顎十郎捕物帳
朝日文芸文庫

古袷、冷飯草履にはげちょろの大小というかまわぬなりに、長い顔、その顔の下半分が顎という特異な容貌の男の名は仙波阿古十郎。
その容貌からついたあだ名が顎十郎、その顎十郎が江戸やその近辺におきる不可思議難解な事件を解き明かす名作短篇集。

捨公方
船橋街道の八幡の不知森で、白く長い顎鬚を生やした僧に話しかけられた顎十郎。その話によれば将軍世子の家定公は実は双子だという。
双子は乱の基というので、生まれるとすぐに一人はとりあげ婆のお沢に賜り、寺に預けたがその子が僧になるのを嫌って出奔して行方知れずになっているという。
この秘密を嗅ぎ出した水野越前守が将軍家慶に迫り大老職を手に入れた。出奔した男を探し出して仏門にいれ、水野の手が届かないようにしてほしいと僧は顎十郎に頼んできた。
その男がどこにいるかは三つの漢字を探し当てればわかるはずと言われ、僧はまもなく息を引き取った。三つの漢字は五、大、鹿とわかったが…

稲荷の使
顎十郎が居候する叔父森川庄兵衛の宅。庄兵衛が丹精こめて育てている自慢の万年青が枯れ始めた。ちょうど枯れ始めた頃に庄兵衛が預かっていた、印籠が紛失した。
この印籠は江戸市中を騒がした連続殺人事件の犯人が落とした証拠品で、中には殺人に使われたと同じ鳳凰角という毒薬が入っていた。庄兵衛は大事な証拠品は紛失するは万年青は枯れるはで意気消沈。見かねた顎十郎が乗り出してきた。

都鳥
江戸市中の大名家の馬の尻尾が軒並み切られるという椿事が発生した。さらに、呉服屋長崎屋が商う支那渡りの呉絽という珍しい布地の帯に都鳥の模様が隠されるように織り込まれていた。そして比丘尼の死骸が鎌倉河岸に浮いていた。
馬の尻尾が軒並み切られたのはなぜか?帯に織り込まれた都鳥は支那にはいないはずなのに、織り込まれていたのはなぜか?比丘尼の死骸は水を飲んでおらず、本当の比丘尼でもないようだった。
馬の尻尾、帯の都鳥、比丘尼の死はどう結びつくのだろうか?

遠島船
江戸から伊豆七島へ向かったはずの遠島船が相模灘で無人で見つかった。船内には飯がたかれ、沢庵が糠から半分出され、船頭の食事は食いかけ、役人の手紙は書きかけでついさっきまで船内に人がいたようだった。しかし乗り組みの囚人7人、役人5人、乗組員11人の合計23人は船内をくまなく探してもどこにもいなかった。
他の船に乗り移るのも理由がないばかりか遠島船を見つけた鰹船も遠島船の周りには不審な船は見なかったと証言したし、船から飛び込むのも論外だ。
船の中から乗っていた全員が忽然と消失するという、江戸版マリーセレスト号事件に顎十郎が挑む。

鎌いたち
江戸の市中に不思議な事件が起きた。1日ずつあいだをおいて、続けざまに5人まで、のぶかく喉を斬られて街中に倒れていたのだ。その傷はきわめて異様で、左耳の後ろから喉仏のほうへ三日月形に弧を描いてはねあげられていた。一息に頸動脈を斬られ、被害者達はあっと思う間もない即死だったろう。
見事な鎌形の傷があることと、所持品は何一つなくなっていないことから、人々は鎌いたちの仕業と噂をしていたが…

