人形佐七捕物帳9 女刺青師
春陽文庫

「まぼろし役者」や「蝙蝠屋敷」「丑の時参り」「白痴娘」は本格の味のきいた作品。一方で表題作「女刺青師」や「色八卦」は人情味の色濃い作品で全10篇。

女刺青師
辰巳芸者のなかでも双璧といわれる尾花屋の小雪と竜田屋のお滝。2人とも気が強くて意地の張り合って、片やが気ものを作れば相手も羽織を作る、一方が堺町の役者に入れあげれば、もう一方は葺屋町の役者を贔屓にする。
万事この調子だから、片方が刺青をすればもう一方もするというわけで、2人とも女刺青師のまぼろしのお長に頼んで背中一面の刺青を入れ、それがまた自慢でもあった。
さて正月元日の夜のこと大栄楼に呼ばれた小雪が、店の自慢の見晴らし台から落ちて死んだ。したたかに酔っており、たまたま下の堀を舟で通ったのがお滝で、そのお滝が客とともに小雪に方を見て笑ったというのだから、かっとなって思わず手すりを越えての墜落死であった。
小雪の死自体は事故だったのだが、小雪の死体が寺から盗まれたことから連続殺人事件の幕が開いた。お長は女刺青師として有名で、女にしか刺青しなかった。
お長はすでに病没していたが、小雪の死以来お長の刺青を入れた女たちが立て続けに殺されたり、殺されかかったりしたのである。小雪の競争相手であったお滝も殺されかかった一人だった。
佐七は最初から事件にかかわっていたのだが、春が過ぎて夏に入っても事件は解決するどころか、新たに殺される者の出る始末だった。そんなある日、お長の刺青を入れた女たちが芝居小屋に何かに引かれるように集まって来て…
からかさ榎
節分の夜、不忍池に柳行李を投げすてたのは、黒い筒そでにたっつけ袴、秀鶴頭巾を被った怪しい人物。その場を目撃した辰と豆六が捕らえようとしたが、その逃げ足はとてつもなく速く、あっという間に見失ってしまった。
仕方なく池に浮かぶ柳行李を引き上げてみると、中から出てきたのは膚襦袢から帯まで一式揃った男もの着物であった。着物の右肩から左にかけてみごとに斬られたうえ、血の跡が黒くべったりと付いていた。
それから3日たって着物の持ち主がわかった。寛永寺坂の印籠屋の主人万右衛門のものだった。だが、この万右衛門、印籠屋ではなく因業屋だといわれて評判の悪いこと夥しい。
死体が出たわけでもないのに、妹のお房は誰かに殺されて当然のような顔をしているし、万右衛門が持っていた長屋の連中は赤飯を炊いて酒盛りをする始末。
ひとり娘のお雪も、万右衛門の進めていた意に沿わぬ金目当ての結婚をせずに済み、さっさといい交わした藤太郎という若者と結婚話を進めはじめた。これには調べにあたった佐七も驚いた。
色八卦
女易者妙見堂梅枝が下谷車坂の住いで殺された。死体が見つかる少し前に、梅枝の家から出てきたのが筋向いに住む弥平の娘でお梅。現場に駆け付けた佐七はさっそくに弥平とお梅に話を聞いた。
弥平曰く、梅枝は千両の大当たりの富くじの札を弥平から騙し取ったのだという。弥平は「梅の四六九二番」というくじを買って枕屏風に張りつけていたが、梅枝が体を壊したので屏風を貸したのだった。
富突きがあって弥平の富くじが大当たりとなり、弥平は慌てて屏風を取り返しにいった。ところがくじは「梅の四六九三番」に張り替えられていた。そのことを梅枝にねじ込んでも、知らぬ存ぜぬ、弥平の勘違いだろうと取りあってくれない。
証拠がなくてはと弥平は泣き寝入りしたが、その様子を見てお梅が夜中にもう一度交渉に行ったところ、梅枝はすでに殺されていたのだった。
