きまぐれ砂絵
光文社文庫

きまぐれ砂絵は全て落語に題材をとった話で構成され、最初に出版されたときも「なめく長屋捕物らくご」と副題がつけられた。「長屋の花見」「夢金」「野ざらし」など有名な落語をミステリに仕立てている。なお、ほかの砂絵は全て七編づつだが、きまぐれ砂絵だけは六編で編まれている。
長屋の花見
落語の長屋の花見のようにセンセー以下なめくじ長屋の連中も、飛鳥山へ貧乏花見に。花見の趣向で酒の入った角樽の中身を水に変えてくれと頼まれ水にすり替えたが、その水を飲んだ人間が次々に倒れて死んでいった。
花見の季節、なめくじ長屋の連中も花に浮かれて、飛鳥山に花見に繰り出した。どう取り繕ってもまともには見えないからと、普段通りのものもらいの格好をしていけば、傍目からは仮装に見えるだろうと勝手に決めて、水で薄めた酒と沢庵の大根の漬物をそれぞれ卵焼きと蒲鉾に見立てて出かけた。
飛鳥山に着いて水っぽい酒がなくなりかけた頃にカッパが頼まれごとを持ってきた。一家で花見に来ている連中の角樽の中身を酒から水に変えてくれという。花見の趣向と思ってセンセーの筋書きで一計を案じ、酒を水にすり替えた。
ところがその水を飲んだ一家の連中が苦しみだして、八人の人間がほとんどその場で急死、調べてみると毒を飲んで死んだことがわかった。慌てたのはなめくじ長屋の連中。はめられたと思っても後の祭りでスタコラ逃げ出したが…果たして事件の真相は?
「長屋の花見」は典型的な長屋話で、貧乏長屋の連中が大家の音頭で花見に行く。貧乏長屋のことで、酒は番茶を煮出して水で薄めたもの、卵焼きは沢庵、蒲鉾は大根の漬物。花見を始めたがお茶に沢庵と大根だから盛り上がらない。
そのうちに芸者や太鼓持ちをあげて騒いでいる連中のそばで喧嘩をはじめ、連中が逃げた隙に残していった酒肴を横取りして酒盛りを始める。どこででも切れるので、春先から花見の頃までは寄席などでもよくかかる。上方では「貧乏花見」という。

舟徳
浅草の船宿の女房が麦藁細工の蛇にかまれて死んだ。死に様はまむしの毒にそっくりだったが、まさか麦藁の蛇に毒があるはずはない。いったいどうやって女房は死んだのか…
浅草山谷堀の船宿、梅屋の女房のお品は蛇にかまれて死んだ。蛇といっても本物の蛇ではなく、浅草富士浅間神社で売っている麦藁細工の蛇だ。
梅屋に居候している日本橋本石町、海産物問屋尾張屋の若旦那の徳三郎がいたずらでお品に麦藁の蛇をさしだしたら、お品は驚いてそれを手で払いのけた拍子に堀へ転がり落ちた。すぐに助けあげたが、その後に凄い熱が出て、顔をむくませて死んだ。まむしの毒が大量に入って死んだような有様だった。
お品は、去年の夏にいきなり出てきた白蛇を下駄で踏み殺してから、極端な蛇嫌いになった。それを知らなかった徳三郎が、いたずらをした結果お品は不思議な死に方をしてしまった。
徳三郎はお定まりの道楽息子で、いたずらが子供のように好きだが根はいい人間で、居候しているだけではと船頭の修行に励んでいた。だから船宿や船頭仲間にも評判はいい。今回の事件もきっかけを作ったものの、まさか死ぬとはと周りのものも徳三郎を責めなかった。
とはいえ尾張屋のおかみさんは徳三郎が心配で、下駄常に徳三郎に傷がつかないように事件の解決を依頼、下駄常はいつものようにセンセーに相談した。
まさかに麦藁細工の蛇が毒を持っているわけがなく、お品はどうやって殺されたのか、センセーは下駄常と舟で梅屋に向かった。


