半七捕物帳(六)
光文社文庫

岡本綺堂作の半七捕物帳の第六十三作「川越次郎兵衛」から第六十九作「白蝶怪」を収録。
川越次郎兵衛
ひとりの男が江戸城本丸の表玄関に飄然と現れて、番人に向って「今日じゅうに天下を拙者に引き渡すべし。渡さざるにおいては、天下に大変出来いたすべしと、昨夜の夢に東照宮のお告げあり」と言い放った。
どうみても乱心者であり、最初は役人も宥めたりすかしたりしたがらちがあかず、ついには取り押さえた。被っていた笠に武州川越次郎兵衛と書いてあったので、川越藩に引き渡したが、その後所持していた臍緒書から野州宇都宮在粂蔵長男粂次郎とあり、川越藩から突き戻された。
八丁堀同心坂部治助が川越藩中屋敷に出向いて次郎兵衛を受け取ったが、その帰路次郎兵衛が暴れ出し、旋風が吹いて周囲は真っ暗、気づいて見ると次郎兵衛は縄抜けしていた。
この噂が江戸市中に広まり、坂部も不首尾となった。坂部はこれでは顔が立たないと半七を呼んで次郎兵衛の探索を頼んだ。すると外神田の番屋の番太郎夫婦が川越のもので、その女房の弟が次郎兵衛といい、つい最近江戸に出て来たが行方不明であることがわかった。
廻り燈籠
日本橋伝馬町の牢内で、科人同士が喧嘩を始め、鍵番の役人が静めても一向に治まらない。仕方なく役人が錠を開けると、その瞬間に牢内の六人が表に飛び出し、牢抜けしてしまった。最初から企んだことだったのだ。
すぐに探索の手が伸びたが、容易には捕まらない。その六人のうちに金蔵という男がいた。金蔵は芝口の三河屋甚五郎という年若い御用聞きに挙げられたのだが、金蔵は甚五郎を逆恨みしていた。
御用は覚悟の上だが、青二才の手柄にされては死んでも死に切れないというのだ。事実このときの捕物は、金蔵を騙して酔わせ、外に出たところを召し取るという、かなり姑息な方法だった。
甚五郎は御用聞きだった父親が死んで、その名を継いだばかりだった。そんな甚五郎に手柄をたてさせたいとの周囲の人間の思惑が、こんな方法を取らせたのだ。
金蔵はそれもあって甚五郎に恨みを抱き、牢内でも仲間に甚五郎だけはただではおかないと言っていたそうである。その金蔵が牢抜けしたのだ。これに怖れをなしたのは甚五郎とその周辺だった。なにせこの甚五郎という男は、温厚で気が弱く、御用聞き向きではないのである。
夜叉神堂
渋谷の長谷寺で、京都清水観音の出開帳があった。大変な人気であったが、なかでも奉納の造物、五尺余りの大兜が大評判だった。なにせこの大兜は、鉢もしころも全て小銭を細かく組み合わせて作ってあった。
しかも銭だけでは全体が黒ずんで、色の取り合わせも悪いというので、前立てや吹き返しに慶長小判と二朱銀が使われていた。これが寺社方に問題視され、結局3日の内に金銀だけ取り除けることになった。ところがそれが決まった夜、賊が忍び入って、大兜に使われていた小判5枚と二朱銀5枚を盗んでいってしまった。
地蔵は踊る
縛られ地蔵で有名な茗荷谷の林泉寺のそばにある高源寺の住職が夢を見た。その夢に従って墓地を掘ると、二百年埋もれていたという三尺あまりの石地蔵が出てきた。
そこで寺ではその地蔵を門前に祀り、林泉寺同様縛られ地蔵を拝ませた。新し物好きな人々で高源寺はたいそう繁昌したが、すたるのも早く3年もすると人々の足は林泉寺に向かうようになった。
さて安政5年のこと、江戸にはコロリが大流行して多くの死者が出た。その翌年の安政6年は5年ほどではないが、コロリ患者が出た。その最中に不思議な噂がたった。高源寺の縛られ地蔵が踊るというのだ。
その踊りを見たものはコロリにも罹らないという。その地蔵は確かに踊ったのだが、7月のお雨の日を境に動かなくなってしまった。そんなある日、女が高源寺の地蔵に縛られて死んでいた。
薄雲の碁盤
文久3年11月23日の朝、本所にある旗本小栗昌之助の表門前に、若い女性の生首が晒してあった。しかもその首は碁盤の上に乗っていた。その碁盤は薄雲の碁盤といい、かつて吉原の遊女薄雲が持っていたものだった。
その薄雲の碁盤は柘榴伊勢屋という質屋が所有していた。そして伊勢屋のお囲い者お俊の行方が分からなかった。事件を探る半七は、碁盤に晒された首はお俊のものと考えたのだが…
二人女房
府中の闇祭りを見物に来た江戸四谷の酒屋伊豆屋の女房のお八重。もちろんお伴もいて一行は4人であったが、闇祭りが最高潮に達して周囲が真っ暗闇になっている間に、お八重の姿が見えなくなった。
ほうぼう捜しまわったが大変な混雑で見つからず、翌日も、そのまた翌日もお八重の姿は見えなかった。困った伊豆屋では、つてを頼って半七のところに相談に来た。
一方半七の方も2ヶ月ほど前に府中に行ったばかりで、そのときに同じ四谷にある呉服屋和泉屋の息子の清七と女郎のお国の心中事件を聞き、気にかけていたところだった。
そこでお八重の一件を預かって調べたところ、和泉屋の女房のお大も行方不明になっていることを知った。片や府中で、片や江戸で行方知れず、しかも和泉屋の跡取りは府中で心中している、そこで半七は子分を連れて府中へ出向いた。
白蝶怪
半七の養父吉五郎の捕物談
正月の夜だというのに音羽の辺に白い蝶が舞うとの噂がしきりであった。それを現実に見た人も多い。その夜も歌留多を取って帰りが遅くなった御賄組の瓜生長八の娘お北と同じく黒沼伝兵衛の娘お勝が2人で歩いていると、目の前を蝶がヒラヒラ飛んで行った。 そして次の日、お北もお勝も熱を出して寝込んでしまった。特にお勝の病状がひどく、お勝の父の伝兵衛は心配してお勝の行動を追っていった。そして白い蝶のことを聞いた。 伝兵衛はもとより白い蝶の話などいたずらだと一笑に付したが、思い直してダメもとで白い蝶を見に行くことにした。そしてお北の弟で瓜生家の跡取り長三郎を誘う。 長三郎も伝兵衛同様蝶の噂など信じていない。だが音羽までいった2人の前に蝶が現れ、あろうことか伝兵衛が死んでしまったのだ。伝兵衛には跡取りがなかったので、急養子として親類から吉田幸之助という二男坊をお勝の入り婿として家を継がせた。 だが1ヶ月もしないうちにお勝は自害、幸之助は出奔、おまけにお北まで家出して行方不明になってしまった。
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