半七捕物帳(三)
光文社文庫

岡本綺堂作の半七捕物帳の第二十八作「雪達磨」から第四十一作「一つ目小僧」を収録。「海坊主」「雷獣と蛇」「異人の首」「一つ目小僧」など怪奇色の強い作品が多い。
雪達磨
元旦から三日間降り続いた雪は、江戸を真っ白に染めた。街中ではいたるところに雪達磨が作られたが、さすがに日がたつにつれ一つ、また一つと解けていき、日陰に作られたものも徐々にやせ細っていった。
火除け地の旗本屋敷の塀の影に作られた大きな雪達磨も、そんな一つであったが、その達磨が解けると中から胡坐をかいた男の死骸が出てきた。
半七の調べで、男は上野国大田在の百姓で暮れから江戸に出てきていて、正月三日に雪の中を外出して以来行方がわからなかった。半七は男の滞在した部屋で、男が買い集めた無数の南京玉を見てあることに思い至った。
熊の死骸
正月の末近く青山から出火した火事は、折からの強風にあおられて、麻布、芝、三田、高輪と焼き尽くす大火になった。その火事のさなか、逃げ惑う人々の中に熊が暴れこんだ。
どこかに飼われていたものが、火事で逃げ出してきたものと見え、行く手を阻む人間がいると大きな手で張り倒した。今しも大店の娘と女中の二人連れが、熊に襲われそうになった時に助けたものがいた。
助けたのは湯屋で三助をしている勘蔵という若い男、助けられたのは生薬屋備前屋の娘お絹。ところが助けられたお絹は、その後もうわごとのように熊に襲われたときのことを口走ったりしていたが、ついに高輪の海で殺されているのが見つかった。
あま酒売
夕暮れ時から甘酒を売り歩く老婆がいた。その老婆と目が合ったり、老婆のそばにうっかり近寄ったりしたものは病気になって、軽いものは七日から十日布団の上を蛇のようにのたうちまわり、ひどいときには死んでしまう者もいた。
もっともしに至る者はまれで、大概は何事もなかったように元に戻るし、最初から発病しないものもあった。この噂が役人の耳に入ると、ほっても置けないので岡っ引きを総動員して原因究明にあたることになった。もちろん半七もその一人だったが…
張子の虎
品川宿伊勢屋の女郎お駒は、3年前に宿場であった捕物の手助けをし、お上から褒美に預かった。役人が下手人を追って品川宿に入ってきて、下手人が役人を短刀で刺そうとしたときに二階から草履を投げて下手人に目潰しを食らわせて、捕物を助けたのだ。
噂は広がり、おかげで伊勢屋は繁盛し、お駒も板頭(ナンバー1)か二枚目(ナンバー2)の格を保ちつづけた。そのお駒がある晩のこと寝床の中で絞め殺されていた。
一緒に部屋にいたのは呉服屋下総屋の番頭吉助。吉助は酒を飲みすぎ正体なく寝ていたが、夜中に目が覚めてみると隣のお駒が絞め殺されているのを見つけ、大声をあげたのだ。
吉助は番屋に連れて行かれたが、寝ていて何も知らないと供述。調べてみると吉助は真面目で、お駒を殺す理由もない。
半七は八丁堀の同心から頼まれて品川に向かうが、伊勢屋の面した品川の海に、お駒が大事にしていた、3年前の捕物の時に投げた草履が投げ捨ててあるのを見つけた。
海坊主
品川の海の潮干狩りは3月(旧暦)の江戸の風物であった。潮干狩りで賑わう浜に仙人のような風体の人物が現れ、人々の間を何するでもなくフラフラ歩き始めた。
最初は気味悪がった人々も、酒を与えれば飲むし、食べ物を与えれば無言で食べるその男を、半ばからかいの気持ちで相手をしていた。
その異様な風体の男が突然「疾風がくる」とものに憑かれたように喚きだした。今度は人々は気味悪がり、男を小突き始めたが、その時に突然疾風が起き人々は逃げ惑った。
