半七捕物帳(五)
光文社文庫

岡本綺堂作の半七捕物帳の第五十三作「新カチカチ山」から第六十二作「歩兵の髪切り」を収録。
新カチカチ山
三千石の旗本浅井因幡守が深川砂村にある下屋敷に梅見に行った。舟を仕立てて、供は愛妾のお早、娘のお春、女中が3人で供侍たちは陸を行った。
お春はお早が生んだのではなく、正室お蘭の生んだ娘だが、なぜか小さい時からお早になついていた。一行は下屋敷で一日を過ごし、夕方の帰り舟のこと。
舟が小名木川から大川に出たところで、舟底から水が漏り出した。あれよあれよという間にたちまちの浸水で、あいにく付近を通る舟もなく、叫び声に河岸から米屋の舟が救いに来たが間に合わず舟は沈没した。
船頭は飛び込んで助かったが、因幡守とお早、それに女中2人はのちに水死体で見つかった。お春と女中1人はどこかに流されたのか死体すら見つからない。
大身の旗本のこと、因幡守は病死ということにしたが、親族やお蘭らは内密に町方に探索を依頼、半七にお鉢が廻って来た。半七が調べてみると、やはり舟には細工された跡があった。
唐人飴
青山百人町、武家屋敷と寺社地が入り混じったところに羅生門横町というのがあった。名の由来は2年続けて刃傷沙汰があって、片腕を切り落とされたことによる。その翌年、またまた羅生門横町で腕が切り落とされた。
今度は刃傷沙汰ではなく、常盤津の師匠が横町に落ちている左腕を見つけたのである。その腕は唐人服の筒袖に包まれていた。近頃この青山辺に唐人服を着た飴屋が廻ってきている。
その飴屋は最初捕吏だとか隠密だとか言われていたが、そのうち泥棒だという噂が立った。それでも飴屋は来るのである。見つかった腕はその飴屋の腕ではないか、と誰もがそう思ったが、その後に来た飴屋はちゃんと両腕が揃っていた。
かむろ蛇
小石川小日向の氷川神社の明神の森には、かむろ蛇が出るという伝説があった。胴の青い、頭の黒い蛇で、昔の子供の切りかむろに似ていることから、そう呼ばれるらしい。
時々社の森で切りかむろの可愛らしい女の子が遊んでいるというが、その女の子はかむろ蛇の化身で、その姿を見たものは3日とたたずに死ぬといわれていた。
さて安政5年の夏のこと、江戸にはコレラが流行った。当時のことで防疫のすべなどなく、人々は皆神仏を拝むばかり。小石川の煙草屋関口屋の娘お袖が母のお琴、女中のお由と3人で氷川神社に詣でたのも、コレラをおそれてのことだった。
その帰り道に明神の森に差し掛かると、そこに切りかむろの少女を見た。それから数日して関口屋の家作で、店の裏にある長屋で大工の年造がコレラで死に、さらに夜中にお袖が原因不明で死んだ。お袖もお琴もかむろ蛇の崇りだと震え上がったが、祟りはそれで収まらず…
河豚太鼓
神田明神下の葉茶屋菊園の嫁お雛、一人息子の玉太郎、乳母のお福、それに隣のあずま屋という菓子屋の女が3人、都合6人が湯島天神にお参りに来た。ふと気付くと玉太郎の姿が見えない。
皆で探し回ったが、どこにもいないし、もう7歳だから菊園に帰っているかもしれないとも思ったがそうでもない。結局、玉太郎はかどわかされたのか迷子になったのか、あるいは神隠しにあったのか、そのまま消えてしまった。
番頭の要助が思い余ってその夜半七のところに相談に来た。ところが、その様子を物陰で立ち聞きしていたものがある。さらに翌朝、半七のところに「玉太郎は預かったが身の上に別状はない。武士の誓言間違いなし」との投げ文が…
幽霊の観世物
浅草寺の境内にできた幽霊の観世物小屋で、死人が出た。死んだのは下駄屋駿河屋の隠居のお半で、この日隠居所から浅草寺に参詣に行き、その帰りに観世物小屋に入り、あまりの怖さにショック死したらしい。
半七はこの話を聞いて、隠居がなぜ一人で観世物小屋に入ったのか、と首を捻る。手始めに駿河屋を調べてみると、駿河屋の跡取りはまだ21歳の養子の信次郎。お半もまだ45歳で、隠居するには若すぎる。どうも裏に何かあるらしいとは思うのだが…
菊人形の首
文久元年9月のこと、団子坂の菊人形を見物に外国人が3人やって来た。外国人は勝手に出歩けないので、監視と警護と案内を兼ねた別手組という侍が2人、都合5人であった。
