阿弥陀

「ねえ、こんなことってありますか。人間ひとり、どこかに消えてしまったんですよ」と、深夜のビルの警備室に飛び込んで来た今村茂は警備員の檜山に言った。
今村はエッシャービルと通称されるこのビルの最上階、15階の保険会社に勤めるサラリーマン。この夜は、恋人の中井芳子と一緒に残業を終えて、2人で1階までエレベーターで降りたところ、芳子が忘れ物に気づいて会社に戻っていった。
茂は1階で待っていたところ、いつまでも芳子が戻ってこないので15階の会社まで探しに戻り、トイレまで探したが人っ子一人いなかったというのだ。それを信じれば芳子は何処かに消えてしまったことになる。
檜山は同僚の倉本と一緒に防犯カメラに録画されたビデオを確認した。すると11時12分に茂と芳子が12階から直通のエレベーターから1階のロビーに降り、11時21分に今度は芳子が12階直通のエレベーターに一人で乗った、11時32分に茂が12階直通のエレベーターに乗って行った。
このビルのエレベーターは3基あって、一つは地階〜12階までの各階停まり、二つ目は1階〜12階の直通、三基目は12階〜15階までの各階停まりで、13階から上のフロアの人間は12階から下に向かう場合は、必ず12階で乗り換えなければならないようになっていた。
この夜は12階から上にしか人がいなかったので、オーナーが地階〜12階までの各階停まりのエレベーターを停止していて、動いているのは直通と高層階用の2基だけであった。
ビデオに写っていた12階直通のエレベーターの次の映像は、そこから慌てた様子の茂が降りるところで、つまりビデオの映像でも今もって芳子は12階から上のフロアの何処かにいることになる。

檜山は茂とともに15階から12階までのフロアを点検した。人がいたのは15階の保険会社とは反対側にある会員制クラブ「オーク」と12階の「大宇宙真実協会」という怪しげな宗教団体の2つだけ。
「オーク」はこの日は臨時休業だったが、ママと客が2人いた。店は休みだが、どうしても断れない客の予約があって、その2人のためにママだけが来て相手をしていたのだという。
「大宇宙真実協会」の方は教祖が一人で断食の修行をしていた。点検の結果、どちらにも芳子は入っていかなかったし、他の会社も全て鍵が掛かっており、立ち入ることは不可能だった。もちろんトイレにもいなかった。
本当に芳子は煙のように消えてしまったのだった。檜山と倉本は、ビルに出入りする新聞配達のアルバイトをしている風水火那子とともに謎を解こうとするのだった。

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