長靴をはいた犬

この日、東京地裁104号法廷では、織田修三に対する殺人等被告事件の第4回公判が開かれていた。織田修三が逮捕、起訴された事件は下町の劭疝犬神地区で起きた。
事件の被害者はこの地区に住む斉藤恵子で自宅近くの通称狛犬通りで、鋭利な刃物で胸を刺され失血死した。暴行の痕跡はなかったが下着が脱がされ、右上腕に犬のものと思われる歯牙痕が残っていた。
現場には犯人のものと思われるゴム長靴の足跡が残っていた。やがて、塗装業手伝いの織田が容疑者として浮上した。織田は塗装業という職業柄長靴をはいていてもおかしくなかった。
そして現場近くの酒屋の自販機で犯行時刻頃にビールを飲んでいるのが目撃されていたが、容疑を決定的にしたのはビールを飲んでいる織田のシャツの右腕に血痕が付着していたことだった。
織田は任意同行を求められ、やがて犯行を自供した。しかし家宅捜索の結果、凶器も長靴も見つからなかった。織田は凶器や長靴は下水に捨てたと証言し、さっそく下水や川の捜索が行われたが凶器も長靴も発見されなかった。
それでも公判維持は可能と判断され、織田は起訴された。しかし被告側の田島弁護士は、無罪を主張し徹底的に争う姿勢を見せた。
刑事事件で有罪、無罪を争うこと自体が珍しい上に、物証に乏しいこの事件はマスコミの注目の的となり、第4回公判の傍聴席も満員であった。

第4回の公判で弁護側は自白の任意性を責めてきた。警察で取調べにあたったのは大田警部補で、田島弁護士の大田への反対尋問は巧妙かつ狡猾であった。
このままでは物証のないことと相俟って、下手をすれば無罪の判決が出るかもしれなかった。それほど田島弁護士は自白調書の任意性に疑問符をつけることに成功していた。
さっそく大田をはじめ警察は補充捜査を開始し、劭疝犬神の周辺の聞き込みや再捜索を開始した。その矢先、劭疝犬神であらたな事件が発生した。
都区内でももっとも寂しい地区の一つである劭疝犬神地区の由来ともなった劭疝犬神は、通称ワンワン山の上にある無住の神社であった。
境内は寂れており、噂では神社の森には犬男が住んでいるという。だから子供も遊ばないし、大人もお参りに行かない。その神社の社殿の下から女の腐乱死体が見つかったのだ。
死体は夏休みの昆虫採集に来た小学生2人によって発見された。捜査の結果、一週間前に犬の散歩に出たきり行方がわからなくなっていた近所の若い女性が被害者であった。
さっそく捜査本部が作られたが、大田をはじめ斉藤恵子の事件に関わった捜査員達は気が気ではなかった。斉藤事件と今度の事件が同一犯によるものとでもなったら、織田は無罪になってしまうのだ…

「神曲法廷」の続編的な作品で、実質的に事件を解決に導くのは元東京地検のエリート検事佐伯佐伯神一郎。
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