ねずみ
伝馬町の堺屋で虎列刺(コロリ=コレラ)が出た。死んだのは主人嘉兵衛と一番番頭の鶴吉、それに姉娘の三人。南町奉行所では検死をして症状から虎列刺と判断して引き上げた。これが晦日のこと。
翌月から月番となった北町奉行所で詳しく調べたところ、おかしな点がいくつか出てきた。死んだ三人と一緒に食事をした他の三人、二番番頭の忠助、忠助の弟、それに妹娘はケロッとしている。
忠助は妹娘と出来ていて、そのことを主人嘉兵衛に厳しくとがめられていたし、鶴吉と姉娘を亡き者にすれば店の身代は自分が継げるという動機もある。北町では忠助を責めると、毒をもったと白状した。
これには、南町も慌てた。吟味をひっくり返され恥をかかされたと意気消沈。ところがこの結末に不審を抱くものが二人だた。北町奉行所例繰方仙波阿古十郎と南町の並同心藤波友衛。はたして結末は…
顎十郎の好敵手藤波友衛が初登場する顎十郎の安楽椅子探偵談。

氷献上
加賀百万石前田家の氷献上は江戸の年中行事の一つ。冬の間に広大な屋敷内に囲った雪を将軍家へ献上し、そのお余りを町人に分けてくれる。今年もまた献上の氷が定刻に前田家を出て、一ツ橋御門にかかった時、脇から頬を覆った浪人態の男が献上氷を積んだ篭に体当たりして、篭がはずみでひっくり返った。
篭を担ぐ陸尺が氷の入った桐箱を奪って逃げる浪人態を指して大騒ぎ、添役人が慌てて追ったが見失った。ところが、この桐の箱が裏長屋の浪人のところに現れた。
浪人は桐の箱を届け出たが、この浪人、熱を出した子供のために雪をもらいに前田家の屋敷に行ったがもらい損ね、献上氷を奪ってやると啖呵をきって氷の篭を追いかけた男だから信じてもらえず献上品を盗んだ極悪人と牢に入れられてしまった。

咸臨丸受取
いつものようにのんびりと過ごしている顎十郎のところに妙な噂が入ってきた。ここ数日、江戸市中は平和そのもので、泥棒、空巣、万引、掏り、ゆすりにたかりなど全然起きない。奉行所ではこれが不審を呼んだ。いくらなんでも日に20や30小さな犯行があるのに1件もないのだ。これは何かあると見て奉行所も探索に動き出した。
そんなおり、最近また流行りだした大黒尊像の絵が顎十郎の目にとまった。大黒尊像とは不幸の手紙のようなもので、大黒の像を書いた絵を受け取ったものは、版木で同じ大黒像を起こして刷り、100枚を配布しなければならない。それをし
ないと不幸に見舞われるという悪質いたずらだった。
しかし、顎十郎が目にした大黒像は普通の大黒ではなかった。鼠の数も違えば、黒白の●や○印がいくつも刷り込んであった。顎十郎は、この大黒像と江戸から事件がなくなったことを結び付け、近々江戸で大変なことが起こると呟いた。

ご代参の乗物
紀州候の愛妾大井のご代参で浅草長円寺に参った女乗物(篭)22挺は、暮れ六つ(午後6時)少し過ぎに外糀町口の木戸を通った。暮れ六つを過ぎると木戸は閉ざされ、以後の出入りは番所にいちいち記録される決まりで、その記録にも紀州様二十二挺とあった。
ところがそのうちの十三挺の乗物が、中の人間ともども消えてしまった。紀州家上屋敷の正門を入った乗物は九挺しかなかったのだ。外糀町木戸から紀州家正門まではわずかな五、六町の距離で左右は長井の山とお堀という袋のようなところで、どこにも行きようはなく神隠しにでも遭ったとしか思われなかった。
御三家の奥の乗物が消えたとあって幕閣では大騒ぎ。紀州候の耳に入れば家中不行き届きで死人もでかねない。紀州候には内密で、老中じきじきに南北両町奉行に探索の命が下った。

