人形佐七捕物帳3 地獄の花嫁
春陽文庫

捕物名人佐七の失敗談「恩愛の凧」、首のない死体の「地獄の花嫁」と「狸の長兵衛」、「狸の長兵衛」は落語の権兵衛狸のようでもある。
一方で見立ての「敵討ち人形噺」やトリッキーな「ふたり市子」、「春色眉かくし」はコミカルタッチ、人情味溢れるのは「八つ目鰻」とバラエティに富んだ全12編。なかで「怪談閨の鴛鴦」は、最初に著者のほかの捕物シリーズ「不知火捕物双紙」として書かれたものを改作したもの。

恩愛の凧
正月のお濠端は年賀の大名、旗本の総登城で大変な賑わい。いずれもここを晴の場と美々しく着飾り威儀を正し、それを一目見ようと市中をはじめ近在からも多くの見物人が並ぶ。
その見物人の中に混ざった佐七の子分の辰と豆六、さすがに見飽きて、そろそろ帰ろうかというときに、ふと濠端の土手に菰を敷いて2人の男が座っているのを見た。
2人とも胡散臭げで、いわくありげなのが気に掛かるし、大きな凧を持っているのも不似合いだった。辰と豆六が松の木陰で見るとはなしに見ていると、2人はお城から退出する旗本の様子を窺っては顔を見合わせている。
やがて若く凛々しい美男の旗本が若党を連れて差し掛かると、2人は何を思ったか持っていた凧を旗本の方に投げた。若党が咎めたが、旗本はそれを押さえて凧を買い上げた。
この出来事が腑に落ちない辰と豆六は、それぞれ旗本と2人の男たちの後をつけるが…
ふたり市子
突然の大雷雨にお行の松の下に飛び込んだ辰と豆六の2人。すでに医者と大家の旦那風の2人が雨宿りをしていた。そこに駆け込んできた一人の市子。
市子とは縞の着物にタケノコ笠を被り、霊の口寄せをする女だが、その市子はよほどの雷嫌いと見えて、松の奥にある不動尊の辻堂にまで駆け上り格子を開いて中に入ってしまった。
暫くして雨も小やみになると辻堂の格子が開いて市子が出てきて逃げるように去って行った。入れ替わりに老女が松に駆け込んできて、この老女も雷嫌いらしく、最前の市子と同じく辻堂の中に飛び込んだがすぐに悲鳴をあげて飛び出してきた。なんと辻堂の中には市子の死体があったのだ。
神隠しにあった女
刀屋の宝屋には2人の娘がいた。姉をお蝶といい、妹をお福といって1つ違いの年子、姉妹の中もよく2人とも美人で近所の評判も良かった。だが、2人は実の姉妹ではなかった。
姉のお蝶は主人の太郎右衛門が女中のお吉に産ませた娘で、その後に自身の子として引き取った。その直後に太郎右衛門に実子ができて、それがお福だった。
2人は実の姉妹として育てられ、太郎右衛門も妻のお常も分け隔てなく扱い、お常は自分が腹を痛めた子よりお蝶を大事にしたほどだった。
2人の姉妹も出生の秘密は一切知らず、仲良く育っていたのだが、最近になってお蝶の母お吉が宝屋にやってきた。お蝶は悪の道に進み、遠島になったのだが、最近恩赦になったのだった。
そうなると実の子に会いたくなったのか、宝屋に来て出生の秘密をぶちまけてしまったのだ。そのショックで姉のお蝶は気がふれ、さらに10日ほど前に妹のお福が神隠しにあってしまった。
お福は大伝馬町の駿河屋のひなまつりの祝に行った帰りに、そのまま行方不明になり、舟まんじゅうと呼ばれる、舟の中で春を売る最下等の売春を強要されているというのだ。
春色眉かくし
日本橋の歌村という小間物屋で御用の最中に、偶然に万引きを目撃した佐七。店の主人も番頭も万引きには気づいたが、佐七は目配せしてその万引き女の後をつけた。
暫くして歌村に戻った佐七は顔を酔いで真っ赤にし、あの万引きは間違いだったと言い放ち、その挙句十手に物を言わせて何もなかったことにしてしまう。
それ以来、佐七はそのお蓮という万引き女のところに入り浸りで、杯をやったり取ったりで、この話を聞いた辰や豆六はあきれ、お粂は気も狂わんばかりの嫉妬。
一方、歌村にはお蓮の兄と名乗る浪人者が現れて、因縁をつけて金を巻き上げる始末。江戸一の捕物名人と言われた人形佐七だが、今回はいったいどうしたのだろうか…
幽霊の見せ物
