半七捕物帳(四)
光文社文庫

岡本綺堂作の半七捕物帳の第四十二作「仮面」から第五十二作「妖狐伝」を収録。
仮面
京橋の伊藤という道具屋の店先に掲げられた能面にまつわる話。ある日店に入ってきた能役者と思われる人間に、その能面が二十五両で売れた。しかし、金がないのでその男は手付けの三両を置いて店を出て行った。
暫くして若い武士が、同じ能面を売ってほしいといってきた。すでに先約があるとことわると武士は意外な話を始めた。あの能面は屋敷から紛失したもので、将軍家拝領の品であるという。
ぜひとも取り返したいので、金に糸目はつけないから、前の約束を破談にしてくれと頼んできた。店の主人は商売気を出して、武士に150両で売ることにしたが…
柳原堤の女
柳原堤にある清水山、といっても小さな岡みたいなもので、岡の下に小さな洞穴があり、そこから清水が湧いているだけのものだったが、ここには昔から怪異なことが起こるという言い伝えがあった。
柳原は有名な夜鷹(街娼)の集まる場所だったが、清水山付近には誰も近づかず、日が暮れると寂しい場所だった。そこに白い着物を着た女が現れるという噂がたった。何人か見たものもいた。
材木問屋の若い者が、出入りの若者を誘って一夜探検に行ったが、闇の中から大きな手のようなものが出てきて、ニ人は張り倒されてしまった。
その結果騒ぎが大きくなり、奉行所でもほっておけなくなり、柳原を縄張りとする半七が探索することになった。半七は子分を使って調べを始め、一人の大工に目をつけた。
むらさき鯉
江戸川が神田川に落ち込む船河原橋、下を流れる江戸川は御留川で殺生禁断、釣りをすることも禁じられていた。この江戸川に草履屋の主人藤吉の死体が浮いた。
藤吉の死体が見つかる前夜、藤吉の家では不思議なことがあった。藤吉は時々夜になると江戸川に禁を犯して鯉を釣りに行っていた。
その夜も釣り竿を持って、紙屋の為と一緒に鯉を釣りに行くと家を出た。その留守に,女が一人訪ねてきた。藤吉の妻お徳が応対に出ると、その女は鯉の化身だという。
藤吉は前夜も鯉を釣りに行って、釣れた鯉を盥に入れて台所の床下に隠していたが、その女のうす気味悪さにお徳は隠してきた鯉を差し出した。女は鯉をいとおしそうに抱きかかえ帰って行った。
暫くして藤吉が真っ青な顔をして帰ってきた。釣りをしていたところ、あやまって為が川に落ちたという。それを聞いて、お徳は留守中の不思議な出来事を聞かせ、夫婦揃って蒼くなった。藤吉はほうってもおかれないために、紙屋に為の死を知らせに行った。
ところが、今度は藤吉がいつまでたっても帰ってこない。心配になったお徳が紙屋を訪ねると、藤吉は来ていないばかりか、為はどこにも出かけずにとっくに寝ているという。
その翌朝、藤吉の水死体が江戸川で見つかったのだ。藤吉の死は殺生禁断の御留川で続けてきた鯉の祟りなのだろうか…
三つの声
芝、田町の鋳掛屋庄五郎は、平七、藤次郎の3人で川崎大師に参詣することにした。早起きしての日帰りで、高輪の大木戸で待ち合わせて3人揃って川崎に向かう予定で、庄五郎は女房のお国、小僧の次八に送られて家を出た。
まだ、夜明け前でお国と次八は庄五郎を送った後、再び寝床に入った。暫くして戸を叩く音がして、平七の声がした。お国が寝床の中から庄五郎はもう家を出たと告げると平七はいなくなった。
また少しすると戸が叩かれ、「平七はこなかったか」という庄五郎の声がした。このときは次八が目を覚まし平七はこなかったと、これも寝床の中から言うと、もう声はしなくなった。
さらに少しすると今度は藤次郎の声がした。さすがにお国も次八も起きだし、藤次郎の話を聞いた。大木戸でいくら待っても平七も庄五郎もこないという。
そんなはずはとお国も次八も不思議がったが、どうしようもない。その後平七は大木戸そばの茶店の裏手で居眠りをしていたことがわかたったが、庄五郎の行方はわからず、皆で心配していると夕方になって芝浦の海で庄五郎の水死体が発見された。
待ち合わせ場所に着いた庄五郎が顔でも洗おうと海への石段を降りたときに、足を滑らし死んだのだろうということになったが…
十五夜御用心
江戸の郊外だった押上村の無住の古寺に、住職と納所坊主が住み込んだ。とは言え、かなりの期間、無住だったために檀家もなく、住職達は托鉢をして暮らしていた。
その古寺の古井戸から4人の死骸が次々と見つかったのだから大事件になった。死骸は住職と納所坊主、ほかに虚無僧が2人。虚無僧は、つい最近押上村の周辺で目撃されていた。
いったい、この古寺には何があるのだろうか?そして4人の男は誰が、何のために殺したのだろうか?半七は子分の松吉とともに寺社奉行の依頼で押上村に出向いた。
金の蝋燭
その年の4月、両国橋は傷みが激しいために、修繕工事中で橋の南側に仮橋が架けられていた。夜になって、その仮橋の西よりから、川に飛び込んだ者がある。橋番が駆けつけたが、闇夜で何も見つからず、そのまま数日が過ぎた。
