まぼろし砂絵
光文社文庫

なめくじ長屋捕物さわぎシリーズの第七集。異色作「熊坂長範」、ちっと変った密室ものの「人ごろし豆蔵」、橋の上での不可能犯罪の「両国八景」など七編を収める。
熊坂長範
神田祭の山車のひとつ、連雀町の熊坂長範が土蔵の中から消えてしまった。頭を抱えた町内の世話役たちは下駄常に相談をしたが、下駄常はセンセーたちを疑って…
山王祭とともに江戸の両祭といわれる神田祭は、氏子の町内の山車が36基繰り出し、江戸城内で将軍のご上覧に入れるほどの大祭だ。
その山車のうち9番が連雀町の熊坂長範だが、その人形が保管されていた青物屋丁五の土蔵から消えてしまった。土蔵には南蛮錠が掛かり、鍵を使わずに開けられるのは江戸でも2、3人しかいない。
そのうえ鍵を開けても人形が大きすぎて、とても大人一人では持ち出せる物ではない。盗まれたにしろ何にしろ、山車がないでは済まない。祭りは10日後に迫り、準備を考えると7日くらいしか余裕がない。
連雀町の世話役たちは頭を抱え、緘口令を敷いて下駄新道の常五郎に相談した。話を聞いた常五郎も頭を抱え、あろうことかこんな大がかりなことができるのは、センセーを始めとするなめくじ連中と疑った。
それを知ったセンセーの方でも、濡れ衣を晴らしてあわよくば金をせしめようと考えて、丁五の土蔵に忍び込んだまではよかったが…

人ごろし豆蔵
旦那芸の道楽の果てに身代を潰した、大坂の大店のあきんどが、豆蔵と芸比べ。2人とも縄で縛られて土蔵に入れられたまではよかったが、元あきんどが土蔵の中で死体になってしまった。
呉服太物問屋鶴屋政右衛門は風流人としても知られ、大坂のあきんどで卵で店を潰したという阿保久斎と豆蔵の芸比べを思いついた。
阿保久斎は大店の旦那だったが店は奉公人任せで、役にもたたないことをするのが大好きだった。あるとき卵を投げあげて、それを箸で挟むことを思いつき、卵を大量に使って練習し、十が十できるようになったころには店が傾きかけていた。それが卵で店を潰した、という言い方になった訳だ。
鶴屋の座敷にはで阿保久斎と豆蔵、センセーに下駄常が招かれ、物好きの大店の旦那たちが数人集まって、阿保久斎の卵の芸を見たあとで、豆蔵がそれに挑戦、豆蔵は見事にやり遂げた。
その次の趣向は阿保久斎の提案で、阿保久斎と豆蔵が裸で縄で縛られて錠を掛けた土蔵の中に閉じ込められ、どうちらが早く縄抜けができるかという芸比べ。
下駄常が裸の2人に厳重に縄を掛け、土蔵に入れて縄の端を柱に結えた。そして土蔵の扉に外から錠を掛けた。暫くして開いて見ると、密室の中に土蔵で、喉を描き切られて阿保久斎が殺され、豆蔵は縄を掛けられたまま気絶していた。
土蔵には扉のほかに高窓があるばかりだが、そこからは人は抜け出せない。凶器はないが状況から下駄常は豆蔵を下手人にせざるを得なくなった。

ばけもの寺
夜になると本堂にばけものが出て騒ぐという噂がある古寺に、センセーはじめなめくじ連が住職に頼まれて一夜の泊まり込み。ばけもの除けに一晩陽気に騒いでくれというのだが…
無量寺という押上村の古寺の本堂には夜な夜なばけものが出るという。ある夜には女の生首が本堂の階段をピョンピョンと上がったり、夜中に木魚や鉦をたたいては騒いだり、噂は広まり住職の順道も困り果てた。
本所の道場に頼んで若い連中を大勢本堂に泊まらせてみたが、ばけものに怯えて夜中に逃げ帰る始末。そこで順道は酒と肴で釣ってなめく連に一夜の番を頼んできた。
ただ酒、ただ飯が出て、朝まで陽気に騒いでくれという、うまい話になめくじ連が乗らないはずはなく、話を持ち込んできたカッパを先頭に一同夕暮れ時の無量寺に乗り込んできた。
住職からあらましの話を聞いて、用意された酒に肴でさっそく宴をはじめたが、そのうちに廊下が騒がしくなり、順道の生首が転がって来た。これには一同驚いたが、それよりこのままでは下手人にされてしまう。センセーの指図で寺中の捜索が始まった。