1年前の春に偽金造りで死罪になった銭屋五郎兵衛の深川の寮に幽霊が出るという。五郎兵衛にはお蝶とお露という2人の娘がいたが、どさくさまぎれに番頭の利助とお蝶が駈け落ち、そのころ病気で寮で療養していたお露は、やがて近所の十雨という俳諧の師匠の慰みものになって、その子供を宿した挙句に自害した。
そのお蝶の怨念が幽霊となって廃屋同然の寮に出るのだという。これに目をつけたのが上総屋竹五郎という興行師で、寮を借り切ってお露の幽霊を見せ物にした。佐七は辰と豆六の2人と連れだって幽霊見物。
やがてお露の幽霊が型どおり出てきたまではよかったが、どこからともなく匕首が飛んで来て幽霊のお露の胸元へグサリ。もちろんお蝶は本物で、幽霊の真似をしていただけなのだが、哀れ本物の幽霊に…
地獄の花嫁
講釈師が釣ったぼらの腹のなかから、女持ちの財布が出てきた。財布の中には一通の手紙があったが、それには不埒なことが書いてあった。
○之助という男が、持参金目当てに化物のような女房をもらったが、男にはお○代という情婦があって、情婦にせっつかれるままに女房を殺し、ついでに2人の中を疑っている○○郎も殺してしまおうというもの。
○の部分は字がにじんだりして読み取れないが、これが瓦版に乗って江戸中の大評判。そんなときに迎えた8月15日は、江戸の夜の舟遊びの日。
大川には多くの舟が出て、てんでに食事をしたり音曲を楽しんだりだったが、日本橋亀谷の持ち船天地丸が浸水し、パニックになった舟から一人の女が落ちた。
亀屋の当主はまだ若い世之助、妻は顔に大きなやけどを負ったお夕、同居している分家の娘にお美代、世之助の腹違いの弟に清次郎…とこれはぼらの中から出てきて、瓦版でも評判の手紙の通り。すると悪人は世之助ということになるが、これがそんな悪事を働きそうにない男。
佐七も困惑していると、お夕の死体が川下に流れ着いた。だが、その首は無残にも切り落とされ、発見された死体は首の無いものだった。
怪談閨の鴛鴦
最近もっぱら評判の、柳下亭種貝が著した「怪談閨の鴛鴦」の筋は、男に騙された遊女の花鳥が自害したあげく、男の婚礼の晩に化けて出て、いつの間にか花嫁と入れ替わるというもの。
あまりの評判に東両国の化物屋敷の見世物の中に、婚礼の場面の生き人形までできたが、その生き人形の場面さながらの事件が起きた。
海産問屋近江屋の息子八十助が伊東屋との縁談も決まったというのに、毎夜の外出。主人の太左衛門が番頭に後を付けさせてみると、元は女郎屋の寮だが今は空き家になっている荒れた建物に入り、そこで花鳥人形を抱いてかき口説いていたのだ。
番頭はそれを見て驚いたが、その直後に何者かに殴られて気絶してしまう。こうなると早いところ結婚させた方がいいということになり、八十助のところに伊東屋から嫁を迎えた。
ところがその初夜の晩に、新婚の2人は喉を掻き切られてて、離れ座敷に血まみれとなっていた。
八つ目鰻
名代の小間物屋梅鉢の主人佐兵衛は、昨年隠居したばかりだが、根が善人なうえに世話好きで、裏長屋に住む浪人青山福三郎の面倒を何くれとなく見ていた。
手習いの師匠になることを進めて、長屋の造作から弟子の募集まで手配して、とうとう福三郎に手習いを始めさせてしまった。福三郎も穏やかな人物で、達筆であったから弟子も増えて暮らしが立つようになった。
こうなると佐兵衛のほうも世話のしがいがあるというもので、今度は嫁を進める。佐兵衛の姪お文が旗本のところに奉公に行き、そこの主人に可愛がられていたのだが、そこの主人が亡くなったので宿下がりすることになった。
旗本といっても、そこの屋敷は珍しくしつけも厳しく評判のいい屋敷で、そこで奉公すれば箔が着くと世間では言われていたから、お文も立派な女になっていて、この際気心の知れた福三郎にと勧めたわけだ。
だが、福三郎はこの話を聞くと答えをはぐらかしていい返事をしない。そうこうするうちにお文の宿下がりの日となったが、お文はお屋敷を出たまま何処かに消えてしまったのだった。
一方、その日に佐兵衛は何者かに殺されてしまったが、その下手人の疑いが福三郎にかかった。福三郎は佐兵衛と言い争いをしていたと証言するものがあったし、なによりも福三郎の服に血がべっとりとついていたのだった。
