明治開化 安吾捕物帖

警視庁の紳士探偵結城新十郎と剣術使い泉山虎之助、戯作者花廻家因果が活躍するのがこのシリーズで、事件が起き虎之助が勝海舟のところに相談に行き、海舟が謎解きをするのだが七分どおり失敗、その後新十郎が事件を解き明かし海舟が負け惜しみを言う、というのがパターン。ただし後半の作品には海舟や虎之助、因果は登場しない作品も多い。
ちくま文庫からも出版されているようだが、テキストは冬樹社版、定本坂口安吾全集第11巻によった。

舞踏会殺人事件
政商加納五兵衛の屋敷で開かれた仮装舞踏会の席上で、五兵衛が何者かに殺害された。五兵衛は舞踏会の直前まで烏森の料亭にいて、そこから駆けつけて来て、慌しく仮装をして舞踏会の会場に現れた。
五兵衛が扮したのは籠掻き、いわゆる雲助で下帯だけのスタイルで、相棒は警視総監速水星玄。2人で揃って籠を担いだのはいいが、すぐに五兵衛がバランスを崩して倒れたという。
虚無僧に扮した男が駆けつけて五兵衛を助け起したが、その脇腹には手裏剣として使う小柄が深々と刺さっていた。総理大臣も出席するほどの舞踏会で、出席者はそれなりの身分の人物ばかり。そんな中で五兵衛は手裏剣で殺されたのだった。

密室大犯罪
人形町の小間物屋川木の主人藤兵衛が、内側から掛け金のかかった土蔵の中で殺された。藤兵衛は、普段はほとんど土蔵の中で生活しており、深夜12時に女中が夜食を持ってくるのが常であり、その夜も同じであった。
しかし女中が扉の外から呼びかけても返事はなく、扉にも掛け金が掛ってあるようで開かず、仕方なく夜食を扉の外において下がった。
翌朝になっても夜食はそのままで、扉も開かなかったので、家人が扉を破って入ってみると藤兵衛が死体となっていたという次第。
掛け金自体はごく簡単なもので、扉には隙間もあるから外から開けられないではないが、問題は誰がそれをやったかだ。妾のお槇は密通がばれて三行半を突き付けられ、お槇の密通相手は藤兵衛の甥の芳男。
また藤兵衛が夕方土蔵に呼んだ者があり、その人物はこの春まで番頭を務めて藤兵衛に追い出された加助、さらに今の番頭の修作も悪事にかけては相当なものらしい、と容疑者にはことかかなかった。

魔教の怪
天王教会は別名カケコミ教ともいわれ、怪しげな教義で信者を増やしていた。儀式の中にはヤミヨセという不信心な信徒に対して、オオカミが喉笛に飛びつき食い殺すさまを演じるという強迫的なものもあった。
信者は狂信的であり、金や物をすべて教会に寄付し、その多寡で序列が決まり、寄付が少ないと邪険にされるというすさまじさだった。
その信者が、夜道で立て続けに殺されているのが見つかった。それも喉笛を噛み切られ、腹を裂かれて内臓をかき回され、肝臓を奪われるという、それこそオオカミに襲われたような無残な死体であった。

ああ無情
上野の広小路の辻で客待ちをしていた人力車夫の捨吉は、八の字髭の青年紳士から、本郷真砂町の中橋の別邸に行って荷物を受け取り、その荷物を日本橋浜町の中橋の本宅へ届けろといわれる。
荷物は大きな行李で、手間賃は中橋の別邸の門番が2円くれるという。車を引いて中橋の別邸に行くと、不機嫌な門番の爺さんが行李と2円を渡してくれた。
その行李を車に積んで浜町に向かいかけた捨吉だったが、途中で悪心を起こし行李を横領してしまう。貧民窟の長屋にかえって行李を開けてみると、そこから出てきたのは女の死体。
びっくりした捨吉は、一晩まんじりともせずに過ごして、翌日になり行李を死体ごと捨てに行こうとしてうろうろしている所を巡査につかまった。
不良車夫の捨吉の言うことなど最初は信じてはもらえなかったが、中橋の別邸の件は本当だったし、さらに死体が中橋の妾のヒサとわかり、中橋の当主英太郎も行方不明とわかると、俄然大事件の様相を帯びてきた。

