人形佐七捕物帳10 小倉百人一首
春陽文庫

表題作「小倉百人一首」と「お玉が池」は暗号がらみの作品。「ふたり後家」と「若衆かつら」はアリバイ物。「彫物師の娘」や「括り猿の秘密」「若衆かつら」は意外な風味がきいた作品。また「睡り鈴之助」や「三日月おせん」は人情もの。

小倉百人一首
七草が過ぎて3日目、正月10日に佐七のところにやって来たのは、江戸一番の人気女形嵐菊之助。菊之助には10年ほど前に名題に昇進したときにひとりの贔屓がつき、それ以来何くれとなく面倒を見てくれている女がいるという。その女は武士の娘で、取り交わした手紙も数多かった。
その手紙を狂言作者の並木一草にすべて盗まれ、一草はそれをもとに菊之助を強請り、菊之助はすっかり一草の傀儡になり果てた。ところがつい先頃、一草が卒中で死んだ。
菊之助は手紙を取り返そうと一草のところにいったが、一草の娘のお琴は一草から託されたいって「花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり」という百人一首の札を一枚手渡したという。
それが手紙の隠し場所の謎に違いないと踏んだ菊之助だったが、どこかはさっぱりわからない。その相談に佐七のもとを訪れたというわけだった…
紅梅屋敷
3年前、赤坂溜池の紅梅屋敷といわれるお屋敷で、矢がすりお俊という女が殺された。お俊は柳橋の芸者であったが、さる大名の留守居役にひかれて、この屋敷に囲われていたのだった。
そのお俊を殺した罪で緒方京馬という若者が召し取られた。お俊は妖婦といってよく、芸者時代から多くの男を手玉に取ったが、囲われてからもその癖は直らず幾人もの男の身をあやまらせた。
京馬も身をあやまらせた一人で、前夜に2人ははでな痴話喧嘩をしていた。さらに現場に京馬の名の入った凶器の木刀が落ちており、これが動かぬ証拠となった。京馬は犯行を否認したが島送りになった。
佐七はこの事件当時まだ部屋住みであったが、最近ふと紅梅屋敷の事件を調べ直そうと考えていた。そんなときに京馬の妹で旗本屋敷に奉公をしているお小夜と知り合った。
そのお小夜がある晩、佐七からの偽手紙で紅梅屋敷に誘き出された。手紙には紅梅屋敷に出向けば、お俊殺しの犯人が知れるという意味のことが書かれていた。
彫物師の娘
鎌倉河岸の名高い老舗伊丹屋市兵衛には子供が2人あって、姉をお房、弟を徳兵衛といった。お房が18歳の時に彫り物師の勝五郎という男ができ、市兵衛の知るところとなった。市兵衛は必死になってお房を諌めたが、お房は勝五郎と駆け落ちしてしまった。これが今から25年前のこと。
駈け落ちした2人は、あっちに5年、こっちに3年と暮らし、男の子を3人もうけたが、いずれも育たずに死んでしまい、最後に生まれた信乃という女の子だけが無事に育ったが、信乃が14歳の年にお房は死んでしまった。
勝五郎は信乃と2人で江戸に戻ったが、今度は勝五郎が病を得て、命旦夕にせまるほどになった。このとき勝五郎は、伊丹屋市兵衛に孫のことを書いた手紙を送った。
市兵衛は孫可愛さにとびたつ思いであったが、そこは冷静に思いなおし、密かに勝五郎の住まいを訪ねて遠くから様子をうかがった。
そのときに孫の信乃の背中に八犬伝の一場面、犬塚信乃と犬飼現八の血戦の場の彫り物があるのを見て仰天し、結局信乃にも会わず勝五郎の手紙も握りつぶした。これが今から5年前のこと。
やがて市兵衛は視力を失い、病がちになると気になるのは信乃のこと。ついに息子に話をし、その許しを得て信乃を引き取ることにして、その行方を親戚一同に探させた。すると信乃が2人現われた。
一人は親戚の宝屋万兵衛が連れてきた面長の女、もうひとりが槌屋千右衛門が連れてきた丸ぽちゃの女で、どしらも背中にはまったく同じ八犬伝の犬塚信乃と犬飼現八の血戦の場の彫り物があった。