しかも小判3枚が包まれた、梅鉢の紋のついた風呂敷が福三郎の長屋から見つかり、ついに福三郎はお縄になってしまった。
七人比丘尼
佐七が辰と豆六を連れての音羽からの帰り道で、豆六が比丘尼とぶつかった。その比丘尼は、ものすごく醜くて気味が悪いほどだった。
おまけに首から下げた頭陀袋の中には蛇がいたという。大の蛇嫌いの豆六はそれを見てしまい、青くなってブルブルと震える始末。
その一件があって少しして、比丘尼があちこちで殺されるという事件が起きた。ひとり目、二人目、三人目と佐七はその度に出張ったが、いずれも蛇を持った醜い比丘尼とは似ても似つかぬ人相。
ただ不思議なのは死んだ比丘尼の体には、蛇に咬まれたような跡があり、どうも蝮の毒で死んだらしい。どちらにしても醜い比丘尼は何か関連があるものと、その行方を追うが、やがて一人の医者の存在が浮んできた。
その医者によると、ある晩、蝮に咬まれた比丘尼の往診を頼まれたというのだ。目隠しされて連れ込まれた古屋敷には、毒に苦しむ醜い比丘尼のほかに、6人の比丘尼がいた。しかも殺された3人は、どうもその中の比丘尼らしいというのだ…
女易者
柳原堤の西のはずれに美形の女易者が出て評判になった。いつも編み笠をかぶっているので、顔はわからないが、美形であることは間違いなく、それを目当てに占うこともないのに男達が通う始末。女易者は京の人間らしく、その京言葉がまたたまらないという。
その女易者のところに、ある日浪人がやって来たが、その浪人を一目見た途端に女易者は店をほっぽりだして逃げ出した。女易者が浪人を撒いて逃げ込んだのは、近所の古道具屋の万古堂。
浪人の方はあちこち女易者を捜したが見つけることができず、店の前で張り込んでいたが、夜更けにはあきらめて引き揚げた。それから暫くして万古堂から出てきた女易者。万古堂の礼を言ってどこかに立ち去った。
それ以来、女易者も浪人も行方がしてなくなったが、10日ほどして大川に2人の死体が浮んだ。しかも女易者の顔は無残にも二度と見られぬほど切り刻まれていた。
狸の長兵衛
たぬきの長兵衛というのは、たぬきを彫らせたら右に出るものはいないという名人、というよりたぬきの他には絶対に彫らぬという男。
こういう人物だから気難しくて、相手が大名旗本だろうと、金をいくら積まれようと、気が向かないと仕事をしない。この長兵衛の好物は一にも二にも酒。ただ人物はまことによろしくて、評判もいい。
その長兵衛のところに、ある晩ひとりの少女がやって来た。紅葉と名乗り、長兵衛に助けてもらった子狸で、人間に化けて恩返しに来たという。
さすがに長兵衛も本気にしなかったが、酒を土産にしてきたので家に置くことにした。この紅葉が台所から針仕事、長兵衛の酒の相手まで、かいがいしく働くから、いつしか近所でも評判になった。
ところが、ある晩に長兵衛が殺された。紅葉の留守中の出来事で、紅葉が帰って来ると首のない長兵衛が布団にくるまっていたのだった。
敵討ち人形噺
事件が起きたのは小田原町にある質屋加賀屋であった。加賀屋の主人は徳兵衛といい、今年まだ25歳で人がいいのが取り柄。そこに上州桐生からお国という娘が嫁に来た。
お国の実家は羽振りもよく、それがために持参金も多く、忠義一途なお初という女中までついて来た。徳兵衛の両親は既になく、2人の中は睦まじかったが、一つ問題は徳兵衛の姉のお藤であった。
お藤というのが出戻りの大年増で、しかもしっかり者と来ているから、お国の苦労は察するに余りある。お国のお藤への気遣いは並大抵ではなかったが、やはりいびられたのか、お国は体調を崩して最近ではもっぱら別宅に住んでいた。
そんなお国にある日お藤がやさしく声をかけて、たまには芝居でも見に行けという。勧められた芝居が鏡山の狂言で、筋は意地の悪い老女の岩藤が、若く美しい中老尾上をはずかしめて、ついに尾上は憤死。尾上の女中のお初が主人の敵と岩藤を討つとうおのであるが、この狂言、なにやら今の加賀屋のようで…
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