いなずま砂絵
光文社文庫

十冊目のなめくじ長屋シリーズ。不可能犯罪や本格ミステリを捕物帳の世界で表現するはずのシリーズだが、後期にはだんだんと通俗味の多いストーリーが増えてきた。本書では、その傾向がかなり顕著でミステリ味が薄れた作品が多い。それでも「幽霊床」「入道雲」あたりはチェスタトン風だし、「めんくらい凧」では久しぶりに怒るセンセーの剣の腕がおがめる。
鶴かめ鶴かめ
棟上げ式を終わって帰った大工の棟梁政五郎が、その夜何者かに刺殺された。刺された政五郎は瀕死で戻って、魔よけの飾り物の鶴亀の飾りを引きはがして息絶えたという。
大店の藤倉屋の棟上げ式が終わって、大工の棟梁を送っていく儀式は俗に棟梁おくりと呼ばれている。長い角材に鶴と亀との飾りを付けた魔よけを押し立てて、藤倉屋から送られた棟梁は政五郎といい、若いが腕のいい大工だった。ところが、その夜政五郎が用事を思い出したと言ってでかけ、しばらくすると戻ってきた。
その戻りかたがすごかった。血だらけで土間へ転がり込んできたかと思うと、魔よけに取り付き、鶴と亀の飾りを引きはがしたというのだ。息も絶え絶えに、口ひとつ聞けない状態で飾りを引きはがし、政五郎は息絶えた。政五郎は出先で誰かに刺されたらしい。この話を聞いた藤倉屋が眉をひそめた。
藤倉屋は縁起を担ぐことでも有名で、政五郎が死んでしまって今後の普請をどうするというより、縁起物の鶴亀を引きはがして死んだことを気に病んだ。意を受けた藤倉屋の番頭が下駄常のもとへ走り、下駄常はいつものごとくセンセーのところにやって来た。センセーは鶴亀の飾りを作った提灯屋にあたりをつけて調べ始めたが…

幽霊床
センセーが幽霊の絵を描いたことから有名になった幽霊床で、評判のよくない客が剃刀で喉を切られて殺された。
油障子には、白衣の裾を、鬼にまくられて恥ずかしそうにしている幽霊が描かれているところから幽霊床と呼ばれている、神田鬼熊横丁にある髪結い床。その床屋で殺人が起きた。ちょうどそのとき店には7人客と親方民五郎、それに下剃の新吉。
殺されたのは客の与吉という、裏長屋に住むあまり評判のよくない男。与吉は座敷の隅にいて、殺される直前にタキと呼ばれる男と何か話をしていたらしい。タキは町内の男でもないし、幽霊床のなじみでもないから、どこの誰ともわからないし2人で何を話していたかもわからない。
客たちも将棋を指していたり、本を読んでいたり、民五郎は客の髪を結っていたし、新吉は土間の掃除をしていた。そんなときに与吉のうめき声が聞こえたのだった。民五郎が飛んでいくと、与吉は首を剃刀でぱっくりと切られて死んでいた。凶器の剃刀は、土間に放り出された状態で見つかった。
さらに与吉の住んでいた裏長屋を調べてみると、二階には若い娘が手を縛られて閉じ込められていた。下駄常とセンセーは女を助け出したが、女はあまりの恐怖に口もきけずどこの誰ともわからない。どうも与吉は若い女をかどわかして、その関係で殺されたようだ。

入道雲
残暑の江戸の町に、激しい夕立があった。その夕立の中、女がひとり雨にあたって溶けてしまった。
一寸先も見えないような激しい夕立が降る中、五軒長屋の三軒目から女が一人飛び出してきた。ここは抜け裏になっているから人通りが多く、その時も長屋の軒下では数人が雨宿りをしていた。女はその雨宿りの人を押しのけて、木戸の方に走った。
あとから男が同じように飛び出してきて、女の後を追う。男は木戸口で2人連れの職人にばったり出くわした。その職人が言うには、木戸から出てきた者はいないという。木戸脇の床屋の小僧も外を見ていたが、やはり木戸を出てきた者はいないという。
女は両国の水茶屋に勤めるお君、男の方は蔵前の両替商佐野屋の若旦那で政太郎といった。政太郎がお君に惚れて駆け落ちし、政太郎は勘当され、この五軒長屋に流れ着いた。最近では金を稼ぐことを知らない政太郎にお君が愛想を尽かし、喧嘩が絶えなかったという。
この日も夕立の直前に喧嘩をし、土砂降りの中をお君が飛び出したらしい。そのお君だが、それから少しして見つかった。五軒長屋の空き家で首を吊っているのを、同じ長屋に住む与七という男が見つけたのだ。外に飛び出したお君は雨に溶け、長屋の空き家で戻って首を吊ったらしい。