「舟徳」は名人八代目桂文楽も得意とした落語で、舟宿に居候していた若旦那徳が船頭になりたくなって、親方の止めるのもきかづ船頭になった。ろくに船がこげないのに、客を乗せて出かけたが、棹を流したり、船が回りだしたり、石垣にくっついたりとさんざん。
しまいには、浅瀬に乗り上げて動けなくなってしまい、客は水の中をあるいて陸に上がった。その客に徳が「すいません。船頭を一人雇ってください」とサゲる。夏の落語で、話のほとんどの場面が舟の中で、たえず体を動かしているために体力がいる話で、今はもっぱらホール落語などで演じられる。

高田の馬場
高田の馬場で行われるはずだった仇討ち。ところが討つほうも討たれるほうも現われなかったばかりか、両方とも相次いで殺されてしまった。
両国回向院の前で兄弟と思われるガマの油売りが商売をしていた。口上を述べて、貝殻に入れたガマの油を売る大道商人だ。そこに現れた、年老いた浪人者。ところがその浪人が、ガマの油売りが仇と狙う相手とわかり敵討ちが始まろうとしていた。
たちまち回りには見物の人垣ができたが、結局明日の午前10時に高田の馬場で敵討ちをすることになった。翌日は朝早くから高田の馬場は見物人で大賑わい。ところが敵討ちをするはずの3人は一向にあらわれず、料理屋や茶店が儲かっただけ。無論高田の馬場の仇討ちも作り話。
ここまでなら落語と一緒だが、これは推理物だから来れなかったのは浪人の方が殺されていたからとなる。調べてみると浪人とガマの油売りは親子で、さらに翌日にはガマの油売りの二人も殺された。ガマの油売りの方は二人とも首を切られて持ち去られていた。下駄常と共にセンセーが出張ってきて、このややこしい事件に首を突っ込んだ。


「高田の馬場」は種明かし的な話で、笑いの多い話ではないので、ホール落語などで時たま聞ける程度。七色の声の名人三代目金馬が得意とした。 ちなみに現在は地名も駅名も「たかだのばば」だが落語や講談のほうは「たかた」と濁らない。

野ざらし
人まねをして向島に野ざらしになったしゃれこうべを探しに言った八五郎だが、なぜか、その夜殺されてしまった。
能天気な職人八五郎が殺された。八五郎は長屋の隣の部屋に住む、初老の浪人尾形清十郎の部屋に、女が訪ねてきたのを覗き見し、翌日清十郎のところに文句を言いに言った。
清十郎は昨日の女は人間ではなく、昼間向島に釣りに行ったときに、野ざらしになっていたしゃれこうべを見つけ、酒をかけて供養をしたところ、夜になって昼間の礼を言いにたずねてきた幽霊だと説明。
これを聞いた女好きの八五郎、清十郎のまねをして向島で野ざらしに酒をかけ供養をする。上機嫌で長屋に帰った八五郎だが、その晩に殺されてしまった。誰がなんにために八五郎を殺したのだろうか。論理パズルに仕立てて、解決も合理的に持っていって見事に推理物にしている。


落語「野ざらし」は、酒をかけて長屋に戻った八五郎のところに訪ねてきたのは女の幽霊ではなく、よくしゃべる男。「お前は何者だ」と問う八五郎に「新朝とう太鼓持ちです」「なに、新町の太鼓、しまった昼間のは馬の骨だった」とサゲる。
太鼓には馬の皮を使ったことから来たサゲ。寄席でも落語会でもよく演じられ、三代目春風亭柳好のものが特に有名。上方では「骨釣り」という。