三人目
清元千賀春が死んだ。千賀春の評判は散々で、男を何人も手玉に取り、金を捲き上げ、金の切れ目は縁の切れ目という女だから恨んでいる男は多かった。千賀春の死骸は長火鉢にもたれ、首筋から顔が赤味をおび、体には毛の先ほどの傷もなかった。死に顔も穏やかで、医者の診断も病死だった。
しかし南町の藤波はそうは見なかった。千賀春は三味線のバチを持って死んでいたが、そのバチは左手に持っていた。左利きではない千賀春が左手にバチを持つはずがない。これは誰かに持たされたもので、そうであれば病死ではない。にわかに騒がしくなってきた。

紙凧
金座から出た二十万両の金のうち三万二千両がすり替えられるという事件が起きた。その日は節季に入用な金が金座から勘定屋敷に送られることになっていて、いつもどおり二十万両を常盤橋から船に積んで勘定屋敷に向かった。
途中の稲荷河岸まできたところ上総あたりに石舟にぶつけられ、舟の船頭や役人が川に転落する事故があった。その石舟は当て逃げしてどこかに行ってしまったが、舟にあがったぬれねずみの役人が万両箱、千両箱を確認するときちんと揃っていたし、蓋を開けた形跡もなかった。
二十万両は勘定屋敷の金蔵に納められたが、翌朝改めたときにはそのうち千両箱32箱分に古釘や石が詰まっていた。
白昼堂々と石舟をぶつけたわずかの隙にすり替えた違いないと大方の者は考えたが、顎十郎と南町の藤波は違った。あんなわずかな隙に、しかも白昼すり替えるなど、どだい無理な話。では、どこで小判が石に変わったのだろうか…

丹頂の鶴
十月、将軍の鷹狩りの一つで、鶴を捕らえて朝廷へ献上する鶴御成が行われる前日のこと、将軍ご寵愛の鶴「瑞陽」が小松川のお飼場で死んだ。鶴の死骸を改めると胸もと心臓のところに二の字なりの深創があった。刺傷らしく、そうとすれば誰かが将軍寵愛の鶴を殺したのだ。
将軍はこのことを聞き、死因を調べて真相を明らかにせよと厳命、老中は両町奉行を呼び近頃噂に聞く南町の藤波友衛と北町の顎十郎に、将軍の前で推理合戦をさせることにした。鶴御成の際に両名を将軍の前で競わせ、真相を究明することにしたのだった。果たしてその結果は…

野伏大名
顎十郎の前に頭を下げたのは身分を隠してはいたが、下総古河の譜代の名門大名土井家の家老職。話によれば土井家では家督を継いだ幼い当主が、乞食の子供ではないかとの疑いが持ち上がりお家騒動に発展しかねない情勢。この状況に参ってしまった守役が当主を連れて二週間前に出奔してしまった。
守役の書置きにはただ「すさきの浜」とあるのみ。こんなことが老中の耳にでも入れば、土井家はどうなるかわからない。とるものも取り敢えず江戸の洲崎をあたるべく江戸に出てきたものの、探すとなると当てがない。そこで顎十郎にご尽力賜りたいというしだい。聞けば対立する一派の方は南町の藤波に助力を頼んだという。

蕃拉布
蕃拉布は「ハンドカチフ」と読み、今で言うハンカチのこと。向島の長崎屋の寮に集まった開化五人組、佐倉屋、佐原屋、日進堂、和泉屋、長崎屋の五人に横浜交易所の検査役人仁科伊吾。いずれも時代を先取りする人間でチーズを食べ、ワインを飲み、首には色とりどりのハンドカチフを巻いていた。
会合を終え先に帰った佐原屋が帰る途中で夕立に会い、ぬれねずみで戻ってきたが、そのとたんにろうそくの火が消えた。明かりをつけると佐原屋はハンドカチフで首を絞められ殺されていた。明かりをつけるまでのほんの2、3分の出来事だった。
次に佐倉屋がやはりハンドカチフで首を絞められ殺された。船に乗っていた佐倉屋がはずみで船から落ちた。暫くして水の中でもがく佐倉屋を引き上げると。ハンドカチフが首に食い込み死んでいたのだ。連続する不可能犯罪に顎十郎が挑戦。

