くらやみ砂絵
光文社文庫

なめくじ長屋捕物さわぎシリーズの第八作「不動坊火焔」から第十四作の「地口行燈」までを収録。シリーズ中での名作のひとつ「天狗起し」や捕物帳版予告殺人の「春狂言役者づくし」、捕物帳版ダイイングメッセージの「地口行燈」など傑作佳作が目白押し。本文中に描かれた小さな絵も面白い。
不動坊火焔
密かに調伏の祈祷をする不動坊火焔。大店の不肖の息子は遊ぶ金欲しさに父親の調伏を頼んだが、父親もさるもので…
田所町の小間物問屋の山城屋の主仁兵衛。山城屋は商売も上手く行き、仁兵衛も元気だったが、ただ一つの悩みの種は一人息子の玉太郎。道楽者で賭場に入り浸り13両という借金をこしらえた。賭場の親分からは矢のような催促だが、堅物の仁兵衛には言い出せず、ついに評判の祈祷師不動坊火焔に調伏を頼んだ。
いくら江戸期でも調伏(呪い殺し)はご法度だから、表向きは頼めないし、不動坊も調伏をやっているなど口が裂けても言わない。しかし裏の世界では、必ず呪い殺してくれると評判であった。
不肖の息子玉太郎は親父を呪い殺させて、身代をそっくり頂いて遊び暮らそうという魂胆だった。この話を聞いたセンセー達なめくじ連は、この一件を金にしようと動き出す。
山城屋に全てを話したところ、山城屋は不動坊に玉太郎の出した倍額を出して玉太郎の調伏を頼み、賭場の借金も清算した。但し、どちらも玉太郎には内緒にしてだ。そしてセンセーに玉太郎が呪い殺されるのを防いでくれと頼んだ。ことの一件がわかれば、玉太郎も心を入れ替えるだろうという考えたのだ。
そして調伏が行われる夜センセー達は山城屋に忍んで、不動坊の弟子を捕まえる。ところがその間妾宅に姿を隠していた仁兵衛が大川端で殺されてしまった。しかも傷がどこにもなく体はきれいなものだった。仁兵衛はいったい誰にどうやって殺されたのだろうか。

天狗起し
長崎屋の主人が死んで通夜が行われた。その通夜の席上、早桶に入れられた長崎屋の死骸が消え、別人の死骸が早桶の中に入っていた。
呉服屋、長崎屋幸右衛門が急死し通夜が営まれた。通夜は故人の意思で芸者や太鼓持まで挙げて近所のものも大勢呼んで賑やかに行われていた。
通夜半ばで近所に住む左官屋留五郎が幸右衛門旦那に謝りたいことがある。早桶(棺桶)を見せてくれと、早桶を安置してある座敷に入りふすまをピタリと閉めて閉じこもってしまった。ところがそれっきり留は部屋から出てこなかった。20分近くたった頃に長屋の差配(大家)が心配し始め、合いのふすまを開けてみると部屋の中には誰もいなかった。
皆が飲み食いしている座敷のほうには誰も出てこなかったし、ふすまも開かなかった。もう一つの出入り口である縁側への障子を開けるとそこには幸右衛門の弟の幸二郎と隣家の小間物屋の主人清之助が縁側に座って話をしており、誰も出てこなかったと口を揃えた。
その時に部屋の中から叫び声が聞こえた。早桶の蓋がずれていて中を覗いたところ、留が魔除けに早桶の上に置いてあった短刀で胸を刺されて、死骸となって早桶の中に入っていたのだ。幸右衛門の死骸が消えてどこかに行き、留の死骸に変わっていたのだ。

やれ突けそれ突け
衆人環視の中の殺人事件。殺しの舞台は見世物小屋の綱渡りの綱の上。そこから落ちた綱渡りの太夫の死は殺しに間違いなさそうだが…
向両国(両国橋の東側)の見世物小屋で行われるやれ突けそれ突け。女がすそをめくり陰部をさらし、腰を振っているところを、男性器を模した槍で突かせるとういう卑猥な見世物だ。
ある日のこと、やれ突けそれ突けの女太夫の内股に「きちさんしぬ」と書かれた文字が突然浮き上がった。着物の裾が内股にかかり、それをどけたらそれまで白粉を塗っただけだった内股に、その不吉な文字が書かれていたのだ。
たちまち評判になったが、翌日となりに見世物小屋の綱渡りの女太夫の蝶吉が綱の上から落ちて死んだ。いつもの綱渡りを演じている途中で、足を踏み外して落ちたらしい。やれ突けそれ突けの女太夫の内股に現れたきちさんとは蝶吉のことだったのだろうか。
センセーは見世物小屋の親方から相談を受け、殺しではないかと考えるが高い綱のうえで誰がどうやって蝶吉を殺したのだろうか。

