ときめき砂絵
光文社文庫

なめくじ長屋捕物さわぎシリーズの第九集。初期の作品からすると、江戸時代を舞台にしたミステリからミステリめいた時代小説への変化が顕著になってきている。ミステリとして面白いのは「二十六夜待」「待乳山怪談」くらい。
羽ごろもの松
風邪をこじらせたあげく、天女の羽衣を譲ってもらえるとつぶやいた男が、庭の松で首を吊った。
日本橋村松町の呉服屋新田屋の主人弥兵衛は、風邪をこじらせて根岸の寮に行っていたが、庭の松の木で首を括って死んでしまった。
弥兵衛は自害する5日ほど前から、庭に天女が舞いおりるとか羽衣を譲ってもらえることになった、とか妙なことを口にしていたが、そのあげくに夜ふけの庭にさまよい出て首を吊ったという。
ところが若旦那の彦太郎というのが、親父は風邪をひいたくらいで頭がおかしくなるはずはない。誰かが親父を騙して羽衣を売りつけようとして、親父を殺したのだと下駄常に訴えた。
困った下駄常はセンセーに相談して、根岸の新田屋の寮まで出張ってもらうことにした。センセーは庭の弥兵衛が首を吊ったという松に登ってみると、そこの枝には鶴の羽根が一つだけ残っていた。

本所へび寺
出刃包丁を使った曲芸の最中に、出刃包丁が消えて男の背中に深々と突き刺さった。曲芸をやっていたマメゾーは、人殺しで捕まってしまった。
両国広小路で今日も絶妙な芸を見せるマメゾー。鍋の弦を左手で掴み、右手は出刃包丁2本でお手玉という芸に現物人は喝采し投げ銭をしていたが、突然に空中を黒く細いものが走った。
包丁の舞が乱れマメゾーは包丁一丁を手に持ち一回転して立ち上がったが、もう一本の包丁は消えていた。少し離れた橋番小屋の前に男がひとり倒れていたが、その背中に消えたもう一本の包丁が深々と刺さっていた。
そこに現れた両国米沢町の御用聞、源七の子分のお相撲竹が十手を振りかざしてマメゾーを捕らえ、番屋に引っ立てていった。マメゾーが人殺しで捕まったとの話に下駄常はじめ、センセーやなめくじ連は大騒ぎになった。
下駄常の口利きで源七はマメゾーの大番屋送りを翌日の昼まで待ってくれることになった。センセーとなめくじ連はそれまでに真犯人を挙げなければならない。センセーは投げ縄の上手い人物を探してたどり着いたのが本所のへび寺。
ここは無住の寺で、この本堂に住み着いている鉄坊主という、裏では人殺しを稼業としている男が縄使いの名人だというのだ…

待乳山怪談
金儲けにつられて百物語の趣向に出たユータとカッパだったが、人殺しの下手人にされてしまった。
ユータとカッパが百物語の趣向に雇われた。場所は浅草山野宿にある日本橋の呉服屋島崎屋の寮で、島崎屋の若旦那芳太郎をはじめ裕福な商家の若旦那5人とお武家崩れの売れない絵師菊川豊藤、落語家の林屋花輔という面々が集まって、順番に怪談話を語り合う百物語をやろうというのだ。
最後に真打として芳太郎が語り、真っ暗になったところで庭先に潜んだユータとカッパが飛び出して脅かそうというのが趣向だった。
月のない曇った夜、座敷では百物語がはじまり、庭先ではユータとカッパがふるまわれた酒肴をやりつつ出番を待つ。やがて芳太郎が話し終わり、座敷の行灯が消されて真っ暗になる。
ユータとカッパが飛び出して騒ぎ始める。座敷の障子が開かれて、中の人たちが出てくるまでは台本通りだったが、そこからが違った。縁側で一人の男が胸を押さえて叫んでよろめいた。
庭の石燈籠のたよりない光に胸に刺さった匕首がきらりと光ったかと思うと、男は倒れた。すかさずユータとカッパを捕まえろと声がかかる。
実はこの場面、ユータとカッパのことを心配したセンセーが後をつけてきて全部見ていた。センセーの機転でユータとカッパはその場から逃げた。殺されたのは菊川豊藤だった。当然の如くユータとカッパが下手人とされてしまった。