万引一家
資産家の浅虫家のスギ子未亡人と長女のキク子には、俗に言う万引の病癖があった。2人とも金に困っているわけではなく、店の方でも心得たもので、万引の品を合わせて月末に請求を出せば、その分も含めて払ってくれるので、実質的には誰も困っていなかった。
その浅虫家には未亡人親子の万引癖のほか、らい病の家系であるという大きな秘密があった。スギ子の夫であった浅虫権六はらい病を苦にして、額の皮をはぎ腹を真一文字に切って発狂して自害したのだが、そのことは秘密にされた。
権六の死は、主治医の花田と奉公人の野草の2人が、病死ということにして世間体を欺いたのだった。だが、その直後からどうも2人による恐喝がはじまったらしい。スギ子未亡人は2人に対して、いくらかの金を毎月払っていたようだ。
そして花田と野草が2人でやって来たある日、2人は高台にある浅虫家の敷地から崖下に転がり落ちて、死んでしまった。2人はその直前に、何かで言い争っていたようであったが、喧嘩両成敗ということで事件に派ならなった。だが本当は…

血を見る真珠
ある年、南洋に真珠の密猟に行った一行。船長の畑中、安房の漁師で潜水に長けた清松夫婦と八十吉夫婦、そして欲得を見込んで乗った船員たち。
小さな争いはあったが真珠の採集は順調に進み、かなりの収穫があり、全員への分け前も充分だった。中でも目玉は大粒の白い真珠と、それよりは小粒ながら珍しい黒真珠。
その2つの逸品のほか、1つあれば食うに困らないほどの真珠がごろごろとして、それらは船長室の金庫の中に厳重に保管されていた。
食料も燃料も乏しくなり、真珠の収穫も充分あったので、いよいよ帰国という日の前夜のこと。前祝いということで酒がふるまわれたが、その深夜、船長が船長室で銛を胸に刺されて殺されていた。
さらに金庫が開かれた、目玉の2つの真珠がなくなっていた。さらに漁師の八十吉は行方不明。結局、八十吉は海に落ちたらしく見つからず、真珠も船内をくまなく捜索したが出てこなかった。
それでも一同は日本に戻り、互いに秘密を守って生活していた。そして3年が経ち、船員のひとりで畑中亡き後船長代理を務めた大和から、関係者に事件の犯人捜しをやるとの案内状が届いた…

石の下
江戸名題の素人碁打ち、賭け碁ともなれば誰にも負けないという甚八という男。一方、川越在の千頭津右衛門といえば全国的に名の知れた碁の打ち手。この2人が津右衛門の川越の屋敷で、碁の手合せ。
甚八は田舎の打ち手と馬鹿にしていたが、打ち始めてみると津右衛門の強いのなんの。たちまちの3連敗、頭が厚くなってたところに津右衛門の妻千代が来てお茶を出し、さらに夜食のうどんを出した。
甚八の方は考え込んでいるから、そんな様子が目に入らない。と、突然津右衛門が苦しみだして胸をかきむしり、指で一点を指したまま息絶えてしまった。
病死か毒殺かという場面ではあったが、千代と甚八2人がいたことから津右衛門は病死とされた。それから20年、江戸で立派な棟梁となっていた甚八のところに、津右衛門の21周忌法要の案内が届く。
聞けば21周忌の法要は、津右衛門の死んだ時にいた全員が集まることになったという。甚八が川越に行ってみると、津右衛門の屋敷は怪しき宗教の一団に乗っ取られたようになっていた。
彼ら曰く、21周忌の法要の席は20年前の津右衛門死去の場を忠実に再現する、さすれば津右衛門の霊魂が必ず現れると…

