人形佐七捕物帳11 鼓狂言
春陽文庫

表題作「鼓狂言」は佐七が再び将軍家斉に請われて出馬、大奥の事件を解く。本格風の作品が影を薄め、人情がらみの作品が多い。

初春笑い薬
深川新地にある大栄楼の大広間で行われた槌屋万兵衛の全快祝い。槌屋万兵衛は木場でも名高い材木屋の主人で、芸能界の一大パトロンであったが、厄年がたたったのか大病をし、その厄落としと全快祝いを兼ねての宴席だった。
そういう万兵衛だから席に侍るのは役者、浮世絵師、戯作者、浄瑠璃の大夫など大一座。芸者の方は辰巳の双艶といわれるお蝶、お千代の2人が出て席に花を添えた。
万兵衛の大病を直した医術も心得た浪人鷺坂源之丞の相手をどちらがするかということになり、うぶな源之丞は小声でお蝶を指名したが、浮世絵師が聞きちがえて固めの杯をお千代にさしてしまうハプニングもあったが、やがて酒が入って賑やかになった。
すると突然座の多くのものが笑い転げだした。その中でお千代の様子がおかしい。最初は脇腹を押えて笑っているようだったが、そうではなく苦しんでいたのだ。
一座のものが気がついたときには既に遅く、お千代はほどなく世を去った。石見銀山で毒殺されたのだった。
孟宗竹
ある夜、吉原から火事が出たというので駆けつける途中の下っ引きの留が、途中でつまずいたのが菰に包まれ青竹に縛り付けられた坊さんの死体。
だが火事が気になる留は死体を池の端の番小屋に預けて吉原に向かった。幸い火事は数軒を焼いただけで鎮火し、留は番小屋に引き返した。
すると番小屋の爺さんが眠っており、竹には坊さんではなく大きな狸の死骸が縛り付けられていた。爺さんを起こして聞くと、留が死体を預けて去った後に女の子が来て爺さんに声をかけた。
吉原に姉がいるので火事見舞いに行こうとしたのだが、すでに鎮火したようなので行くのはやめる、見舞いの開けを爺さんにあげると一升徳利を置いていった。
爺さんは寒さしのぎに酒を飲んだところ寝入ってしまい、留に起こされると坊さんの死体が狸に変わっていたそうだ…
鼓狂言
かつて日食御殿の事件で将軍家斉に面目を施した佐七は、再び殿中に呼び出された。家斉直々の呼び出しで、最近相次ぐ大奥の怪異を探索してほしいという依頼だった。
大奥では毎年の桃の節句に女中衆による狂言が行われ、将軍も御台所とともに上覧する。昨年の狂言では、お染という女中が大層評判がよく、将軍のお褒めにあずかった。
その夜、なんとお染が喉を短刀で突いて自害して果てたのだ。なぜ自害して果てたかはわからなかったが、それ以来お染の部屋は開かずの間となった。最近その開かずの間から鼓の音が聞こえるというのだ。
女中衆のあいだではお染の幽霊が叩いているとの噂。さらにしばらくして年寄松島のお茶の中に毒が仕込まれていた。色が変だと気付いた松島が女中のお亀に毒味をさせると、少ししてお亀は死んでしまった。
毒は松島を狙ったものに違いないということになり、佐七が呼ばれたというわけだった。その話を聞いているときにも今度は松島と仲の良い歌野という年寄が、食事に混ぜられた毒で殺害された。
将軍のお声がかりで佐七は玉池七之助と名乗って俄かに士分となり大奥に乗り込んだ…
人面瘡若衆
山城屋宇兵衛がスポンサーになって、因果者競べという趣味の悪い催しが行われた。いわゆる身体障害を競い合うのである。当日になって主催者側が驚くほどの人が集まったが、これはという人がいない。
そんなとき一人の美少年が現れ、肩肌を脱いだ。そこには奇怪な瘤があった。その瘤は大きく盛り上がり皺が無数によっていたが、それが人間の顔に見えるのだ。いわゆる人面瘡というやつだ。
