あやかし砂絵
光文社文庫

なめくじ長屋捕物さわぎシリーズの第四集。このあやかし砂絵は発表順ではなく、単行本化された際に季節順に編集されている。ダイイングメッセージの「張形心中」やホワイダニットの佳作「人食い屏風」、人間消失の「不動の滝」など七編を収める。
張形心中
大黒屋勘右衛門の妾が男と心中したが、心中にしてはつじつまの合わないことが多く、心中に見せかけた殺しの線が強くなった。下手人として捕まったのが、事件の夜に妾の家の床下に忍んだアラクマ。センセーはアラクマの濡れ衣を晴らすために立ち上がる。
両国米沢町の菓子屋大黒屋勘右衛門の妾お福が男と死んでいた。お福の住む妾宅を縄張りにする岡っ引、薬研堀の源六は心中に見せかけた殺しと見た。心中にしてはつじつまの合わないことがいくつかあったからだ。
お福と一緒に死んでいたのは、久松町の仙太という遊び人で、二人とも素っ裸で体にはいくつもの匕首でつけた傷があり、部屋中が血にまみれていた。
奇妙なことには、お福は虫の息になりながらも箪笥をあけ、その中に仕舞ってあった鼈甲でできた最高級の張形を握って死んでいた。この張形は年老いた勘右衛門の代わりとしてお福が使っていたものだった。
この事件で犯人として源六に捕まったのはなんとアラクマ。アラクマは助平心を出して、お福の乱れ姿を盗み見ようと縁の下に忍び込んでいて、そこから這い出すところを見られ容疑を掛けられた。
センセーはアラクマの濡れ衣を晴らすために事件解決に乗り出した。お福が握っていた張形は何かのダイイングメッセージなのだろうか。

夜鷹殺し
最下級の娼婦である夜鷹が次々に殺された。さらに警戒するなめくじ連の前でも、あざ笑うように五人目の犠牲者がでたが、犯人はどこへともなく消えてしまった。いったい犯人は、何を目的に夜鷹を狙うのか。
最下級の街娼をこの頃は夜鷹とよんだ。夜鷹は茣蓙を一枚小脇に抱えて道端に立ち、もっぱら侍屋敷の中間や職人を相手に商売をした。年齢も総じて高く、梅毒を病んでいるものも多かった。その夜鷹が連続して殺された。最初がお七、次がお源、三人目がお鉄、四人目がお初でいずれも首を絞められ着物を脱がされて素っ裸、顔は刃物でめちゃめちゃにされていた。そしてなめくじ連が警戒する中、五人目の犠牲者が出た。名はお六といい、神田川の土手で殺されたのだが、殺される時のただならぬ気配になめくじ連が駆けつけたが、ときすでに遅く殺されてしまっていた。しかし不思議なことに犯人はどこにも逃げていなかった。なめくじ連の目にまったくふれずに逃げるのは無理で、唯一川に飛び込むしかなかった。しかし川面は漣一つなく、川に飛び込んだ音は聞こえなかった。犯人はどこに消えてしまったのか。また、夜鷹を連続して殺す理由はなんだろうか。犯人消失の謎にセンセーが挑む。

不動の滝
滝に打たれていた女が消えてしまった。滝の周りは三方が囲まれていて、出入り可能なのは一方だけで、そこには人の目が合った。自分から消えたにしろ、かどわかされたにしろ、女はどうやって消えたのだろうか。
江戸の郊外の娯楽地だった飛鳥山にあった不動の滝。この滝に打たれると頭痛、のぼせ、目まいなどが直ると言われていた。江戸郊外、駒込片町の酒屋小西屋のおかみさんのお節は目まいがするといってこの滝に打たれにいった。
ところが、このお節が消えてしまったのだ。滝に打たれたまではわかっているのだが、その後の行方が皆目わからなくなった。滝の周りは三方が囲まれていて、出入りできるのは一方だけ、しかもその通路には小西屋の女中が着替えを持って待っていた。お節は、いわば密室状態とも言える滝から消えてしまったのだ。
滝に打たれる時は白い浴衣を来て打たれるために、浴衣が水に透けて裸同然になるのだが、そんな姿を見かけたものもいなかった。お節は夫婦仲もよく、女隠居にもよく尽くし女隠居から気に入られ、奉公人や近所の評判もよく、自分から消える理由もなかった。自分から消えたにしろ、かどわかされたにしろ消える方法はまったくわからなかった。

首提灯
ごろつきの勘五郎が死んだが、首と胴体は別々のところから見つかり、勘五郎は死んでも周りに迷惑をかけた。調べてみるとケチな脅しや美人局などで稼いでいたので、憎んでいる奴は多かったが殺されるほどの恨みは買っていなかった。いったい誰が勘五郎を殺し、面倒くさい首の切り落としをしたのだろうか。
小悪党で、どうせろくな死に方はしないと近所のものに嫌われいた神田永富町の裏店に巣くっている、ごろつきの勘五郎が死んだ。近所のものが言うとおり、ろくな死に方ではなかったが、奇妙な死に方ではあった。首と胴体が別々に発見されたのだ。
首は竜閑川に架かる乞食橋近くの白幡稲荷の境内で、胴体の方は日本橋川に続く伊勢町堀に架かる雲母橋で見つかった。勘五郎の首は、刀か刃物かはわからないが見事にすぱっと切れら、相当腕の立つ侍か大きな魚を切りなれている魚屋のような職業の人間が切ったと考えられた。
首はもともと白幡稲荷の境内にあったらしく、そば売りの爺さんが目撃していた。すると犯行現場は白旗稲荷で、犯人はわざわざ手間のかかる胴体のほうを運んだことになる。これに首を捻った下駄常は、センセーに知恵をかりにやってきた。
調べてみるとこの勘五郎、質屋伊勢屋の息子や同じく質屋増田屋の番頭などを脅して小金を巻き上げていた。さらに美人局をするために、女もいた。近所の噂どおり、ろくな者ではなかった。周りの人間も勘五郎のことを悪く言いこそすれ、死んだからといって同情の声は一つもなかった。
しかし、小悪党なので逆に殺されるほどの恨みを買っていたとも思えない。いったい誰がいつ勘五郎を殺したのか?