両国八景
夜の両国橋の上で身投げをしようとした男が、男の様子をいぶかしんで駆けつけてきた橋番に抱きとめられた。が、男の首には手拭いが堅く結ばれて、息が絶えていた。
夜の両国橋の西の橋番小屋の前を、大店の番頭風の若い男がふらふらと通り過ぎた。橋番の久六は、つい先頃も同じような男を見過ごして、その男が身投げをして死んだという苦い経験から、今度は若い男の後を追った。
若い男、のちに日本橋村松町の越前屋の番頭定次郎とわかったが、案の定、橋の真ん中で思いつめた表情をして欄干に手をかけようとしていた。久六は定次郎の後ろから体の手を廻して身投げを止めた。
定次郎は離してくれ、見逃してくれと抵抗したが、そこへ東の橋番の甚兵衛も駆けつけてきた。直後に定次郎が俄かに橋の上に崩折れた。見ると定次郎の首にはそろばん絞りの手拭いががっちりと巻きついていた。
ちょうどその時に橋の東側から来たのが下駄新道の常五郎。橋番から話を聞いて、最初は久六の犯行かとも思ったが、動機もないし、そんなことをする人間にも見えない。下駄常はさっそくセンセーに相談に行った。
相談を受けたセンセー、どうも下駄常が何か隠しているらしいので、なめくじ連に探らせると、定次郎は越前屋から大事な質物、さる旗本から預かった将軍家拝領の脇差を持ち出していることがわかった。

坊主めくり
神田明神天王まつりの名物、日本橋中通りの大行燈の枠の隅に生首が乗っているのが見つかった。
神田明神天王まつりの名物は、日本橋南鞘町と南塗師町の横町が東中通りと交わる四つ角に、4本の柱を立てて辻いっぱいに下げられた大行燈。丸太を組んである枠の隅に、坊主頭の生首が乗っていた。
辻の角の柳花堂という絵具や絵筆を扱う老舗の若旦那が、二階の窓を開けて首を見つけたから大騒ぎ。首は丸太の上に乗せ、ねじり鉢巻きで縛りつけてあった。
首の乗っていた角にあるのは、柳花堂の向かいの店である道具屋の加賀屋。加賀屋の2階からなら、窓を開けて手を伸ばせば容易に生首を乗せられる。
しかも加賀屋の2階にいるのは道楽者でいたずら好きな若旦那だから、加賀屋の主人が関り合いを心配して、見知り合いの下駄常を頼んだ。
下駄常が首を調べてみると、有髪の美少年の髪を剃って、晒したらしいとわかった。しかし他には何に手がかりもなく、センセーに助けを求めてきた。その直後、今度は両手両足を切られた胴体が見つかった。
胴体は大行燈のある辻からほど近い、紅葉川の土手に捨てられていた。下駄常が睨んだとおり華奢な美少年のものだった。

かっちんどん
浅草奥山あたりにある矢場、客たちが楊弓を引いて的に当てて遊ぶのだが、客の目当ては矢場女。矢が的に当たると、的が揺れて後ろの枠に張った革をうつから、矢が当たってかち、的が革を打ってどん。
「四まん六せんにち、いづつのおきんをころす。見ているがよい」と酷い金釘流の文が平野屋という紙屋の道楽息子栄之助のところに投げ込まれた。
井筒とは浅草奥山にある矢場、そこにお金という矢場女がいて、栄之助はお金目当てに通いづめだから、この文に半狂乱。平野屋の両親は諌めたが、栄之助を見かねた番頭が下駄常に、お金のことを頼みに来た。
7月9日、この日にお参りすれば4万6千回お参りしたことになるという日、下駄常はセンセーとともに奥山の井筒にやって来た。いたずらかもしれないが一応出張って見張ろうというわけだ。
下駄常が聞き込みをしている間にセンセーは矢で遊ぶが、そこで善亭撫松と名乗る若隠居と知り合った。この撫松もお金のひいきで、栄之助のところに来たのと同じ文面の文を持っていた。
そこへお金におかみから呼び出しがかかった。ところがそのままお金はどこかに行方をくらましてしまった。

菊人形の首
忠臣蔵の菊人形が夜中に全て盗まれた。何軒もある植木屋のうち、盗まれたのは忠臣蔵の菊人形だけ…
団子坂の菊人形の季節がやって来て、見物人も多く出て賑わった。その中でも老舗の植木屋植彦の今年の人形は忠臣蔵。そのモデルは猿若町の有名な役者ではなく、湯島天神の宮芝居の坂東登見五郎一座。とくにおかるは三体で、登見五郎一座の女形尾上春之助。
この忠臣蔵の菊人形が、ある晩そっくり盗まれてしまった。おかるの三体を含めて全部で十一体。素人には手におえないし、かといって植木屋仲間が盗む理由もない。十一体ともなれば、手間もかかるから単なるいやがらせとも思えない。
事実植彦でも売り物が盗まれたわけではないから、さして困っていないのだ。いったい誰が何の理由でこんなことをしたのだろうか。下駄常はセンセーを誘って団子坂まで出張ったが…


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