人形佐七捕物帳4 好色いもり酒
春陽文庫

佐七がついに将軍様の御用を勤める「日食御殿」、落語に題材をとった「花見の仇討ち」、人情味溢れる「角兵衛獅子」など全12編。
「呪いの畳針」「水芸三姉妹」「たぬき女郎」「好色いもり酒」「妙法丸」などは本格ミステリとしても楽しめる作品。

日食御殿
元日の挨拶に2人の手下、辰と豆六を連れて与力神崎甚五郎の家に年始に行った佐七。神崎はいつにもまして上機嫌で、佐七も勧められるままに酒を飲み、帰りに甚五郎は駕籠まであつらえてくれた。
駕籠に乗った佐七たちは音羽に廻ろうと九段下まで来たところが、俄かに空が暗くなった。皆既日食が起きたのだ。やにわの真っ暗闇に駕籠も立ち往生したが、そこを侍に囲まれた。
駕籠屋は追い払われて佐七たちはそのまま駕籠ごと誘拐された。着いたところは千代田の城、人払いされた奥庭に現れたのは十一代将軍家斉。将軍直々のお声に平伏する3人。
家斉公の口から出たのは、品川宿で西国遍歴の帰りの旅絵師が何者かに殺されて、絵師が持っていた書面が奪われた。7日のうちに絵師を殺した下手人を捜し、書面を奪い返せという厳命。
家に戻ることもかなわずに、早速品川に向かう佐七たち。絵師が隠密であり西国の藩の内情を探索した密書を奪われたのは間違いないとは話を聞いただけでわかったが、さてどうしたものか…
角兵衛獅子
佐七が神田雉町の自身番に向かおうと、名代の煙草屋柳屋の角を曲ったとき、柳屋の裏木戸のあたりから2人の角兵衛獅子が立ち上がり、「兄さん、おまえ寒かろう」「いいや、千代吉、おまえ寒かろう」と声を掛け合いながら自身番の戸を開けて入って行った。
何があったのかと佐七が自身番の戸を続いてあけると、そこには自身番の七兵衛が将棋友達の旗本の次男坊松原錦之助と将棋に興じていた。佐七が角兵衛獅子の話をすると、2人はそんな者は入ってこなかったと言う。
だが、佐七は七兵衛も錦之助も顔色を変えたのを見逃さなかった。佐七が問い詰めると、このごろ角兵衛獅子の兄弟の幽霊が出るというのだ。
その角兵衛獅子の兄弟は、去年柳屋から百両盗んだ疑いが掛かり、自身番に一晩留め置かれたが、その間に縄をほどいて脱走したのだという。
そのとき縄で縛られた兄弟は泣きながら、「兄さん、おまえ寒かろう」「いいや、千代吉、おまえ寒かろう」といたわりあっていたというのだ。
呪いの畳針
芝札の辻のろうそく屋銭屋の主人勘右衛門が妾お葉の宅で死んだ。病死という診断で、ねんごろに葬られ、その一周忌を迎えた。一周忌の法事を終えて、今度は銭屋の後家のお柳が死んだ。
ここまでなら巡り合わせで済んだのだが、勘右衛門の隣にお柳のための墓穴を掘っているときに異変が起きた。銭屋は宗旨の関係で土葬であったが、墓穴を掘るときに昨年埋めた勘右衛門の棺を壊してしまったのだ。
勘右衛門はきれいに白骨化していたが、その耳のところから錆びた畳針が見つかったのだ。ひょっとして勘右衛門は殺されたのかも…と疑う銭屋の人々。
もしやとお柳の左の耳を覗いてみると、その奥にはやはり畳針が見えた。お柳も勘右衛門同様に何者かに殺されたらしい…
花見の仇討ち
佐七とお粂、辰、豆六の4人が春の一日、飛鳥山に遊んだ。ささやかながら花見である。その飛鳥山で花見の趣向、仇討芝居が始まった。深編笠の浪人風に巡礼姿の2人連れが行きがかり、いきなりの敵討ちの口上。
だが巡礼姿の鬘は頭からうき、3人ともが腰は座っておらず、誰が見ても素人の花見の趣向の芝居とわかる。やじ馬は芝居と知って、野次ることに専念。そこに虚無僧の助っ人で、これももちろん筋書き通り。
虚無僧の助太刀を得て巡礼2人が浪人者を斬り、そこの裃姿のの武家と若党が入り、あっぱれめでたしとなって幕となったのだが、見ると浪人者は本当に斬られて瀕死の状態。
やじ馬にいた辰と豆六も我に返って佐七を呼んだが、すでに浪人は手遅れで、佐七の腕の中で息を引き取った。花見の趣向が殺人事件にすり替わってしまったのだ。
艶説遠眼鏡
