蜃気楼・13の殺人

久保寺健一は勤めていた東京の製薬会社を辞め、妻と8歳の子供、それに妻の父で元刑事の貢新造の4人で、栗谷村に移り住んだ。
かつては林業で栄えた栗谷村も、機械化に乗り遅れて林業自体が衰退し、リゾート化の波も村には及ばず、典型的な過疎地となっていた。
栗谷村は村民の結束が固く、30年前にもダムの建設に一村を挙げて反対して中止に追い込んだほどであったが、それは逆に見ればよそ者を信用しない排他的な村であった。
健一は都会の生活に疲れ、寒村で無農薬農業をやり、半自給自走生活をおくることをめざして、栗谷村にやってきた。最初に村役場に相談に行ったとき、助役に冷たくあしらわれたのだが、青年団の岡村という青年が熱心に話を聞いてくれたうえに、村の人達を説得してくれ、移住第一号となったのだ。
村では無住となっていた農家を、久保寺一家の住いとして提供してくれた。健一は引越し当日に村内を様子を見がてら歩いたが、岡村などごく一部の人間を除いて、健一たちには冷たい視線が浴びせられた。

健一は一日も早く村に溶け込もうとして内心では焦っていた。仕事を辞めて田舎暮らしを始めると決めたときに、妻も妻の父新造も健一には何も言わなかった。
2人とも黙って健一についてきてくれた。もう一家に帰るところはないのだった。それを思うと村の一員となることが、妻や新造に対して課せられた健一の義務なのだった。
焦る健一に岡村から耳寄りな話を聞かされた。村おこしのイベントとして、栗谷村マラソン大会があるという。村にある天寓山は戦国時代に山城だったところで、十三曲坂という急カーブの多い坂道があった。
その延長は約10キロ、その道を往復するコースだという。健一はマラソン大会こそ村に溶け込むチャンスとばかり、さっそくエントリーした。
マラソン大会の参加者は約100人。健一は最初はトップグループにいたが、徐々に遅れ始め、ふと気がつくと前後に人影がなかった。
そして、あるカーブを曲ったと時に前方にゼッケン13をつけた参加者が倒れ、吐瀉しているのを見つけた。介抱するが意識がなかった。そんなところに後続のランナーが現れたので、健一は世話を頼んで、コースに立つ係員のところに行った。

係員から医者に連絡が行き、その医者の車に乗って健一が現場に戻ったのは約30分後。だが、そこには倒れていた男も介抱しているはずの男もいなかった。
健一は狐につままれたようだが、医者は元気になって走り始めたのだろうと、半ば健一を批難するように見つめた。
だが、人間が消えたのは本当だった。夜になってマラソンの参加者のうち13人が消えてしまった。ゴールもしていなければ、コースの途中のどこにもいなかったのだ。
十三曲坂は一本道で、道路外に行ける個所は8箇所しかなかった。そのほかのところは急な崖であったり、戦国期の馬防柵があったりして道路から外れることはできなかった。
そして、その8箇所には全て係員の眼がひかっていた。つまりマラソンコースは巨大な密室になっていたのである。そこから13人の人間が忽然と消えてしまった。もちろん健一が見たゼッケン13の男もその一人だった…
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