時計館の秘密
生まれつき気が弱く、大そう間の悪い旗本梶原正二郎は、旗本仲間に誘われて上野の山で官軍に敵対して敗れ、仲間とともに塩釜まで逃げた。
塩釜でようやく仲間から抜け出して、その地で結婚したものの、嫁も舅も姑も意地が悪く、まるで使用人のように扱われた。みるに見かねて助けてくれる人があり、その人の援助で回船を始めた。
旗本としてはまったく役立たずの正二郎であったが、商才はあったらしくたちまち財を成して、東京に時計館と呼ばれる西洋屋敷を建てた。
ところが塩釜で食い詰めた嫁と姑が押しかけてきて、強引に住みはじめた。正二郎が頭を抱えていると知恵を授けてくれる人があって…

覆面屋敷
八ヶ岳山麓の名門多久家の老当主駒守には、稲守、水彦、土彦の3人の息子がいた。しかし、長子の稲守が死んでしまい、水彦と土彦はすでに分家しているので、跡取りがなくなってしまった。
水彦の長子木々彦を養子にするのかと思いきや、駒守はそれをせず、やがて土彦に子供が生まれると、その子を養子にして風守と名付けた。
ところが風守は、成長すると人デンカンという病気であることがわかり、まともに人と対面することができない。人前に出る時には顔を黒い覆面で覆って出た。
そして邸内の別館の奥深くの座敷で暮らし、英信という遊び相手と駒守以外は、誰一人出入りを許されなかった。人々は座敷牢に閉じ込められていると噂した。
ある夜、木々彦がコクリサマをやると、「けふしぬ」との託宣が出る。その直後、別館から出火して全焼してしまう。その焼け跡からは駒守と風守の焼死体が見つかった。そして木々彦は行方不明になってしまった…

冷笑鬼
水野左近は、維新までは大身の旗本であったが、今は高田馬場の一角、武蔵野の自然の中で隠棲している。左近は吝嗇で冷酷、守銭奴であった。
その左近が遺産分けをするといって、子供たちを集めた。とうの昔に勘当して、今は幇間をしている先妻の産んだ長男の志道軒ムラクモとムラクモの息子の久吉。ムラクモが女中の清に産ませ、清の子として育てられた左近の孫にあたる板前の常友。
今の左近の妻ミネが産んだ正司と幸吉。正司は子供の頃に菓子屋に奉公に出され、今ではしがない菓子職人、幸吉の方は月村という元旗本の養子となり、銀行に勤めたが公金を横領して馘になり、出前持ちをやって暮らしていた。
これら子供たちを集めた左近は、遺産分けとして子供たちが互いにいがみ合い憎み合うような、とんでもないことを言い渡した…

稲妻は見たり
大雷雨の夜、母里家に残っていたのは当主大学の長男由也のほかは、馬丁当吉と妻のラク、女中の三枝子とオソノの5人だけであった。
もっとも由也は両親のいないのを幸いに、遊びに出て連日夜遅くならないと帰ってこないから、雷雨のときに邸にいたのは雇い人の4人であった。
その4人のうち三枝子を除く3人が大の雷嫌い。雷が鳴り出すと、母屋の女中部屋に集まって蚊帳を吊り、3人で布団をかぶって震えていた。雷雨の最中に玄関で音がした。どうやら由也が帰ってきたらしい。
唯一世話ができる三枝子が手蜀を持って出て行った。その夜の雷雨はかなり長く、雷が遠ざかったのは真夜中であった。翌朝、まず床の間に飾ってあった家宝の壺と柿右衛門の皿が割れているのが見つかった。
さらに三枝子の行方がわからなかった。そういえば三枝子は昨夜由也を迎えに出てから姿を見ていない。その由也は泥酔して玄関で汚物にまみれているのが見つかり、介抱して聞いてみると三枝子のことは何も知らないという。
布団をかぶっていた3人が昨夜のことを思い出すと、深夜に井戸でドボンと大きな音がしたといい、その音は母里家の裏の家の学生も聞いたという。皆の頭には、すぐさま皿屋敷のことが浮かんだ。
三枝子が家宝の皿を割り、それを苦にして井戸に身を投げた…と思われたが、井戸屋や巡査を呼んで調べてみても井戸からは何も出てこなかった。