床の間には孔子の像の掛け軸、欄間には「子不語」の扁額、壁沿いに積んであるのは青表紙というのが本郷菊坂の質屋伊勢屋の息子清十郎の部屋。
親の清兵衛は堅物すぎるにも程があると、一度でいいから吉原にでも遊びに行ってくれないかと変な心配。だが、その清十郎は最近孔子や論語そっちのけで部屋の中から遠眼鏡で覗きに精を出していた。
小石川の窪地にあるある妾宅で、むっちりとした女がどこかの藩の留守居役の男と絡み合う姿態が大のお気に入り。だが、ある日のこといつものように妾宅を覗いたら、留守居役の侍を妾とその弟の2人で絞め殺している場面を目撃してしまった。
水芸三姉妹
江戸中を沸かせているのは博多家の小松、小竹、小梅の美人三姉妹。博多流の曲独楽に手品のからくりを取り入れて水芸と称し、両国の見世物小屋のほか大名や旗本、商人の屋敷へ呼ばれての座敷など大忙し。
その三姉妹の使う曲独楽が殺人事件の現場に落ちていた。殺されたのは旗本鏑木大炊之介の家臣北尾左市といい、背後から袈裟掛けにばっさりと斬られていた。
左市の手には印籠、近くには曲独楽が落ちていた。印籠の主は同じく鏑木の家臣沢井源三郎。実はこの日、鏑木の屋敷に三姉妹が呼ばれて座敷を勤め、その席で酒の上から左市と源三郎がトラブルになっていた。
したがって左市殺しの犯人は源三郎と目されたが、なぜ曲独楽が落ちていたかがわからなかった。そのことを追及しに左市の弟小六が三姉妹を訪ねたが、三姉妹は鏑木の屋敷で独楽を一つなくしたというだけ。
それ以上問い詰めるわけにも行かず、犯人がわかっていることもあって小六は引きあげたが、その直後に舞台に出ていた小梅が客席から投げられた短刀で殺された。
たぬき女郎
新宿の女郎屋巴屋の売れっ奴お咲にタヌキがついた。発作的にぴょんぴょん跳ねまわったり、転げまわったりで、困り果てた巴屋の主人は奇妙院法哉という怪しげな祈祷師を呼んで、お祓いをしてもらっている。
そのお祓いの最中のこと、お咲の口から「我はタヌキにあらず才三郎なり、柳の下の井戸に沈められてひと月余り」と必死に訴える声。
才三郎とは四谷の米問屋豊島屋の番頭で、先月2百両の金を持ち逃げし、豊島屋から訴えが出ていて、今だに行方知れずになっていた男である。
その才三郎は最近お咲に入れあげて、そのために金を持ち逃げしてかとも思われたが、お咲の方は知らぬ存ぜぬで相変わらずの女郎屋勤め。才三郎が訪ねてきた様子もなかったが、突然にタヌキがついたのである。
佐七は念のためと柳の馬場にある井戸を浚ってみると、はたしてお咲の言葉通りに白骨化した死体が出てきた。服装や持物から死体は才三郎に違いないと思われたのだが、2百両の金は出てこなかった。
金を持ち逃げしたと思われていた才三郎だが、実は殺人事件の被害者になっていたのだった…。
好色いもり酒
笹井小八郎と浪江の夫婦は実はわけありで女敵持ちだとのもっぱらな評判。女敵持ちとは不義密通をはたらいて駆落ちし、その女を敵と狙う元亭主のことだ。そんな笹井夫婦だから美男美女で仲睦まじい。
薬研堀の裏長屋でお茶の稽古で生計を立てているが、近所の旦那衆は浪江の美貌に、女衆は小八郎の男の色気に吸い寄せられて、稽古場は大繁盛。
最近はとくに銭屋万右衛門がとくに浪江にご執心で、露骨に行動を仕掛けてくる。そんなある夜に事件が起こる。
小八郎の留守に上がりこんだ万右衛門、いもり酒で性欲を高めて浪江とことに及ぼうと裸になった途端に苦しみ出した。浪江も隣で苦しみのたうちまわっている。
外を通りかかった浪人が気づき、水を吐かせる応急手当の結果、浪江は死んだが万右衛門は助かった。調べてみると徳利の中には性欲を高めるためのいもりの黒焼のほかに毒薬石見銀山が仕込んであった。
ところが同じころ、小八郎もまったく同じ目にあっていた。小八郎が留守にしていたのは、銭屋の寮で万右衛門の娘お組と密会していたからだが、こちらもいもり酒の中に石見銀山を仕込まれて、小八郎もお組ものたうちまわっていた。
こちらは幸い手当が早く、小八郎もお組も一命は取り留めたが、いったいこの事件どういうからくりなのか…