人食い屏風
著名な絵師が二人相次いで死んだ。現場の状況は絵に描いた見事な虎に噛み殺されたとしか思えなかったが、いくら見事でもまさか絵の虎が本物のなって絵から出てきて絵師を噛み殺し、再び絵の中に戻るなどあり得ない。犯人は何のために絵の虎に噛み殺されたように見せかけたのか
著名な絵師倉沢狐松と内海曙山が相次いで死んだが、その状況は絵の虎に噛み殺されたとしか思えなかった。狐松の死骸は咽に噛み殺されたような傷がつき、座敷に広げられた虎の絵の口のところに血がべったりとついていた。
一方、曙山の方は掛け軸にされた虎の絵の口にやはり血がべったりとついて、咽の傷は狐松と同じだった。どちらの絵も絵から抜き出てきてもおかしくないほど見事なものだったが、いくら見事でもまさか絵の虎が本物のなって絵から出てきて絵師を噛み殺し、再び絵の中に戻るなどあり得ない。
下駄常から相談をうけたセンセーも、この事件の眼目は、何のために絵の虎に噛み殺されたように見せかけたのかということに尽きると考えた。
狐松は絵の腕は見事だが、プライドが高く気に入った仕事しかしないが、今回の虎の絵は自分でも見事というくらいのいい出来で、自慢していたという。曙山の方は如才なく人当たりもいい売れっ子だった。
そんな狐松と曙山は兄弟弟子で不思議と仲がよく、狐松の妹が曙山のところに嫁に行くことも決まっていた。いったい誰が、虎に噛み殺されたように見せかけたのか…

寝小便小町
大川に浮かぶ屋根舟の中にいたのは清太郎とお吉という二人の男女だけ。その舟は河岸から船頭と女を世話した二人に見られていた。舟の中で清太郎が気絶し、気がつくとお吉は死体となっていた。清太郎は殺してないと叫ぶが…監視された舟の中で何が起きたのか。
大川に浮かぶ屋根舟の中、神田鍋町の金物問屋倉田屋の総領で、道楽が過ぎて今は花川戸の寮で気楽に暮らす清太郎は長次という遊び人に紹介された女を抱いていた。船頭は蝋燭を買いに行くとの口実のもと、とっくに舟から上がって、舟の中は二人でくんずほぐれつ。
ところが、この女はお吉というあばずれで、悪名高い「しょんべん組」の一人だった。「しょんべん組」とは高額の支度金を取ってめかけになる約束をするが、わざと寝小便をして呆れさせたうえ、刺青をちらつかせて脅し支度金は返さないという江戸時代版詐欺集団。
清太郎もお吉に懐を狙われ、ことの最中に気絶させられてしまった。ところが、その後の展開が異様だった。清太郎が気がつくと目の前にお吉の死骸が転がっていた。死骸は、着物を着て腹を匕首で刺され、そのうえ扱帯で首を絞められていた。舟の床には清太郎の持っとていた財布や腕守り、煙草入れが散らばっていたが、鼻紙一枚なくなってはいなかった。
一方で暫く前から、お吉を迎えに来た長次や船頭が相次いで戻ってきたが、舟の簾が下りたままなので河岸で煙草を吸ったりして舟を見ていた。その二人は口を揃えて、見ていた間には舟に近づいたものも船から出て行ったものもいないと言った。
するとお吉を殺したのは清太郎しかありえない。倉田屋から相談された下駄常は、さっそくセンセーに相談に行った。

あぶな絵もどき
市中に卑猥な落し文が投げ込まれたが、その落し文の作者が殺された。当然、犯人は落し文にかかれた者が恨んでということになるが…
市中に落し文、いわゆる誹謗中傷の文書が大あきんどや髪結床、一杯飲屋などに投げ込まれ話題になっていた。書かれているのは水茶屋の評判娘、遊芸の女師匠、美人の後家さんなどの私生活や性生活を卑猥な書きぶりで書いたもので、水茶屋の娘が3人、後家が2人、女師匠が1人にのぼった。
いずれも書かれた当人は根も葉もないことと真っ向から否定したが、市中では憶測を呼び、水茶屋の娘などは大層な人気。この落し文を書いたのが横山町の老舗明石屋の若旦那の文次郎。道楽が過ぎて勘当され、舟宿笹屋の二階に居候していた文次郎だが、何者かに刃物で切りつけられ殺された。
その文次郎の部屋の中から落し文の下書きや書きかけが見つかり、落し文も文次郎の仕業と判明した。書きかけの落し文から4人目の水茶屋の娘の落し文を近々投げ込むつもりだったらしい。
文次郎を恨んでいたのは当然落し文に書かれた女達で、文次郎に肘鉄を食わしたり、関係を持ったり、文次郎が一方的に惚れたりと、いずれも何かしらの関係があったらしいが…


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