愚妖
国府津から箱根に向かう鉄道線路で、小田原の遊女屋ガマ六の轢死体が見つかった。轢かれたのは日が暮れた直後らしいが、ガマ六はその前日に箱根にある自らが経営する旅館の様子を見に、ふらりと家を出ていた。
その途中で酒に酔って線路に寝込んだと考えられたが、地元の菅谷巡査は、ガマ六の所持品が何もないことや、死体が着流しにワラジばきだったことから、事故とは納得できず、誰かに殺されたのでは、と疑う。
その数日後、今度はガマ六の遊女屋の向かいで銭湯をやっている花房が、山中で牛の角に突かれて死んでいた。牛は炭焼きのナガレ目のもので、ナガレ目が木を切っている間に近くに広場に繋いでいたのだった。
ナガレ目によれば山中に迷い込んだらしい花房に驚いて暴れ、突き殺したのだろうという。牛が暴れるに気づいた時には、すでに花房は死体となり、牛は自分の小屋に向けて猛然と逃げ出したとも証言した。
だが菅谷巡査は、ナガレ目の証言にも疑いを持ち、花房は何者かに殺されたのではと考えた…

幻の塔
七宝寺は芝にあったが、そこの住職三休とその息子の五忘は、ばくちは打つは仏像を作っては由緒あるものに仕立てて金を巻き上げるは、というとんだ生臭。
三休たちは偽の仏像作りの生産性を上げるために、彫物に腕のある蓑作りのベク助を雇った。こんな寺に雇われるのだからベク助も喰わせ者で、人殺しと脱獄の凶状持ち。
その秘密を知った五忘はベク助に、近所の島田道場に大工として雇われろと持ちかける。この島田道場というのも怪しい道場で、道場主の幾之進は中国の馬賊の頭領とも、海賊の親玉ともいわれる人物。
島田道場では幾之進の息子が結婚することとなって、敷地に家を新築するらしい。その新築の家に秘密の抜け穴を作ってくれ…というのが五忘の頼みであった。
弱みを握られたベク助は、興味も手伝って島田道場に大工として雇われ、まんまと抜け穴を作るのだが…

ロッテナム美人術
南国の大藩の嫡流大伴宗久が、親類や著名な医師、貴族たちによって精神病と判断されて隔離された。宗久は突然発作のように人間は三位一体と叫び、刀を振り回し人々を追いかけた。
妹の克子が呼ばれ、克子が枕元に来ると最初は穏やかだったが、そのうちに誰が誰かわからなくなるようだった。そして、ついに医師による精神鑑定を受けることになった。
その席で妻のシノブとその侍女キミ子、カヨ子が順番に現れると、各々については判別できるのだが、すべて同一人であると叫ぶ。そして最後に3人が一緒に現れると目を向いて卒倒してしまった。
ここに至って宗久の隔離が決定したのだった。その鑑定の席には克子も立ち会っていたが、3人から同じ香水の匂いがしたことが不思議であった。
その香水とはロッテナム夫人の美人術館で販売された高価なもので、とても侍女が買ってつけられるようなものではなかった。
しかもロッテナム夫人の美人術は開店当時は上流夫人が大ぜい押しかけたが、ものの1か月で悪評が立ち、ロッテナム夫人は夜逃げ同然で日本から逃げ出したのだった。そのロッテナム夫人の香水を今どきつけているなんて、なぜなのだろう…

