金魚の眼が光る

いよいよ戦争が拡大し始めた昭和12年、出版社に勤める矢代夕子は、担当の北原白秋を病院に見舞った。白秋はこのとき眼底出血で、杏雲堂病院に入院していたのだ。
病院から出版社に戻った夕子は、そこで白霧と署名された白秋宛の脅迫状が届いているのを知った。このときはいたずらだろうという軽い気持ちでいたのだが、家に戻ってこの話を父親にすると父親の顔色が変わった。
夕子の父親は九州柳川の綺羅家の出身で、その綺羅家にも同様の脅迫状が来ているのだという。綺羅家は柳川で古くから酒造を行い、3千坪という広大な敷地を構えていた。
綺羅の当主は鈴という老女。戦前の男尊女卑の時代に女当主というのは珍しかったが、鈴は夫に死に別れてから女でひとつで事業を切り盛りし、綺羅の家を押しも押されもせぬ家にした。
その鈴が先頃、階段から落ちて足腰が立たない状態となり、ほとんど寝たきりになったという。年齢のこともあって鈴は隠居を決意した。
鈴には2人の弟、稔と守がいたが、鈴は弟には家督を譲らず、庶子である淳一郎に綺羅家を譲る意向であった。淳一郎は死んだ鈴の夫がどこかの女性に産ませた子で、つい最近まで鈴もその存在を知らなかったが、隠居を決めた鈴が夫の周辺を調べて探し出し、今は認知までしているというのだ。
戦前の民法では庶子に家督が許されることなどまったくないと言ってよかったが、綺羅家の場合には他に子がなく、しかも当主である鈴の意向が淳一郎への相続である以上は、淳一郎の家督が認められることになる。

これに反発したのが2人の弟の稔と守で、裁判所に親族会の設置を申し出たという。裁判所の監督のもと、親族代表が集まって話し合い和解を目指すのが親族会だ。
綺羅家の親戚である矢代家も知らん顔はできず、父親に代わって夕子が、白霧からの脅迫状が届いたという柳川の綺羅家に行くことになった。
柳川に着き、綺羅家に迎えられたその翌日のこと、まるで夕子の到着を待っていたように事件が起きた。夕子は守、守の妻の信子、稔の4人で船遊びをすることになった。
水郷柳川の水路を船で廻ったのだが、船遊びの言いだしっぺである稔だけは、最近買ったダットサンの慣らし運転だと言い、陸を車で走り途中から合流することになった。
稔は合流地点にダットサンに乗ってやってきたが、そこからどこかに行ってしまう。夕子は遠目にその姿を見かけた。それが稔が目撃された最後になった。
稔はその後、何者かに刺し殺されて、その死体は水路に浮かんでいた。引き上げられた稔の死体は、なぜか金魚を一匹握っていた。それを知って夕子は、白秋の金魚という詞の一節を思い浮かべた。
金魚では「母さん、帰らぬ、さぶしいな。金魚を一匹突き殺す」と書かれていたはずだ。さらに金魚では二匹目は締め殺され、三匹目は捻り殺される。なにやら寒気が夕子を襲った…

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