括り猿の秘密
今日も繁盛する浅草の観音様で、風呂敷包を置いてお参りをしていた人形師の宗助の隙をついて、かっぱらいが宗助の風呂敷包を持って駆けだした。
すぐに宗助が泥棒と大声をあげて騒ぎ、すぐそばに居合わせた佐七と辰、豆六がかっぱらいを取り押さえた。ところが風呂敷包を開けてみると中から出てきたのは女の生首。
その生首は、田原町の呉服屋ひさご屋の娘でお浪のものだった。宗助はひさごやに人形の首を納めるために風呂敷包に入れて持って出たが、途中で腹具合が悪くなり、行きつけの山東庵というそば屋に入り離れを借りた。
そばを注文するとすぐに厠に入ったが、その間にお高祖頭巾を被ったせむしの女がそば屋に入り、宗助の隣座敷に入った。女は同じような風呂敷包を抱えていたが、暫くすると急用を思い出したと言って、そばは食べずに金だけ置いて帰って行った。
人形の首から人間の首にすり替えられたのは、このときに違いなかったが、首の入っていた風呂敷包から括り猿の人形がひとつ転がり出てきた…
睡り鈴之助
賑う両国広小路で、非人の鈴之助と折助3人の喧嘩が始まった。鈴之助は非人ながら水のたれるような男振りで、業平鈴之助といわれ、すれ違う女が皆振り返るほどのいい男だった。折助の方は非人のくせにいい男ぶっているのが気に入らないと、いちゃもんをつけ喧嘩をふっかけたのだ。
ところが鈴之助の強いこと折助の予想外で、折助の一人が野次馬の中の魚屋が持っていた天秤棒を奪って、鈴之助の背後から後頭部を殴って気絶させて、その間に逃げた。
少しして非人仲間が応援に駆けつけたが、そこには伸びた鈴之助がいただけ。中の一人、鈴之助の女房のお小夜が倒れた鈴之助を介抱した。気がついた鈴之助だったが、言葉つきは侍で、ここはどこだ、大小はどうした、この汚い服は何だとわめき始めた。
実は鈴之助とお小夜は3年前に心中をしそこなって非人に落とされたのだが、鈴之助もお小夜も心中の意志などなく、かどわかされて気絶させられ、気がついたら心中を仕立てられていたのだった。鈴之助は勤番で江戸に出てきたばかりの侍であったが、心中事件のときからそれより前の記憶が全くなかったのだ。
それが今度の折助との喧嘩で頭を殴られて偶然に記憶が戻り、一方心中から後の3年間の記憶がなくなってしまったのだった。
ふたり後家
黒門町に2軒並んだ甲州屋と越後屋はどちらも名高い生薬屋だが、先祖代々仲が悪い。甲州屋のお幸と越後屋のお栄は、どちらも一人娘で子供のころから競い合い、意地の張り合い。
どちらも養子をとったが養子も早くに亡くなり、2人の両親も相次いで死んだから、今は両方とも女天下。そうなると2人の競争は旧に倍して激しくなり、着物を競い、男を競いと留まるところを知らない。目下、2人のご執心は人気女形の嵐梅之丞であった。
梅之丞も役者だから贔屓はありがたいが、こうまで競い合ってはと内心は迷惑、という状況で事件が起きた。池の端の出合茶屋でお幸が殺されたのだ。
お幸が先に来て離れの部屋に入り、その後しばらくして大振袖を着てお高祖頭巾を被った梅之丞と思われる人物がやって来た。現場には血のついたお高祖頭巾が脱ぎ棄てられていた。
お幸は腰巻一枚の裸で、きていた着物はどこにも見あたらなかった。犯人は梅之丞と思われたが行方が知れず、そうこうするうちに今度は出合茶屋でお栄が襲われる事件が起きた。お栄は扱きで首を絞められたが命は取り留めたのだが、この事件の犯人も大振袖にお高祖頭巾の人物だった。
三日月おせん
真っ暗がりのお茶の水の崖上を歩く佐七と辰と豆六の3人連れ。その前方に怪しい男を見つけた辰は、豆六から提灯を奪うと追いかけたが、向うも気づいてしょっていた葛篭を放り出して逃げだした。