優勝はこれで決まりか、というときに今度は駕籠に乗った女が乗り込んできた。籠脇には男が付き添い、籠から女を出した。年齢は30過ぎだが、とにかく美しいその女が着物をはだけると、背中には見事な滝夜叉の刺青。
一同それに見とれていると、付き添いの男がなんと女の右腕をとった。さらに左腕、右脚、左脚と四肢を全てとってしまった。するとその時、驚く一同の中から日置山三郎という浪人が刀を抜いて女に斬りかかった。
女は口に含んだ針を山三郎の眼に撃ち込み、皆があっけにとられているうちに付き添いの男に、そのダルマのような体を抱きかかえられて逃げてしまった。
非人の仇討ち
湯島天神の宮芝居で最近人気が急上昇している役者の金子雪之丞が、辰と豆六に連れられてきた。雪之丞の話すところによると、迎えの駕籠に乗せられてどこかの屋敷に連れ込まれた。
それは出ている芝居の合間のことで、雪之丞の出番が一時ほど空いたので、座頭も納得ずくのことだった。いずれ雪之丞を贔屓にしている武家の奥方か大店の内儀が、人目を忍んで会いたいというのだろうと思って、雪之丞を送り出した。
そんなわけだから、どこの誰の屋敷わわからないが、座敷には一人のお嬢さんがいた。ところが酒を飲むうちに雪之丞は前後不覚になり、気づくと湯島天神の境内に戻っていた。すでに自分の出番は過ぎている時間だった。
慌てて楽屋に入って座頭に理由を話すと、座頭はきょとんとして「お前は芝居に出ていたじゃないか」という返事。今度は雪之丞がきょとんとする番で、なにやらわからぬままに佐七のもとを訪れたのだった。
半分鶴之助
吉原にあった玉屋と鍵屋という隣り合った遊女屋の女将お紺とお徳は大変に仲がよくて、実の姉妹のようだった。ところがこの2人、そろいも揃って子供が出来なかった。
そこで2人連れ立って願掛けに日参し、その甲斐あって2人同時に妊娠した。ところが月が満ち明日生まれるかというころ、吉原から火事が出た。
玉屋と鍵屋では妊婦の2人を深川の寮に避難させたが、今度は深川に飛び火。吉原同様に深川の寮も隣り合っていたから、2人は手に手をとって逃げ、木更津に向けて出港する船に便乗させてもらった。
船の上は大火から逃れる人で大混雑。運の悪いことにその船の上で2人とも産気づいた。2人についていた女中はおろおろするばかりだったが、親切な人がいて子を生むことが出来た。
2人とも男の子を生んだが、さらに運の悪いことに1人がしばらくして死んでしまった。女中はおろおろするばかりだし、周りは混雑混乱の極みだから、どっちの産んだ子が死んだか分からなくなってしまった。
それからが大変で、木更津についてから子供の奪い合い。それが緒で、2人の亭主が相次いで死に、店も人手に渡してからは、鶴之助と名付けられた男の子の奪い合いは年々奪い合いは酷くなるばかり。
一方鶴之助の方は親孝行だから、どちらの親のいう子とも聞きたい。だから着物はそれぞれの好みのものを真ん中から縫い合わせ、片方が振そで片方が唐桟などという変なもの、履物も雪駄に日和下駄を片足づつ履いてという具合。
そんな変な格好で歩くから町の注目の的で、佐七もそれを見てあきれ返っていたが、ふと見ると深編笠の侍がそれをじっと見つめていた。佐七は何か事件が起きそうな予感を抱いたが…
嵐の修験者
激しい雷雨の夜に辰と豆六が見かけたのは怪しい修験者。雷嫌いの辰もその姿を見ると雷の怖さも忘れて跡を追った。すると修験者は菰の下から死体を取り出し大川にもやった舟に飛び移った。
ちょうどそこへ駆けつけのが2人の若い男女。辰と豆六を合せて4人で修験者を追ったが間一髪間に合わず、修験者は舟とともに川を下って行った。
その2人の若い男女とは横山町の大問屋藤屋の息子の新之助と軽業師白水斎剣光の娘の胡蝶。実は新之助胡蝶の2人は心中を決意したが、そこに胡蝶の愛犬の黄金丸という秋田犬が人間の腕を咥えて入ってきた。