南蛮大魔術
評判の手妻師天竺胡蝶斎はセンセーをはじめ、大店の旦那衆たちを月に連れて行くと言い薬をかがせ眠らせた。暫くして気がつくとそこは…
常五郎の紹介で両替商山崎屋に引き合わされたセンセー。その推理の冴えを変われて、山崎屋たち有閑の旦那衆が料理屋に座興に呼んだ評判の手妻師天竺胡蝶斎の手妻のからくりを、見破ってくれるよう頼まれる。引き受けたセンセーは約束の日時に向島の料理屋に乗り込み、座興を始めた胡蝶斎の手妻を旦那衆と共に見た。すると中の一人がもっと大規模な手妻を希望し、胡蝶斎は全員月へ連れて行くといい、部屋を暗くして不思議な臭いを漂わせた。センセーはその香りを嗅ぎ意識が薄れたが、それは他の旦那衆も同じだった。やがて皆が目覚めると今まで見たこともない中国風の場所で皆は意識を失って寝ていた。センセーが起こすと今度は美女が3人薄物をまとっただけの姿で現れた。月でないことは確かだが、ここはいったいどこなんだろうか。そして胡蝶斎の目的は…

雪もよい明神下
火の見やぐらの半鐘が鳴り出し、あわてて外に出てみると半鐘から背中を刺された死体が落ちてきた。しかし加害者の姿を見た者は皆無。
火の見やぐらにつるされた半鐘が擦りばん(町内からの出火を示す半鐘のたたき方で、内側に撞木を入れてひっかきまわす)が聞こえてきた。驚いた自身番(交番兼町会事務所)から人が飛び出すと、その半鐘から人が落ちてきた。しかもその男の背中には匕首が深々と刺さり、絶命していた。所は神田明神下同朋町、雪が降りそうな雲行きの寒い日のことだった。
半鐘がなるとほぼ同時に飛び出した自身番の連中や通行人たちも被害者が落ちてきたのは見たが、加害者の姿を見たものは誰もいなかった。いきなり降って沸いたように死体だけが現れたのだ。被害者は町内の油屋備前屋で、寝たきりの主人に代わり店を切り回している主人の甥利助とわかったが、備前屋の主人が寝たきりになったのも蔵の二階から落ちたのが原因だったし、3年前に死んだ備前屋の女房もやはりはしごから落ちて死んでいた。備前屋にははしごのたたりでもあるのだろうか。

春狂言役者づくし
人気役者を押絵にした羽子板が盗まれ、押絵の役者の顔が切り裂かれて捨てられ、その役者が殺される事件が立て続けに起きた。捕物帳版予告殺人事件の真相は…
人気役者を押絵にした羽子板が盗まれ、押絵の役者の顔がズタズタに切り裂かれ捨てられるという事件があった。その直後に切り裂かれた押絵の役者が本当に殺されてしまった。暫くしてまったく同じ事件、羽子板が盗まれ切り裂かれ、そして役者が殺される事件がまた起こった。俄然世間の注目を集めたが、さらに第三、第四と同じ事件が続き、注目度は一気に高まった。
羽子板は胡満堂という職人が作ったもので、もう1枚作られていた。その羽子板は旗本の子女が買っていったが・・・
下駄常から事件の解決を頼まれたセンセーは、なぜ予告などして殺しをやりにくくするのか?羽子板を切り裂く意味は?と謎をかける。

地口行燈
質屋に押込み強盗に入った二人の死体が翌早朝見つかった。仲間割れでもしたのかと考えられたが、二人とも強盗前に殺されていたという証人が現れて大騒ぎに。
2月の始め、初午の三日前に芝口の質屋、金魚伊勢屋に押込み強盗が入った。強盗は二人組で、手代を人質に立て蔵に入って金や目ぼしい品物を盗んでいった。ニ人とも面を被っていたが、そのうち一人の腕に蛇の刺青があるのが手代の記憶に残った。
翌早朝、初午の祭りのために設けられた源助町の日比谷稲荷のお旅所の前で、二人の男の死体が見つかった。調べてみると一人の腕の蛇の刺青などが決め手となって、昨夜金魚伊勢屋に押し入った二人組の強盗とわかった。
仲間割れでもして相打ちになったのだろうと、この付近を縄張りとする岡っ引の藤三親分が呟いたまではよかったが、近所の豆腐屋のおかみさんがこのうちの一人を見たと言い出して話がおかしくなった。
おかみさん曰く、一人の死体は昨日の早朝、店を出ると道端に転がっていたというのだ。近づくと確かに死体で、おかみさんは驚いて亭主を起こしている隙に死体が消えていたというのだ。絶対に間違いないと言い切るおかみさんに藤三親分も思案顔。
そこに立って見物していた近くに住む職人の喜三郎が、もう一人の蛇の刺青をした方が昨夜遅く死体となって武家屋敷の塀外に転がっていたと言い出した。
二人は金魚伊勢屋に押し込み強盗に入る前に既に死体となっていたのだ。死体が強盗をしたのか、強盗が死体の主ではなかったのか。藤三親分は意外な展開に大弱り。一方で盗まれた伊勢屋の品の中に旗本から預かった将軍家拝領の脇差があるのがわかり伊勢屋は伊勢屋で大弱り。金になると見たセンセー始めなめくじ連が芝に押し寄せた。
ダイイングメッセージの捕物帳版には思わずうなる。


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