そして「梅の四六九三番」の札を持っていたのは、佐七の女房お粂の知り合いのお富。さっそくお富にあたると、富突きの当日に一番違いで残念がっていると男から声を掛けられて、一番違いの外れ札を売ってくれと頼まれたのだという…
まぼろし役者
江戸一番の大立者、阪東三津蔵という役者が伊勢古市から連れ帰った女形中村粂之丞。粂之丞はすぐに大役に抜擢され、それが大人気を博したのだが、3ヶ月後に謎の失踪をした。
その後、粂之丞の行方は遥としてしれなかったが、ここに不思議なことが一つあった。人気役者だから粂之丞の錦絵が印刷され売り出されたが、その直後に三津蔵が錦絵全部と版木まで含めて一切合財買い占めてしまったのだ。
その全ては三津蔵によって焼き捨てられたが、3枚だけはすでに売れてしまっていた。それから3年たった今、売れた錦絵の所有者が殺されて、粂之丞の錦絵が奪い去られるという事件が2件続けて起きた。
しかも下手人は粂之丞らしい。これで残るは1枚のみ。だが、その1枚の所有者は誰かわからなかった。与力神崎甚五郎は事件の探索を佐七に命じたが…
蝙蝠屋敷
因業な検校慶政が住んでいた屋敷に、ある夜覆面強盗が押し入って金を奪い、慶政の首と胴を切り離して逃げた。その夜、慶政は借金のかたにとってきた女と寝ていたが、強盗はついでのことに女の首と胴も切り離した。
それから間もなく、その付近一帯が火事に見舞われたが、慶政の屋敷だけが焼け残った。無住の屋敷は荒れ果て、やがて蝙蝠が住み着いたので、人呼んで蝙蝠屋敷。昼でも不気味なその屋敷は、日が暮れると大の男でも近寄りがたい雰囲気だった。
その蝙蝠屋敷で肝試しを計画したのは常磐津の師匠文字繁のところに集まった若者達。順番を決めるくじで一番を引いたのは、鼈甲問屋鍬形屋の一人娘お露。
わがままで負け知らずのお露は皆の心配をよそに、提灯一つで蝙蝠屋敷へ。ところがそこには首と胴とを切り離された女の死体が転がっていた。
舟幽霊
向島の大枡屋の寮の月見の宴に招かれた佐七と辰、豆六の3人。舟宿で天王寺屋中村富五郎と一緒になり、寮に乗り込んだ。酒を飲み始めて暫くすると、庭の池に女の死体が浮いているのが見つかった。
死体はおえんという天王寺屋を贔屓にしている芸者で、やはり大枡屋に招待を受けていた。おえんは首を手で絞められて殺されていたが、死体のあちこちに大小の傷がついていた。
捕物三つ巴
夫婦げんかで家を飛び出した佐七の女房お粂が、雨の夜のお茶の水に差し掛かると、怪しい黒頭巾の男が葛籠をしょって急ぎ足。ぶつかりそうになったお粂だが、そこは岡っ引きの女房で、黒頭巾の腰にむしゃぶりついた。
黒頭巾はお粂を堀端に突き飛ばし、しょっていた葛籠を降ろして中のものを堀に捨てようとする。そこにお粂の悲鳴を聞いて駆けつけたのが若衆。黒頭巾はこと面倒とその場から逃げ去った。
堀端に突き飛ばされたお粂は、危うく転落を免れて這い上がってきたが、今度はそれを見た若衆が逃げ出した。一人残ったお粂が葛籠の中を見ると、若い女の死体がひとつ…
葛籠の死体は南京手妻の双子美人姉妹の姉の松鶴とわかったが、妹の竹翠の方も行方知れず。佐七が八方探索していると、与力神崎甚五郎の役宅に呼ばれた。
江戸滞在中の長崎奉行の通辞鵜飼高麗十郎が、南京手妻の美人姉妹事件の一件で江戸町奉行所に挑戦してきたというのだ。聞けば美人姉妹は先年まで長崎にいて、高麗十郎は2人の贔屓であった。