日高川
ひょろ松と一緒に小金井鴨下村までやってきた顎十郎の宿へ、金井村の庄屋が訪ねてきた。話を聞くと庄屋の娘が石を投げて蛇を打ち殺して以来、高熱を発して寝込んでしまった。医師に見せてもわからず、蛇のたたりではということになって府中の山伏、覚念坊に加持を頼んだところ、確かに蛇が取り付いているとのこと。
毎日祈祷をしているが、先日庄屋が娘の寝ている部屋に入ると欄間に黄金の鱗を持った大蛇がのたくっていた。驚いて覚念坊から伝授された蛇よけの呪文を唱えると大蛇は一瞬のうちに消えてしまった。そんなことが今日まで三度、と話を黙って聞いていた顎十郎が吹き出してしまった。顎十郎はインチキ山伏と大蛇の正体を暴いて見せようと言って腰を上げた。

菊香水
顎十郎のもとにきた一通の手紙。差出人は豊後臼杵の大名稲葉家の江戸お留守居役溝口雅之進。相談したいことがあるので、来て欲しい。勝手に上がってくつろいで、酒肴も思いのままとの内容に顎十郎は喜んで出かけていった。
行ってみると手紙とおりで、小波という妖艶な美女がついて酒肴をとりそろえて相手をしてくれた。しかし、なぜこんなことを…

初春狸合戦
前の「菊香水」事件で奉行所を辞めた顎十郎、居酒屋で気のあった雷土々呂進と籠かきを始めた。しかし客も拾えず、稼ぎはなく、無銭飲食までする始末。
そんな二人が麻布狸穴あたりを歩いていると「籠屋さん、籠屋さん」と呼びかける声がする。誰何すると若旦那風の男で、この男が豊島が岡まで行きたいと言う。江戸のはずれの何もないところへと渋る二人に二両渡したから、手のひらを返すように二人は大喜び。ところがその後がちょっと違った。若旦那風の男は自分は狸だと言いだしたのだ。化かすつもりはなく狸穴が住みにくくなって、江戸のはずれに引っ越すというのだ。
狸は犬が大の苦手でそのために籠で行きたい。ついては眷属が333匹いるから毎日同じ時間にここに来て、一日1匹づつ運んで欲しい。1匹について二両づつだそうと言ってきた。顎十郎と土々呂進は毎日人に化けたらしい狸を1匹づつ豊島が岡に運んだが一週間後に乗った女がくれた二両、これが偽金だった。そして、この女が殺されてい見つかった。

猫目の男
府中大国魂神社の暗闇祭。祭りの白眉は御霊遷しで、この間街中の一切の明かりが消され、そのれが暗闇祭の名のいわれとなっている。
その府中の廻船問屋近江屋の一家四人が祭の最中に殺された。真っ暗闇の中で四人だけを、しかも盆の窪を矢で射殺したのだ。真の暗闇の中でこんなことが出来るわけはない。顎十郎が首を捻っていると、府中には猫目の男がいるという。その男は近江屋の唯一の親戚。番屋に引っ張って取り調べてみるとその男は犯行を否定して、あることを言った…

永代経
浅草柳橋二丁目の紺屋京屋吉兵衛。先代の吉兵衛の代までは店も結構繁盛していたが、当代になってからはさっぱりで、奉公人もいなくなりついには夫婦二人で細々と商いをしていた。一方、京屋の北側にできた料理屋大清の方は大繁盛で、店を拡張しようと京屋を買収にかかったが吉兵衛は首を縦に振らない。
そのうちに吉兵衛の女房が離縁して、大清の主人の後添いになる始末。その京屋の店が全焼し、焼跡から吉兵衛の死体が見つかった。死体は黒焦げだったが、瓦の上に乗り、鼻の中にも煤はなかった。このことから明らかに火事で屋根が焼け落ちた後に、投げ込まれたものだった。