しかもその腕にあった痣から腕は新之助の父の八郎右衛門のものとわかった。驚いた2人は心中どころではなくなり、黄金丸の跡を追ったところ大川端に出たというのだ。
すると怪しい修験者が舟に移した死体は八郎衛門のものと思われた。八郎衛門と白水斎とは昔の因縁があって犬猿の仲。八郎衛門が白水斎の金を横領したうえ、負債をすべて白水斎に押しつけて夜逃げをしたのだ。
その金で身代を築いた八郎衛門は新之助の相手の父親を知ってびっくり。とはいえ負い目があるから平身低頭して財産を半分譲るとまで申し出たが、艱難辛苦に耐えてきた白水斎は全財産を譲ることを求めて来た。
これを悲観して新之助胡蝶の2人は心中しようとしていたのだった。この話を聞いた佐七が探ってみると、思った通り白水斎は行方不明。いきおい白水斎に八郎衛門殺しの疑いがかかったが…
唐草権太
早業で女の笄を抜き取っていく盗人が現れた。不思議なことに狙われるのは唐草模様の笄だけで、さらにその笄が2つに折られて返されてくるというから、さらに不思議。人呼んで唐草権太と呼ばれ江戸中の評判になった。
唐草権太は誰なのかというのが江戸市民の関心だったが、そんなとき笄抜きが殺人事件に発展した。唐草模様の笄を刺した小稲という芸者が殺されたのだ。小稲は屋形船の中で男と差し向かい。
船頭は船をもやって気をきかせて船から降りた。その間に小稲は胸をえぐられて殺されたのだ。しかも現場には半分に折れた笄があった。小稲と一緒にいた男が唐草権太に違いないと佐七も辰も豆六もいきり立ったが…
夜歩き娘
上野広小路で数代続いた地紙問屋の柏屋には、広小路の姉妹小町と評判の美人姉妹がいた。姉をお里、妹をお町というが、2人には縁談が降るほどあった。ものは順でこのたび姉のお里の縁談が調った。
相手は通三丁目の両替屋で江戸でも有数の分限美濃屋の次男坊の十三郎で入り婿であった。願ってもない縁談に柏屋の主人重兵衛も娘のお里も大乗り気だった。ところがここに一つ問題が起きた。
お里には夢遊病の気があったのだが、それが日を追うごとにひどくなり、毎晩のように近所を歩きまわり、朝になると着物がぐっしょり濡れていたり、布団が泥で汚れていたりする。
近所でも噂になりいったん縁談を延期し、お町は深川の寮で療養することになった。それから半年ほどして重大事件が起きた。重兵衛が六阿弥陀の中で殺されていたのだ。
しかもその夜、深川と上野広小路を駕籠が行き来しており、駕籠かきはお里を乗せたと証言した。佐七の好敵手鳥越の茂平次は重兵衛殺しの下手人としてお里を捕えた。しかも調べを始めるとお里は重兵衛殺しを自供したという…
出世競べ三人旅
木場大尽ともいわれる木場の材木問屋伊豆屋市兵衛が生き葬礼をだすことになった。42歳の厄落としというのが表向きだったが、裏にはもっと深い仔細があった。
市兵衛は信州上松の出身で20年ほど前に粂蔵、宗助と3人で江戸に上ってきた。そのときに3人は誓いを立てた。おのれの信じる道を進んで出世比べをしよう、そして10年ごとに日本橋の上で邂逅して、めいめいの持っている財産を均等に分けようというのだ。
最初の10年目のときには既に粂蔵が行方知れずになり脱落した。そしてさらに10年、伊豆屋は大身代になったが、こうなると財産を分けるのが惜しくなった。そこで考えたのが生前葬だ。
市兵衛は棺に入り、そのそこに仕掛けた抜け穴から逃げだして身を隠そうとしたのだ。ところが悪いことはできないもので、水杯を交わして棺に入った市兵衛が棺の中で苦しみだし、皆が駆け寄ったときには断末魔、そのまま死んでしまった。
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