赤罠
木場の大旦那山キの主人不破喜兵衛は、還暦を機に市川の別荘で生前葬を行った。釘を浅く打ったすぐに外れる蓋をした棺桶に入り、出入りの火消人足が作った荼毘所に棺桶を安置し、火消人足が棺桶を取り巻いて木遣りで喜兵衛を送る。
荼毘所は神社のように造られていて、その扉に鍵をかけ、床下に積み上げられた薪に火がかけられた。すると扉を開けて中から赤いちゃんちゃんこを来た喜兵衛が現れるという趣向。そのために荼毘所の扉は中からなら簡単に開くように造られていた。
が、火がついても中からは一向に喜兵衛は現れず、見かねた導師と火消人足の頭コマ五郎が扉を蹴破ったが、中からは煙が出るばかり。荼毘所は燃え尽きて中から焼死体が出てきた。
事故とも考えられたが、簡単に開くはずの荼毘所の扉が、蹴破らなければならないほどだったことから、コマ五郎が喜兵衛が中から出られないように扉に細工したとして捕まった。

家族は六人・目が一ツ半
按摩の師匠とその弟子3人の一家。師匠が銀一、その妻がオカネといい2人は子がなかったので銀一の姪の志乃を養女に取った。銀一は全盲の按摩。オカネは片目が全く見えず、もう片方は見えるもののかなりボケている。志乃も片目はダメだが、もう片方ははっきり見える。
3人の弟子は上から角平、弁内、稲吉の3人でいずれも全盲、そのうち稲吉はまだ見習いであった。6人のうち全盲4人、片目が2人だがオカネの見えるほうの目は、かなりボケているので、家族は6人だが見える目は1ツ半というわけ。
さて銀一、オカネというのがかなりの吝嗇で、とくに按摩の株はオカネが持っていたので、家の実権はオカネが持っていた。このオカネは相当に小金を溜め込んでいるらしい。
ある夜のこと、銀一はお得意のところから妾宅へ、角平は近所の医者で按摩をした後おでんやへ、弁内は旅館に呼ばれ2人の泊り客を揉み、稲吉は流しで歩いて女郎屋で客にありつき、志乃は商家の旦那の宅で形ばかりの按摩の後は2人で差し向かい、家にいたのはオカネだけだが酒を飲んで早々に寝床に入った。
それぞれ仕事が終わって順に帰ってきて、最後が志乃。戸締りをして部屋に上がるとオカネが殺されて畳がはがされ、空になった壷が転がっていた。
すでに死体は冷たくなっていて、皆が仕事で外に出ている間にオカネは何者かに殺され、壷に溜めていた金を盗まれたらしい…

狼大明神
蛭川家の庭の隅に祭られたお稲荷様の祠の中に、「蛭川真弓 享年48歳」と書かれた紙片が置かれていた。このお稲荷様は蛭川家が埼玉の児玉郡から出てきて、この地で商売を始めたときから祭られていて、真弓の亡き妻が日夜拝んでいた。
その母は亡くなるときに、お稲荷様への朝夕の日参を遺言したが、真弓をはじめ長男の久雄はまったく敬わず、長女の由利子が時々お参りするだけであった。その不吉な紙片も、由利子がお参りしたときに祠の扉が開いており、中を覗いて見つけたものだった。
蛭川家が児玉郡にあったころ、当主の真弓は地元の狼稲荷の系図を誤って焼失してしまい、天狗の化身といわれ狼稲荷の怒りを買った。
そのために地元にいずらくなって東京に出てきたのだが、真弓は東京で商売に成功し大きな身代を築いた。真弓の妻は狼稲荷の崇りを恐れて、敷地の中にお稲荷様を設けて日夜祈っていたというわけだ。
そのお稲荷様に置かれた不吉な紙片…だが真弓は信じようともしなかった。そしてある朝、布団の中で血まみれになって殺されていた。まさに狼稲荷が祟ったように…