男はその間にいなくなったが、ほかにもいなくなった人間がいた、潮干狩りにきていた男5人女1人の一行のうち男3人女1人の行方がわからなくなったのだ。
旅絵師
隠密間宮鉄次郎の話を半七老人がわたしに聞かせてくれた…
鉄次郎は密命を帯びて奥州のさる小藩の内実を探りに行った。この藩では世継ぎの嫡男が死亡し、幕府に次男を世継ぎに直す旨届けをした。
幕府でも却下する理由はないので、願いどおり次男が世継ぎになったが、その二ヵ月後に当主が死亡した。更には重臣が一人その直後に死亡していた。
世継ぎと当主が立て続けに死亡し、更に重臣の死は禁止されている殉死かもしれない。幕府は隠密を派遣した。
この隠密鉄次郎が、栗橋の渡しでこの藩の商人の娘を助けたことから、それが縁で商人宅に逗留することになった。鉄次郎は暫く逗留しながら様子を探ることにしたが、そのうちに商人からとんでもないことを頼まれた…
雷獣と蛇
雷獣と蛇にまつわる話二題…
雷と一緒に落ちてくると言い伝えられる雷獣。その雷獣を見たという女が現れた。その女は浅草の米屋尾張屋の下女おかん。雷が尾張屋の蔵の前に落ち、その落雷で尾張屋の娘お朝が死に、そばにいた尾張屋の遠縁の重吉が気を失った。
おかんは落雷の音に驚いて蔵の前にいったが、そこで雷獣を見たのだという。さらに、次の雷雨があった日に、今度は重吉が死んでしまった。いったい雷獣は本当にいるのだろうか…というのが雷獣の話。
蛇の話は、新宿のある旗本の空屋敷の前に、ある日蛇が何十匹ととぐろを巻いて、うずたかくなっていた。野次馬は多く集まったがただ遠巻きに見ているばかり。
すると十五六の若い娘がどこからか現れて、その蛇の山の中に手を突っ込んで、中から数本の黒髪を取り出すと、唖然とする人々を尻目にどこかへ行ってしまった。
その翌々日、蛇に手を突っ込んだその娘が刃物で胸と脇腹を刺された死体となって発見された・・・
半七先生
半七老人の家に「報恩額」と書かれた書が飾ってあるが、それの由来は…
明神下に住む半七の妹お粂のところに常磐津の稽古に来る、生薬屋甲州屋の娘お直が行方不明になった。お直は雷師匠と呼ばれる手習いの師匠のところで、七夕の短冊の清書の出来が悪くえらく叱られた。
泣き出したお直を朋友の隣町の瀬戸物屋倉田屋の娘のお力が一緒に、送って帰ることになったが、帰る途中でいきなり駆け出して横町に入ったお直が、そのまま行方不明になったのだという。
甲州屋では心配して心当たりを捜したがどこにもおらず、それを知ったお粂が半七に相談に来たというわけだ。半七が早速調べに乗り出すと、お直の兄藤太郎とお力の姉お紋が、その昔親同士で結婚の約束をしていたことがわかった。
冬の金魚
名を知られた俳句の宗匠松下庵其月が神田お玉ヶ池の風雅な庵で死んでいた。犯人は部屋の机に向かっていた其月の背後から忍び寄り、喉や首を切ったらしく部屋の中は一面血にまみれていた。さらに庭にある二十坪ほどの池に、女中のお葉が沈められて死んでいた。
其月は数日前に惣八という道具屋から冬の金魚としてお湯の中で泳ぐ金魚を買った。其月が金魚を買ったのは、自分で楽しむためではなく知り合いに高値で売って鞘を稼ぐためであった。
ところが、その金魚がすぐに死んで其月のところに苦情がきた。其月は、それをそのまま惣八に伝え苦情を言った。このトラブルがなにか事件に関係あるのかもしれないと半七は考えたが…
松茸
神田の大商人加賀屋の嫁お元は、熊谷の在の豪農の生まれで、持参金千両と共に加賀屋に嫁に来た。これには、いろいろ事情があったのであるが、お元は評判もよく夫婦仲も睦まじく、姑との折り合いもよかった。