与助とんび
カッパが神田祭の囃子の笛を盗み、さらに人殺しまでしたと疑われた…
この年の神田祭は蔭祭だったから、山車のお練りはないけれど、人形だけ町内に飾り、御酒所もあつらえ、幟も立て、神田囃子も町内ごとに披露される。ナメクジ連は皆センセーのところで酒を飲み囃子に聞きほれていたが、そこにカッパが転がり込んできた。
袋叩きにあったというカッパの顔は、はれ上がり熱もあった。聞けば酒にありつこうと門前西町の御酒所を覗いたが追い払われ、その直後に西町の若いものに袋叩きにあったというのだ。
囃子に使う笛がなくなり、カッパが酒を恵んでくれない腹いせに盗んだと勘違いされたらしい。濡れ衣もいいところだが、連中は納得しなかったようだ。
しかも笛の持ち主の銀平がお茶の水の崖で、その夜のうちに死んでしまったというから困った。西町の連中はカッパの仕業と息巻いているという。そこでセンセーが単身西町に乗り込んでいったが…

半鐘どろぼう
神田鍛冶町の番屋の火の見櫓の半鐘が盗まれた。どうやって盗んだかより、なぜ盗んだかわからずに、みな首を捻るばかり…
神田鍛冶町の番屋の火の見櫓の半鐘が盗まれた。木戸が閉まる前に見回った時は何の異常もなかったが、朝になってみるとなくなっていた。どっかの誰かが夜のうちに盗んでいったのだ。だが番屋は不寝番で、中に定番が詰めているし、木戸も閉まっている。定番も気づかなかったくらいだから、盗んだ奴は、ほとんど物音を立てなかったわけだ。
それにいくら半鐘でも子供の頭がすっぽり入るくらいの大きさはあるから重さも相当ある。一人や二人で簡単に盗めるとも思えない。第一どういう理由があって盗んだのだろうか。半鐘など売るに売れないし、かといって趣味で集めている好事家がいるとも思えない。鍛冶町の面目をつぶすのが目的なら、火消の纏でも盗んだ方がよっぽどいい。
鍛冶町は下駄常の縄張りだから、下駄常もすぐに出張ってきたが頭を抱えた。解決できなければ下駄常どころか鍛冶町全体の面目に関わり、ほかの町内に顔向けができない。いつもの伝でセンセーの出馬を願ったが…

根元あわ餅
大道芸人や商人の芸の途中で物を投げては邪魔をする悪質ないたずらをする浪人、腕は立つが捉えどころがない、ところがこれが殺人にまでエスカレートするとさすがに放ってはおけなくなった。
鬼子母神の境内に出ていた粟餅やの亀吉は、持ちをちぎって遠くの餡の入った鉢に投げ入れる芸当で人気だった。その亀吉の芸を邪魔した奴がいた。実は前にもほかの場所で、邪魔をされていたから、亀吉は素早く相手を見つけ、餅を放り出して追いかけた。
邪魔をしたのは背の低い小太りの浪人者だったが、亀吉が詰め寄ってもとぼけるばかり。そこにたまたま通りかかったのが下駄常。その場を預かったが、浪人者はいなくなってしまった。その浪人は鬼子母神の近くの賭場の用心棒に雇われた小動門之助といった。
実は門之助が大道芸人や商人の邪魔をするのは初めてではなかった。ほかにも邪魔をされたのが大勢いた。マメゾーも出刃を使った曲芸をしていて邪魔をされていた。そんなとき事件が起きた。向両国の見世物小屋で綱渡りをしていた女芸人が殺されたのだ。
若くて美人の女芸人は綱の上で桶を使った芸をしていたが、バランスを崩して綱から落ちた。が、その首筋には出刃包丁が深々と刺さっていた。。餅やあたりが邪魔されるくらいならあくどいいたずらで済むかもしれないが、もう放ってはおかれない。そんなわけでセンセーの出馬となった。門之助は下谷二長町にある生駒道場の門人だという。そしてかなり腕が立つ人物だった。

めんくらい凧
剣の達人、小動門之助が易を立てたところセンセーの死と出た。それを聞いたセンセーは…
正月二日、生駒道場の門人で剣の使い手小動門之助が、八辻が原で呼び止めたのは乞食神官のテンノー。門之助は、いつも八辻が原に出ているはずのセンセーを捜していたが、松の内は稼ぎにならないからセンセーは休みで、なめくじ長屋で酒浸り。
そこで門之助は、なめくじの一員であるテンノーに言伝を頼んだ。占いをしたところ、武士であるが武士らしくなく、絵心のある男が月内に死ぬと出た、思い当たるのはセンセーのこと、ご用心召されというわけだ。それだけを言うと門之助は去って行ってしまった。
テンノーからその話を聞いたセンセーは、心配するなめくじ連に、とぼけた返事をするばかり。そして翌日、ふらふらと歩いて武家屋敷のそばのさびしい林に出た。その後を門之助は追つけていたがセンセーは、とっくに気づいており、門之助と真剣勝負をすることに…


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