敵討ち走馬灯
風流人が集まった向島の虫をきく会でのこと。風流人のひとり、旗本の賀川大橘が7年前に甲府勤番を終えて江戸への帰り道での大事件を語り始めた。
7年前のそのとき、大橘が小仏峠に差し掛かったのは既に日が落ちてから。引き返す手もあったが、ここまで来たのだからと峠越えにかかると、峠の辻堂の軒に走馬灯がくるくると廻っていた。
ふと辻堂の脇を見ると非人が一人座り込んでいた。その非人が持っていたのは身分に相違する真改の名刀。刀好きの大橘はそれを見ると欲しくなったが、非人はなんとしても譲ってくれない。
仕方なく大橘は一刀のもと非人を斬り殺し、名刀を奪ってしまった。虫をきく会には佐七も招かれていてその話を聞いていたが、ふと見ると芸者のお園も耳をそばだてて真剣な面持ちで聞いている。
大橘の話で会はなんとなく白けてお開きになり、出席者たちは三々五々帰って行ったが、その中の一人遠州屋がどうしたことか大橘の駕籠に間違えて乗って行った。
その遠州屋が、暗がりから飛び出した何者かに斬り殺されたという話が、真っ青になって戻ってきた駕籠屋の口から語られたのは、暫くしてからだった…
恋の通し矢
明七日、三十三間堂の通し矢において、おそろしき人殺し取り行なわれるべく候…これがいつの間にか佐七のたもとに放り込まれた文の内容だった。
7日の三十三間堂の通し矢は浅草で弓術道場を開いている逸見一夢斎と、かつての一夢斎の愛弟子で一夢斎のもとを破門された貝塚喬之助の間で行われることになっていた。
総数は千本、十二匁の重い矢を使って通した矢の数を競おうというもので、当日の会場は多くの見物人で溢れ、竹矢来の中では2人が汗びっしょりで矢を次々に射ていた。
途中で粥のサービスがある。喬之助は見向きもしなかったが、一夢斎は片手で椀を取って一気に流し込み、再び矢を射る。直後に一夢斎は胸をかきむしったと思うと血を吐いて倒れ、そのまま絶命してしまった。
会場に来ていた佐七が調べると粥の椀に毒が入れられていたらしいが、一夢斎は間違って喬之助に供された椀を取って粥をすすったのだ。
すると本当に命を狙われたのは喬之助の方で、一夢斎は椀を取り間違ったために死んだということになるのだが…
万引き娘
浅草雷門前にある小間物屋紅屋の混雑する店内で、派手な藤色のお高祖ずきんですっぽりと顔を包んだ16、7歳と思われる娘が櫛とかんざしを万引した。
小僧が気づき手代に合図を送り、万引を警戒していた鳶の頭が娘を捕まえたが、あろうことか娘は鳶の頭の脇腹を短刀で抉り逃走した。
その場に倒れた鳶の頭は出血多量で間もなく死んだ。実は万引をした娘は、於兎女という名で、紅屋の主人がかつて大変に世話になった人物の娘であった。
於兎女には万引の病があって、それは紅屋の主人も承知。わざと万引をさせていたのだという。ところが事情を知らぬ手代と鳶の頭が出てきたので、於兎女はあろうことか事件を起したらしいと思われたのだが…
妙法丸
表向きは茶の宗匠松下庵久斎だが、裏では相当の悪。仲間の宗八を語らって、妙法丸という短刀を奪い取ろうという相談。妙法丸は湯屋の三助をしている子之吉という少し足りない男が持っている。
噂によると子之吉というのは、どこかの名のある旗本か大名のご落胤らしい。妙法丸というのはそのご落胤の証の短刀なのだという。
さらに2人の仲間を語らって子之吉を騙して短刀を巻き上げたまでは上手く行ったのだが、その夜、久斎は何者かに襲われたらしい。
翌朝宗八が訪ねてみると、久斎の家の中は荒らされて血が大量に流れていた。そして久斎は裏の井戸の底に死体となっていた。引き揚げてみると後頭部を見事に鈍器で殴られて、ざくろのようにパックリと大きな口を開けていた。
さらに井戸の底からは30両以上の金が見つかった。悪事に走って成功した久斎だが、因果応報で今度は強盗に殺されてしまったのかもしれない…
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