両国の大鯨
出羽庄内蕃酒井家の上屋敷の金蔵が破られ七万両あまりの小判が盗まれた。しかし手配が早かったので、盗賊一味の大半と金は取り戻せたが、盗賊の首魁の釣金の重三郎は芝浦に追い詰めたものの取り逃がしてしまった。
その事件のあった翌日、両国では大鯨の見世物が始まった。砂の上に寝かせた鯨の死体の周りに大きな小屋を汲み、見料を取って見物に供すのだ。鯨の見世物の二日目の夜、興行も終わり大当たりの祝いの酒盛りを小屋の二階でやっている最中に大鯨が消えてしまった。ほんの10分ほどの間に大きな鯨が跡形もなく消えてしまったのだ。さすがに内臓は取り去り、油も抜いて骨と皮ばかりになっていたとはいえ、あれだけ大きなものをたった10分でなくせるわけがない。
盗賊の首魁の消失と鯨の消失、この2つの消失を顎十郎がどう解くか。

金鳳釵
木場の材木問屋万屋和助は大金持ち。その和助には3人の娘がいた。長女のお梅は幼い頃に同じ材木問屋山崎屋の息子金三郎と許婚の仲となった。ところが持ち山の山火事をきっかけに山崎屋が傾き、山崎屋は金三郎を連れ唐に渡って再起を図った。
その後山崎屋からは何の音沙汰もなく、やがて年頃になったお梅は金三郎への思いが高じて死んでしまった。お梅が死んでから半年、金三郎が唐から帰ってきて、万屋を訪ねてきた。万屋では金三郎を息子同然に扱い、地所内に離れを建てて住まわせたが…

小鰭の鮨
若い娘がむやみに家出をして、そのまま行方不明になってしまうという事件が相次いだ。いずれも大金持ちの箱入り娘で、何々小町といわれるほどの器量よし。それがすでに4人も行方がわからなくなっていた。ひょろ松の調べでは、行方がわからなくなる寸前に、いずれも鮨売りが通っていた。
江戸中の鮨売り40人を番屋に集め調べたが、4人とも通った鮨屋は別人で、関連性はなさそう。一方、芝居の方では人気随一の三津五郎が芝居で鮨屋に扮するために、所作の勉強に鮨屋になりすまして市中を歩いているとの噂が広まっていた。鮨屋をめぐる2つ話に顎十郎が乗り出した。

いもり
大工の清五郎は、阿波屋の人間を殺したのは自分だと泣きながら顎十郎に話をした。深川の油屋阿波屋では、この半年の間に次々に死人がでて、今回の四男甚松でなんと6人目。いずれも体に赤痣を作って死んだが、医者の診たては破傷風。ところが清五郎が言うにはヤモリの祟りだという。
清五郎は3ほど年前に阿波屋の離れを建てたが、その離れで不思議な音がするので見てくれと頼まれ、天井裏に上がると梁にヤモリが釘で打たれて張り付けにされていた。 どうしたはずみか、離れを建てる時に知らずに張り付けにしてしまったらしい。驚いたことにそのヤモリはまだ生きていて、清五郎いわく阿波屋に祟っているのだというが…

かごやの客
新規に開店した居酒屋「かごや」。その名の通り、そこの主人は伊勢の大大名藤堂家のかごを担いでいた男で、親戚が死んで遺産が入ったので、藤堂家をやめて居酒屋を始めた。そこに来合わせた顎十郎ととど助。開店祝いの振る舞い酒に酔って上機嫌。
酔った勢いで主人が旧主藤堂家の姫君を呼ぼうと言い出し、とど助が手紙を書いて客の一人が使いに行った。半刻ほどして本当に藤堂家の姫君加代姫がやって来た。これに驚いた顎十郎ととど助は他の客を置いて逃げ出した。
翌日、客の五人と店の主人がかごや毒殺されていて大騒ぎ。南町の藤波は加代姫に疑いをかけるが…


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