数日後、橋の上流で川の流れを堰きとめる工事をし、その影響で両国橋に下の川の流れが変わり、その結果女の水死体が見つかった。遺体の状況から数日前に飛び込んだ者と思われた。
その水死体は数本の蝋燭を抱えていた。しかもその蝋燭は金無垢に蝋を塗って蝋燭に見せかけた偽物、つまり女は金の延べ棒を抱えて川に飛び込んだのだ。
金の延べ棒ともなると、その出所が問題となるが、半七が調べていくと女が飛び込んでから毎日、橋の上から川を見ている男がいることがわかった。どうもこの男が死んだ女と金の延べ棒に関係しているらしい…
ズウフラ怪談
ズウフラとは辞典によれば…遠き人を呼ぶに、声を通わす器、蘭人の製と云う。銅製、形ラッパの如く、口に当てて呼ぶ。とあるから拡声器のようなものだろう。このズウフラにまつわる話。
駒込富士裏辺で闇夜に「おうい、おうい」と呼ぶ声がする。その声は物悲しく、この世のものとも思えないので、人々はその声を聞いた途端に逃げ出し、怪談のように語られた。
近くにある柔術と剣術の道場主岩下佐内がこの話を聞き、志願した弟子二人と共に正体を確かめに行った。ところが弟子二人と佐内は途中ではぐれ、佐内は何者かに切り殺されてしまった。
ついに声の幽霊は人殺しを行ったのだ。半七は、声の正体はズウフラだと当たりをつけて捜査を始めた。すると佐内についていった弟子二人の評判があまりよくないことがわかり…
大阪屋花鳥
浅草観音の開帳にやってきた日本橋北新堀の鉄物屋鍋久の母子連れ。混雑する境内ですりの被害にあいそうになったが、美しい娘が注意してくれたので、危ういところを助かった。
その娘は器量もよく、鍋久の母子は一目ぼれ。さっそく嫁にということで、話はとんとん拍子に進み、二月後に鍋久の若い当主久兵衛とお節が祝言を挙げた。
事件はさらにその二月後に起こった。深夜夫婦の寝所で騒ぎがあり、家人が駆けつけるとお節が髪振り乱して部屋を飛び出し、外に目の前を流れる川に身投げしてしまったが、夜のことで捜索は不調に終った。
一方で寝所の方では久兵衛が喉を剃刀で切られて死んでいた。早速調べが入り、お節が乱心し、久兵衛を剃刀で殺し、自分も身を投げたということになった。
この事件、半七が駆け出しの頃に起きた事件だが、その頃の岡っ引き吉五郎は、この解決には納得しなかった。独自に調べを始め、半七も見習い方々駆け回ったが、その後もお節の死体は見つからず、品川沖でお節の着ていた着物の袖の切れ端が見つかったのが唯一の手がかりだった。
正雪の絵馬
正雪の絵馬とは、由井正雪が和田の大宮八幡に奉納したとされる大きな絵馬で、徳川家から見れば謀反人のものであるにも関わらず、八幡宮の境内に吊るされていた。
絵馬を収集している油屋丸多の主人多左衛門は、マニア熱が嵩じて、仲間にこの正雪の絵馬を手に入れたといって実物を披露した。大宮八幡宮に吊るされているのは偽物で、偽作と本物をすりかえたのだと自慢。
ところが、これを種に強請をする人間が現れた。やはり絵馬好きの牧野万次郎、江戸城中お茶坊主の次男だった。金のやり取りが2回ほどあったあと、多左衛門は書置きを残し、絵馬を持って失踪してしまった。
丸多の番頭は、ことここに至って半七に全ての秘密を打ち明けて相談に来た。半七は多左衛門のところの絵馬の方が偽作で、多左衛門は誰かに騙されているのではないかと睨み調べを始めるが、多左衛門は四谷の大木戸近くの松の木に首をくくって死んでしまった。
さすがの半七も慌てるが、多左衛門の死骸を調べると、誰かに縊り殺されてから松の木に吊るされたらしいことがわかった。
大森の鶏
始まりは半七が川崎大師参詣の帰りに立ち寄った大森の茶店での出来事だった。同じく大師参詣の帰りの女が茶店に入ると、店の庭先にいた鶏が突然その女に襲い掛かった。店のものや半七達が鶏を抑えて、その場は収まったが、半七には何か曰くがありそうに思われた。
調べてみると女はかつて浅草で軍鶏屋をやっていたが、亭主が夜釣に行きそのまま水死したのを機に店をたたみ、今では品川で桂庵(口入屋)をやっているという。
しかもその桂庵の番頭が、あまり評判のよくない男で、ここ数日店に出ていないという。半七は亭主の死に疑問を抱き、さらに番頭の行方に興味を抱いた。
妖狐伝
東海道が走る鈴ヶ森は江戸時代には刑場があったところ。闇夜などは薄気味の悪い場所だったらしく、妖怪変化の怪談も多かった。その鈴ヶ森に悪い狐が出て、夜になって通行する人間を化かすという噂が広まった。
芝田町の小料理屋の息子は馴染みの女郎に声をかけられたうえ、どこかから現れた何者かに突き倒されたし、京から江戸に上っていた三人連れは飛んでくる火の玉に驚いて駆け出した。
こうなると管轄する郡代の方でもほっておけず、奉行所を通じて半七に探索の命が下った。さっそく半七は鈴ヶ森に出向くが…
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