どちらかが偽者に違いないが、困ったのは武蔵屋だ。敷地に屋敷を2つ建て、それぞれ黒亀御殿、白亀御殿と呼び、2人には同じ着物を与えたが…
きつねの宗丹
きつねが化けていると噂される医師の渋川宗丹が、江戸川の大曲の辺で水死体となって見つかった。その前日牛込で、宗丹の乗った駕籠が襲われるという事件があった。 宗丹は高名な医者だから駕籠も自前のもので、弟子の珍石が付き添っていた。そこに突然師匠の敵と斬りつけたものがあったのだ。男は駕籠の外から刀を何度も突き刺すと逃げて行った。 珍石が駕籠の扉を開けてみると、古きつねが一匹血に染まって座布団の上に鎮座していた。それは何人にも目撃されていたという。珍石は駕籠を急がせて戻っていったというが、同じように体中に刀傷を負った宗丹の死体が、その翌日に水嵩増した川からあがったのだった。
くらげ大尽
沼津の大金持ち大和次郎三郎が江戸にやって来た。それも嫁を捜すためだという。次郎三郎には生まれついての障害があった。骨が役に立たないほど柔らかく、歩くことも座ることもできないのだ。だから移動は人の背におぶさって、座るときは物に寄りかかってという具合だった。
しかしお大尽だから、取り巻きは多い。今回の江戸入りも贔屓の幇間にそそのかされたのだった。次郎三郎には、もうひとつ因果があった。色好みなのだ。沼津では必ず妻を2人同時に娶った。
その家は中央に母屋、それを挟んで東西に同じ屋敷を建て、母屋と渡り廊下で結んだ。次郎三郎は2人の妻を東西の屋敷に置き、1日おきにそれぞれの屋敷に通うのだった。
そして暫く立つと必ず飽きてくる。もともと我儘なお大尽だから、そうなるとすぐに妻を追い出す。それも2人ほとんど同時だった。しまいには沼津近辺には嫁の来てがなくなり、今度江戸で嫁を捜そうというのだ。
1日おきに吉原と江戸市中を捜しまわった次郎三郎は吉原で歌扇という花魁を身請けし、市中では山崎屋という古着屋の娘お小夜を見染めた。山崎屋は金に困っていたので、千両を持参金にしてお小夜を無理やり嫁とした。そしてその祝言の日のこと…
座頭の鈴
柳橋の料理屋で暇を持て余した大店の主人たちが集まってのゲテモノ自慢。いずれも曰く因縁のありそうな物を、金にあかせて買い求めての自慢合戦。なかでも真打格は石町の老舗伊丹屋の藤兵衛だ。
藤兵衛が取り出したのはひとつの鈴。この鈴は箱根のからの湯治の帰り、日もとっぷり暮れた小雨の鈴が森で得たものだという。その日、鈴が森に差し掛かった藤兵衛は、草むらの中からうめき声を聞いた。
近づいて見ると腹をえぐられた座頭がひとり倒れていた。すでに虫の息だったその座頭が、苦しい中からさげていた鈴を引きちぎって渡してくれたのが、この鈴だというのだ。
ところがこの鈴は鳴らなかった。仕方なく箪笥の中に入れておいたが、先日取り出して見るとこんどはいい音を出す。なんとも不思議なことだった。この話を聞いた一同は、口を聞く者もなく、皆背筋を寒くした。だからその話を聞いてふらふらと立ちあがった芸者がひとりあったことを誰も気づかなかった。
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