僧正の積木唄

ファイロ・ヴァンスによって解決され、ヴァン・ダインによって記述されて世間に広く知られるようになった「僧正殺人事件」の舞台となった、ニューヨークのディラード邸は「僧正殺人事件」の関係者のひとりであったシガード・アーネッソン教授の住居になっていた。
「僧正殺人事件」から数年後のある日、アーネッソン教授を2人の警官が訪ねたが、そこで見たのはアーネッソン教授の首のない死体であった。
直ちに市警本部の捜査が開始され、マーカム地方検事が出張し、ファイロ・ヴァンスも現場に現れた。アーネッソン教授の机の上には小包を開けた形跡があり、周囲には爆風で吹き飛ばされた痕跡があった。
のちにわかったことだが、この日はアーネッソン教授の誕生日であり、小包で送られた爆弾によって教授は殺され、その後に首を切られたと考えられた。
ヴァンスは死体に首がないのは、死体の主がアーネッソン教授ではないからであると推理したが、その言葉が終わった途端にキッチンにアーネッソン教授の首が粉にまみれて転がっているのが発見された。その首は間違いなくアーネッソン教授の首であり、ヴァンスの推理は木っ端微塵に砕けてしまった。

殺害現場にはアインシュタインのエネルギーと質量は等価である、という有名な公式と訳がわからない数式が書かれた紙が封筒に入って残されていた。そして郵便受けには、
これはジャップが建てた
家に置いてあった
モルトを食べた
ネズミを殺したネコだ。
とタイプされた手紙が入れられていた。マザーグースの唄で、歌詞を順を追って重ねていくことから積木唄と呼ばれるものだった。
本来は「ジャックが建てた」だが、日本人や日系人の蔑称であるジャップに歌詞が変えられていた。そしてその手紙の末尾には僧正の署名がタイプされていた。

関係者の間では「僧正殺人事件」は本当の解決はされていない、したがって真犯人の僧正は捕まっていないとされ、事件を強引に決着させたのだというのが公然の秘密であった。
してみると僧正が再び活動をはじめ、また殺人を始めたのだろうか…警察とマーカム検事は「僧正殺人事件」が本当の解決を見ていないことを糊塗し、世間の目を逸らさせるために絶好の人物に目をつけ逮捕した。
その人物とは橋本孝則、日系移民の一世でアーネッソン教授の邸の使用人だった。数式が入った封筒に橋本の指紋が付いていたのと、橋本がマザーグースの本を持っていたのが証拠であった。
本来ならこの程度の証拠で逮捕できるものではないが、当時は日本軍の満州侵略により対日感情は最悪であり、スケープゴートにするには日系人はもってこいだった。
橋本はあまりの差別待遇に完全黙秘し、警察は世論を誘導して橋本を僧正にしたてて極悪人とする方針を立てた。
この状況を憂いた日系人たちは、不当な差別から日系人を守るためにサンフランシスコに滞在している金田一耕助に助けを求めた。

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