このお元についてきたお鉄という女中がいた。このお鉄も田舎ものらしくなく、加賀屋の一同からの評判がよかった。
お元とお鉄が加賀屋に来て3年目のこと、深川八幡の祭礼に行ったお元とお鉄だったが、加賀屋に帰って来てからお鉄の顔色がすぐれず食も進まなかった。
姑が心配してお元に聞いても、大丈夫というばかり、お鉄に聞いても深川では何もなかったと言う。そんなある日半七が、夜の両国橋を渡っていると思いつめたような女が橋中に立っていた。
半七は身投げをするのではないかと心配し、その女をひとまず番屋に連れて行った。女は加賀屋の女中お鉄と名乗ったきり、なだめても問い詰めても何も言わなかった。いったい加賀屋のお元とお鉄には何が起きたのだろうか…
人形使い
若竹紋作と吉田冠蔵は、仲のよい人形使いだったが、信州に旅興行に出たときにふとしたことから不仲になった。それは、旅先で深夜に目を覚ました紋作が、人形同士が争っているのを見、驚いたはずみに冠蔵の人形を傷つけてしまったからだった。
紋作は見たままを述べたのだが、冠蔵は寝ぼけただけだと相手にせず、わざと人形に傷をつけたと詰ったのだ。一座のものが宥めて、二人は何とか興行を続け江戸に帰ったが、二人の仲は相変わらず険悪だった。
見るに見かねた兄弟子の紋七が間に入り、小料理屋に二人を誘い手打ちにしたが、その席で再び喧嘩が再発した。なんとか二人を宥めて、二人は連れ立って外に出たが、暫くして二人の死体が発見された、二人とも刃物で刺されていたが、凶器は現場になかった。二人は誰に何の理由で刺し殺されたのだろうか。
少年少女の死
少女と少年の二つの死からなる物語。
少女の死は、貸席で行われた踊りの総浚いでのこと。その楽屋から九つになる女の子が姿を消した。出番の直前に衣装を着けたまま忽然と消えたのだ。そして、その少女は縁の下から無残な死体となって発見された。いたいけな少女に誰がこんな惨いことを…
少年の死は、裏長屋の住む大工の六つの息子が、夕方から突然苦しみだして、あっという間もなく死んでしまった。帰ってきた子煩悩の大工は、妻を責め立て、妻はいたたまれなくなって裸足で飛び出し、そのまま入水自殺してしまった。その後わかったことだが、数日前に近所の紙屑屋の子供も同じような症状で急死していることがわかった…
異人の首
神田末広町の質屋丸井に。二人組の押借りが現れた。攘夷のためだといい、持っていた風呂敷包み開けると、その中から現れたのは異人の首だった。
この首を質入するから金を貸せと言い、150両の金を持っていった。一種の恐喝で、金はもちろん返さない。このことが半七の耳に入り、半七が調べると昨夜は深川の近江屋にも同じ二人と思われる人間が同じことを言って金を奪っていっていた。
八丁堀でも市中を騒がす不埒なやつと、半七に正式に捜査の命が下り、半七は開港地であった横浜に向かった。
一つ目小僧
ある日のこと、小鳥を商っている野島屋に鶉を欲しいと侍が草履取りを伴ってやってきた。野島屋の主人は自慢の鶉を見せて商談が成立、鶉を指定された屋敷に届けることになった。
夜になって草履取りが迎えに来たので、連れ添って大木戸外新屋敷(現在の千駄ヶ谷)に向かうと、案内されたのはみすぼらしい屋敷。
かび臭い部屋の通され待っていると、一つ目小僧が現れた。びっくりして震えていると、屋敷の用人が現れ、野島屋は早々に鶉を持って逃げ帰った。
店に戻って見るとその鶉は偽者であることがわかった。これは、新手の詐欺であると気づいた野島屋の主人は、奉行所に一件を訴えでた。

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