子をとろ子とろ
子供たちが「子をとろ子とろ」の遊び歌に載せて誘拐され、暫くすると帰されてくるという、不思議な事件が相次いだ。
往来で子供たちがする「子をとろ子とろ」の遊びの歌が聞こえてきて、子供がさらわれるという事件が相次いだ。
遊び歌は針仕事をしていたお袋に庭から聞こえた場合もあれば、店の暖簾の影から聞こえた場合もあり、時刻も場所もバラバラだったが、歌が聞こえて子供がいなくなったことだけは間違いない。
さらわれた子供たちは大店の子供から大工の子供まで、年も下は6つから上は14歳までとこれもバラバラ。手習いの帰りや飴屋の太鼓につられて出て行ってさらわれたりと手口もバラバラだった。
ただ、さらわれた子供たちは2日か3日すると帰ってきた。その間子供たちは鬼の面を被った2人組に監視されていたが、握り飯を貰い、お菓子を貰いして食べるものには不自由しなかった。
だが蛇や大きなガマガエルを使って脅されながらいろんなことを答えさせられるというのだ。その内容はどこで寝るのか?とか、何時頃寝るのか?とか他愛のないものばかり。
中には家にいるよりうまいものを食べられるという子さえいたが、一様にカエルや蛇の脅しには怯えていた。それが2日か3日続くと寝ているうちに家の近くまで運ばれたり、目隠しをされて大八車に隠されて運ばれたりして解放されるのだ。この不思議な事件に音を挙げたあげた下駄常はセンセーのところに相談に来た。

二十六夜待
二十六夜の月見の宴、夜半の月の出を待っていた菓子屋の主人が厠に入ったまま消えてしまった。
江戸の月見は3度ある。今でもある中秋の名月8月15日に、十三夜といわれる9月13日、それに廃れてしまったが7月26日の二十六夜であった。二十六夜の月見は月の出が遅く、夜半にならなければ見れないので、高台に集まって月の出を待った。それが二十六夜待だ。
須田町の有名な菓子屋壺屋丹波の旦那壺屋与兵衛晴久が二十六夜に消えてしまうかもしれないと下駄常がセンセーに相談に来た。
壺屋というのは京の公家衆にも代々出入りするほどの名家であったが、そこの主人は月見の夜に死ぬという言い伝えめいた話があるらしい。
現に先代の与兵衛は十三夜の月見の時に川に落ちて死んだし、四代前の与兵衛も月見の晩に行方不明になったという。その壺屋の当代与兵衛が二十六屋の月見を湯島の料理屋でやるというのだ。
廻りは止めたが本人は聞く耳を持たず、番頭や母親が心配して下駄常にボディガードを頼み、一人では不安な下駄常がまたセンセーに相談をしたというわけだった。だが危惧していたことは本当になった。
月が出る直前に厠に入った与兵衛が消えてしまったのだ。与兵衛は2階から降りてきたが、その後から風流仲間や太鼓持ちたちがぞろぞろ心配顔で着いてきた。その前で与兵衛は確かに厠に入ったというし、外から声を掛けると中から確かに与兵衛の声で返事があったという。

水見舞
嵐による川の氾濫で向島は水浸しになったが、水が引くと髪の毛をざっくりと切られた裸の女の死骸が現れた。
襲ってきた嵐が川を氾濫させ向島は水浸しになった。嵐が過ぎ去って水が引き始めると、向島の有名な料理屋平岩の庭の隅から、女の死体が見つかった。
女は山谷堀の芸者で小芳といい、平岩にも何度もお座敷に来ており、店でも顔を知っていたからすぐに身元はわかった。小芳は裸にされたうえ、髪の毛をいがぐり頭に近いくらい刃物で切られていたから殺人の疑いが濃かった。
小芳の実家は向島にあって、その朝早くに店を抜け出して実家の見舞いに来たらしい。実家には年老いた父親と双子の妹お君がいたのだが、小芳は訪ねてこなかったという。
これらによって親思いの小芳は、嵐のすさまじさに実家が心配になり店を抜け出して見舞に行く途中で何者かに襲われ、着物を奪われて髪を切られたうえ殴り殺されて平岩の庭に棄てられた、となるのだが、犯人はどうしてこんな面倒くさいことをしたのだろう。
刃物を持っているのに殴り殺したのはなぜ、髪を切ったのはなぜ、嵐の夜にわざわざ平岩に庭に死体を運んだのはなぜ…たまたま親戚の見舞に向島に行った下駄常も首をひねった。

雪達磨おとし
雪の朝、あちこちに造られた雪達磨。だがそのうちのいくつかの首が切り落とされて、糊紅で血の跡まで細工してあった。
大雪の朝、なめくじ長屋の近くにある紺屋の馬場に作られた大きな雪達磨の首が落とされた。刃物を使ってスパッと切ったような切り口には、糊紅を使って血の跡を細工してあった。
調べてみると他にも首を落とされた雪達磨があって、全部で4体が見つかったが、そのうちのひとつ鉄物問屋南部屋には脅迫状が届いた。人の首を落とされたくなかったら20両を雪達磨の上に乗せておけという内容だった。
呉服屋の明石屋では矢之倉小町と評判の高い美人の娘が怯えて、蔵座敷に閉じこもってしまった。落とされた雪達磨の首はすげ替えられたが、その翌日、またまた雪達磨の首が落とされ始めた。
センセーはじめなめくじ連は雪のために稼ぎに出られず、金になるかもしれないとあちこちで雪達磨を見張ったが…


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