擬宝珠
浅草寺五重塔の天辺の擬宝珠を二百両かけて舐めた和泉屋の若旦那が、雪の残る朝、橋の真中で大あぐらをかき頭に鉄鍋をのせて不思議な格好の死骸となって見つかった。
年の瀬も迫った十二月十五日の朝、浜町川にかかる栄橋で日本橋富沢町の金物問屋、和泉屋の若旦那福太郎の死骸が見つかった。福太郎の死骸は橋の真中で大あぐらをかき、腹のあたりを細引きで欄干に繋ぎ止めて、頭には鉄鍋を被っていた。その鍋の上には前日まで降っていた雪が白く積もっていた。
この福太郎、十日ほど前にも江戸中をあっと言わせる奇行をやっていた。浅草寺五重塔に登り、天辺の擬宝珠(橋の欄干やお堂の天辺などにある炎の形をした水煙の先にある飾り)を舐めたのだ。
福太郎は手の届く江戸中の擬宝珠を舐めたが、最近借りた遠眼鏡で浅草寺の五重塔を見ていて、その天辺の擬宝珠を舐めてみたくなり、思い込むうちに体調を崩した。
和泉屋では可愛いせがれのために、寺に寄進し足場を組ませ、福太郎を上らせて擬宝珠を舐めさせた。それに投じた費用が二百両。当日は噂が広がり、浅草寺の境内は黒山の人だったという。それが、誰かに殺され死骸は体中に霜焼けを作って雪の中に捨てられていたのだ。
和泉屋に無念を訴えられた下駄常は、雪で仕事が出来ずに長屋で寝ていたセンセーに助けを求めた。センセーは福太郎が五重塔に登ったことに事件解決の鍵があると睨む。


「擬宝珠」のサゲは、擬宝珠を舐めて五重塔から下りてきた若旦那、どんな味がしたと聞かれ「沢庵の味がして、塩がきいてました」「塩は三升か、五升か」「いえ、緑青でした」というもので、あまりいいサゲとも思えない。そのためか現在ではやり手がなく、ほとんど聞けない落語。
やはり若旦那がわがままをいい出す落語には「千両みかん」があり、こちらは夏の暑い盛りにみかんが食べたいというもので、サゲも秀逸で落語会などでよく演じられる。

夢金
日本橋の中洲で背中を刺し殺された浪人者の死骸が転がっていた。手には守り袋が握られていたが…
日本橋中洲に背中を刺された浪人者も死骸が転がっていた。その死骸が握っていた守り袋を検めてみると深川の増田屋という大店の娘のもの。
実はこの娘は昨夜仙台堀を正体なくフラフラと歩いているところをアラクマに助けられ、増田屋に送り届けられていた。どういう経緯で、その娘の守り袋を浪人が握って殺されていたのか、娘に聞いて見ようにも寝込んでしまって話もできない。娘の回復を待っていてもしょうがないから、舟宿をあたったところ手ごたえがあった。
昨夜、浪人者と娘を山谷堀から乗せた舟があったのだ。兄弟といって乗ったがそれは真っ赤なうそ。船頭の金八が見破ると浪人が開き直って、娘は駆け落ちでもするらしく百両近い金を持っている。二人で襲って金を山分けしようと金八は持ちかけられた。
同意するふりをして、中洲に浪人をあげる、浪人をおこざりにして舟を返し、娘は途中で降ろした。浪人は中洲でわめいていたが、決して死んではいなかったし、殺してもいないと金八は言った。ところが、これが夢とわかり…


落語「夢金」は欲の深い船頭の熊蔵、夢でも金勘定をしてそれが寝言で出るほど。そんな気持ちいい夢を見ていたら起こされて雪の中、侍の兄妹を乗せて船を出した。
途中で侍が連れの女は妹ではないと打ち明け、金を持っているから殺して金を山分けしようと持ちかけてきた。舟が汚れるからと侍を中洲に上げて、舟を返して置いてきぼりにし、娘を家に送り届け礼金に預かり、その礼金を数えてるところで目が覚めるという話。雪の夜の話なので冬場によく演じられる。

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