それが江戸に出て行ってしまい、今般久しぶりに再会を楽しみにしていた矢先の事件。一向に進まぬ江戸町方の調べに居てもたってもおられずに挑戦してきたというわけ。神崎も佐七も素人には負けられぬと大いに気張ったが…
丑の時参り
名前は立派だが神主さえいるかいないかわからない杉の森神社の境内で、ある夜密会していたお俊と銀三郎。いきなり暗闇から飛び出した何者かが、銀三郎の脇腹をえぐって逃げ去った。
お俊の悲鳴で見回りをしていた与力神崎甚五郎が駆けつけた。話を聞いた甚五郎はお俊を捕らえた。というのは呉服屋近江屋の娘お梅が銀三郎を見染めて縁談が持ち上がり、それ以来お俊と銀三郎の仲がぎくしゃくしていたからだ。お俊は死罪と決まったが牢内で病死し、死体の首を切り落として晒された。
それから暫くして杉の森神社に毎晩丑の刻参りが現われた。その目撃者によると、丑の刻参りは間違いなくお俊であるという。中には捕らえようとする者も出たが、近づくと暗闇からめっぽう強い何者かが現われてお俊の丑の刻参りの身を守るという。この因縁話を床屋で聞いた辰と豆六はさっそく佐七にご注進に及んだ。
仮面の若殿
佐七の目の前で起きたすり騒動。場所は柳原の土手で、美しい娘ぶつかった兄いがその直後に懐に手を入れて財布がないと騒ぎ出し、娘のことを掏りだと糾弾。
たちまち野次馬が集まるが、その中か浪人が現れて、兄いの股ぐらにひも付きの財布が揺れているのを教え、威勢の良かった兄いがすごすご逃げ去っていく。
家に戻ってこの話をお粂や辰、豆六に話した佐七だが、この日の朝早くに辰と豆六も水天宮近くで同じすり騒動を見たといったから驚いた。
それから3日目、佐七が辰と豆六を連れて歩いてると、上野広小路で起きたのが前と全く同じすり騒動。何かあると感じた佐七は、辰に浪人者の跡を、豆六に兄いの跡を追けさせ、自分は娘の跡を追った。
いったん散った3人だったが、やがて糸に引かれるように同じ場所に集まった。3人ともある裏長屋の同じ部屋の入ったのだ。それから少しして身なりを変えた娘だけが出てきてどこかに向った。
佐七は豆六に娘の跡を追けさせ、自分は辰とともに長屋に踏み込んだ。そこでは鍋を間に兄いと浪人者が死んでいた。みると鍋の中身はふぐ。2人ともふぐの毒にあてられたのか…
白痴娘
師走の15日過ぎ、佐七の親代わりでもある音羽のこのしろ吉兵衛のところに歳暮の挨拶に行った佐七と辰と豆六。この年は雪がよく降り一面の銀世界。その中を音羽からお玉が池に戻る3人。だがその途中、崩れかけた雪達磨を見つけた。
見ると雪達磨の中から赤い布が見えている。不審に思った佐七が雪達磨を崩してみると、中からは赤い腰巻ひとつの娘の死体が出てきた。
たちまち野次馬が集まり、死体の身元が知れた。旅籠町の金物屋槌屋の娘でお糸。3日前に婚約をした江戸でも指折りの金物問屋柏木の大番頭忠助のもとへ行ったきり行方知れずになっていた。
忠助は40才過ぎの堅い男で、実は最近内実が苦しい槌屋が、忠助の持つ金を目当てにしたのが今回の婚約。お糸も奔放な娘で忠助の方はいい迷惑だったのだが、訪ねてきたお糸をそのまま返すわけにもいかず、途中まで送って行った。
それが雪達磨のあった場所のそのすぐ近くで、してみるとお糸は忠助と別れた直後に殺されたらしい。それにしても下手人はなぜ裸にして雪達磨に押し込むようなことをしたのだろうか…

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