踊る時計
寝たきりの病人時信全作は、その実皆に嫌われていた。ケチであったからだ。しかし資産家であるために、いやいやながらその世話を焼いたり、同居したりしていた。
全作の世話は主に弟の大伍と看護婦の木口成子が交代で面倒を見ていた。昼が大伍、夜が成子というのが、だいたいの分担であった。
全作は骨董品収集の趣味があり、自宅の2回に収集品陳列室を作り、そこにベッドを持ち込んで、集めた品物を一日中眺めながら寝ていた。陳列室には常に鍵が掛かり、その鍵は大伍と成子が持っていた。
全作は用事があるときはオルゴールを鳴らし、そのオルゴールを聞くと大伍か成子が鍵を開けて陳列室に入り、全作の用事を聞いた。
さて全作が殺された日は朝から出入りが頻繁だった。行商人の伊助なる男がやってくることになっていて、大伍の案内で陳列室に入り30分ほど全作と伊助の2人きりで話し、帰って行った。
全作の姉でオトメという新興宗教に凝った女が訪ねてきて、全作は死神に憑かれているといって騒いで帰って行った。その後、オルゴールが鳴ったが成子の鍵が見当たらず、誰も入ることはできなかった。
オルゴールは鳴り終わったが、その後催促もなかったので、結局用事は大したことはなかったものと判断され、ほっておかれた。しばらくして大伍が様子を見に入って行ったが、全作は寝ているようであった。
そして翌日、あまりにも全作が静かなので皆が中に入ってみると、刺殺された全作の死体がベッドに横たわっていた。大伍が最後に様子を見てからあと、何者かに殺されたらしい。その人物は成子の鍵を奪ったものと考えられた。

乞食男爵
呉服問屋チヂミ屋の若主人久五郎は、不良外人に騙されて生糸をだまし取られたうえ、損害賠償の訴えを起こされて破産してしまう。
すると久五郎の妻で小沼男爵家から嫁にいていた政子とその父親の男爵、政子の兄の周信の3人が乗り込んできて政子を離縁させ、慰謝料として金目の物をすべて持ち去ってしまう。
腑抜けのようになった久五郎はなされるがままで、久五郎の妹小花もさすがにもどかしがって兄を責めた。店も担保に入っていたから店にもおられず、久五郎と小花の2人は、唯一担保に入っていなかった芝の寮に移る。
そのときに女中のハマ子が唯一人、無給でいいからと付いてきた。どうもハマ子は久五郎が好きであったようで、そこは以心伝心で久五郎もまんざらではなく夫婦として暮らし始めた。
これがまた小花にとっては面白くなく、再び男爵一家が金目の物を奪いに乗り込んできたときに、あきれ返って小花は家出してしまった。
それ以来久五郎とハマ子は世捨て人のようにして暮らしていたが、ある日のこと周信が一人で乗り込んできて、まだ金目の物を隠しているはずだと因縁をつけ、明日家捜しするといって帰っていく。
だが、それ以来周信は失踪してしまった。やがて小沼男爵家から周信捜索の依頼が警察に出た。調べていくと周信はあちこちで相当あくどい事をやっており、名門羽黒公爵家の元子夫人をも脅迫していた。
さっそく羽黒公爵家の元子夫人に事情を聴きに行くと、なんと小花が羽黒公爵家の女中として住み込んでいた…

トンビ男
楠巡査は隅田川の土手で、油紙に包まれたバラバラ死体の一部を発見する。それは男の左足の太モモと右足の足首であった。その2人日後に、やはり隅田川の土手で今度は左の腕と右の手のひらが同じく楠巡査によって発見された。
さらに日をあけて、顔と左の足首以下の部分、胴体と相次いで見つかったが、顔は鼻と耳が削がれたうえ両目がくりぬかれ、そのために人相がわからず、腹の中から見つかった未消化の筍と鶏肉が唯一の手がかりだった。
というのは時期は2月、筍は季節はずれで流通していない。その流通していないはずの筍から被害者を特定することになった。行きがかり上、楠巡査が捜査にあたり、魚銀という仕出し屋が筍料理を才川という高利貸しに届けたと証言した。
聞けば、才川では毎年1月31日に当主平作の亡妻の法事に、亡妻が好きだった筍料理を食べるのだという。楠巡査はさっそく才川にあたりをつけて聞き込みを開始した。
すると才川には毎年の法事の時に、トンビを着た謎の男がやってきて離れに案内され、仏に供えられて下げられた筍料理をぼそぼそと一人で食べて帰っていくことがわかった。


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