馬を空地に繋いで通りを歩きだすと女が一人外国人にしなだれかかる。これからが騒動で、女を取り押さえた外国人が財布を掏った掏らないの大喧嘩となった。
周囲の人間も騒ぎに加わり、石を投げるやら棒を振り回すやらで、外国人と別手組の2人はほうほうの態で逃げ出した。この騒ぎの間に空地に繋いでいたはずの外国人の馬と別手組の馬が、それぞれ1頭ずつ盗まれた。
その探索を命じられた半七、さっそく調べにかかるが、馬を繋いだという空地でおころという老女の市子に出会う。市子とは死霊や生霊を呼び寄せる女で、おころは空地に草むしていた小さな祠を拝んでいた。
蟹のお角
横浜の居留地で外国人の夫婦が殺された。男の方はハリソンといい、寝台の上で喉を刃物で突かれて殺され、妻のアグネスは庭で獣にかみ殺されたようであった。
ハリソンとアグネス、それにもう一人のヘンリーの3人は、江戸見物に行って「菊人形の首」事件で散々な目にあい、馬を盗まれた一行だった。この縁で、横浜の岡っ引き三五郎が半七を訪ねて来て助力を請うた。
半七は上役の許しを得て横浜に出張る。調べてみると、この外国人夫婦には蟹のお角という女が絡んでいるらしい。蟹のお角は掏りや博打で稼ぐあばずれ女で、「菊人形の首」事件で外国人から財布を掏って大騒動を起こした張本人と見られていた。
青山の仇討
下総佐倉から江戸見物に出てきた金右衛門とその娘のおさん、為吉とその妹のお種の4人は、芝居見物を終えて親戚の青山の米屋下総屋を訪ねた。その途中の青山六道の辻で、敵討ちの現場に出くわした。
浪人態の男が道端の百姓から柿を買っていた男に何かしかけると、いきなり刀を抜いて斬りつけたのだ。そのあとで浪人態の男は金右衛門たちを証人に、近くの侍屋敷の番所に行き、敵討ちの事情を告げた。
ことが敵討ちであるので番所の扱いも丁重で、浪人態の男が申し出た主家の板倉家へ使いの者が走る。金右衛門たちも一応の事情は聞かれたものの、そのまま帰された。
ところがここから様子が違ってきた。浪人態の男は番所の隙を見て行方をくらまし、その男が申告した板倉家からは、そのような人物は知らないと言ってきた。
どうも敵討ちというのは嘘であったらしい、その話を下総屋で聞いた金右衛門らは江戸は恐ろしいところだとつくづく思いながら、夜になって下総屋を辞去した。
下総屋の小僧が途中まで送ってくれたが、今度はこの一行が辻斬りにあった。金右衛門は斬られて負傷し、おさんは辻斬りにかどわかされてしまった。
吉良の脇指
旗本福田左京と妾のお関が伝蔵という中間に殺された。この伝蔵が女中のお熊と密通しているのにお関が気づき、お熊は暇を出されたが、伝蔵は6年も勤めているので詫びを入れ許された。
その伝蔵がある夜、左京の寝所に忍び、手文庫を荒そうとしているところを左京に見とがめられ、近くにあった脇差で左京を刺し殺し、ついでにお関を殺して逐電したのだ。
結局福田の家は跡継ぎがいないこともあって取り潰されたが、殺されたお関の実家である四谷の魚屋笹川では悔しがること。笹川の息子でお関の弟の鶴吉は、姉の仇と伝蔵を狙い、半七に伝蔵を探して欲しいと頼んできた。
歩兵の髪切り
幕府の歩兵屯所で髪切り事件が起きた。夜中になると何者かが髷を切るのだ。寝ている間に切られた者、便所に行って暗がりで切られた者、いつ切られたかわからない者などさまざまであったが、20日余りの間に11人もの歩兵の髪が切られた。
世間の評判の悪い歩兵隊とはいえ、面目にかかわると半七が呼び出されて、小隊長から探索を依頼された。
そのころ市中でも髪切りが出た。浅草のお園という女の家に押し込み強盗が入り、お園の着物を一切合財持って行ったのであるが、そのときにお園の髷を切って行ったというのだ。
さらに下谷の質屋高崎屋に覆面をつけた押し込み強盗が入った。その一人が覆面を取り汗をぬぐったところを高崎屋の番頭が見たのだが、その男の頭には髷がなかったという。
押し込み強盗に入られた方も入った方も髷を切られた、こうなると単なる愉快犯ではなく、裏には何かいわくがありそうだが…
捕物世界のメインページにもどる
Mystery Collection Mainへもどる


Last modified -