葛篭は辰にあたって、辰は葛篭の下敷きに、そのために怪しい男は取り逃がしてしまった。3人が残された葛篭を開けてみると、なんと中から女の死体。胸には刃物が深々と刺さり、その根元には錦絵が突き刺してあった。
錦絵は最近評判の矢場女三日月おせんのもの。一方、死体の顎にも三日月傷。なんと死体は三日月おせん本人のものだった。
おせんの祖母のお紋によれば、おせんはその母でお紋の娘のお歌を殺した男に殺されたに違いないといい、お歌が死んだ物語を始めた…
狸ばやし
駒込の奥深く傾城が窪の近くでは、最近たぬきばやしが聞こえるとの評判が立った。近くにある常盤津の女師匠文字常のところでも、その評判でもちきり。
ひょんなことから経師屋の若旦那鶴次郎と大工の棟梁秀五郎、それに浪人者谷屋与右衛門の3人が、たぬきばやしを見極めようと、夜の原に向った。
残ったのは俳諧師の千蝶と豪農久左衛門で、2人はヘボ将棋を指しはじめ、その間に文字常は風呂に入った。そのころ、この近所に佐七と辰と豆六の一行も、噂に聞くたぬきばやしの見物としゃれこんでいた。
と、そこへ女の子の悲鳴、佐七たちはそこへ駆けつけ、女の子の指さす方を見ると、池に浮かんだ死体。直後に駆け付けた秀五郎や谷屋与右衛門が死体を鶴次郎と確認した。鶴次郎の喉には先を鋭くとがらせた青竹が深々と刺さっていた。
お玉が池
ちかごろお玉が池に越してきた俳句の宗匠玉池庵青蛙の屋敷は、もとは芝札の辻の有名な鉄物問屋釜屋の寮だったのだが、荒れ果てていたのを人づてに譲り受けて青蛙が住むようになった。
青蛙は佐七と妙にウマが合い、その影響で佐七も俳句に凝り出した。そなると辰も豆六も見よう見まねで俳句をひねり、それをみてお粂も昔の傾城のころを思い出して、今や佐七一家は俳句会のよう。
そんなおり屋敷の庭の古池にお玉の幽霊が出る青蛙が言い出した。そもそもお玉が池の由来はお玉という娘が、懐中に鏡をしのばせて身投げをしたという伝説のある池で、その後池自体はなくなったが、青蛙の庭の池はお玉が池の名残らしい。
その池の畔で青蛙は夜中に何度もお玉の幽霊を見たというのだ。それにお玉が池に飛び込んだ時に懐中に忍ばせたといわれる鏡も池の底にあるという。なるほど覗いてみれば池の底には鏡が見えた。
青蛙は親しい佐七に調べを頼んだが、その晩屋敷に来た佐七の見たものは、池の畔で斬り殺された女と、屋敷の中で斬られ重傷を負った青蛙だった。
若衆かつら
大雪の日の夜に上野池の端へんを歩いていた佐七と辰、豆六の一行は、「人殺し」の叫び声に横町に入り、声のした枝折り戸のある家に走った。
そこから出てきたのは小柄な男で、辰と豆六が追ったが、雪に足を取られて見失ってしまった。一方その間に、ばあやのお倉が帰って来て佐七ら一行とともに家に入った。
中では血だまりの中にお滝という、ここに住む女が倒れていた。すでに息はなかったが、何で死んだかがわからない。その後、医師が呼ばれて検死のされたが、医師も首を捻り結局死因はわからなかった。
さらにお滝自身も謎だった。男には固いと評判の女であったが、何をして暮らしを立てているのか誰も知らなかった。身寄りもないらしく、その夜はばあやのお倉とその孫娘のお丸が泊まることになった。
お丸は商家に奉公していたのだが、臆病なお倉のために呼ばれて一緒に泊まることになったのだ。だが再び事件が起きた。誰かが夜中に忍び込み、死体を奪って行ったのだ。
忍びこんだのは目撃したお丸によれば、刀を2本差していたので侍と思われた。いったいお滝の死体に誰が何の用があったのか…
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