閉ざされた夏

都下にある新国市は新都グループの企業城下町だった。新都グループ総帥の高岩佐吉は市内に大邸宅を構え、市民は新都グループの企業が立てた家に住み、新都グループの企業の店で買い物をし、新都電鉄で都心に向かう。
その高岩佐吉の従兄弟に、高岩青十という文学者がいた。青十は昭和初期に彗星のように現れ、幻想的で骨太の文章力と大胆な構成で大きな影響力を残したが、体が弱く、昭和13年にわずか31歳で死去した。
佐吉は青十を誇りに思い、青十の旧宅を中心にして青十記念館を設立し、その後新国市にその一切を寄贈した。
したがって今は新国市立青十記念館となっていた。佐島才蔵は両親を亡くし、推理小説家としてデビューしたばかりの妹の楓と暮らしていた。
勤めていた会社が倒産し途方に暮れたが、生来の呑気さから積極的な行動にはでなかった。暫くしてしっかりものの楓に進められて、青十記念館の学芸員に応募したところ、運よく採用された。

ところが、この記念館の学芸員や職員は、才蔵も驚くほど呑気者で楽天家ぞろい。館長の永島は市の教育長であり、郷土資料館館長でもあるために忙しく、青十記念館館長としては名前だけであり、姿を見た者もほとんどいなかった。
実質的には市役所から来た三田朝日が館長役であり、館全体の管理運営の責任者だったが、この三田もまた呑気であった。職場はよくいえばアットホームだったが、慣れない才蔵はイライラすることもしばしばだった。
さて、記念館の今年の特別展は、隠された青十展と題され、新たに発見された手紙を中心に、その手紙にまつわる写真などの資料を展示する企画だった。その準備のさ中に、記念館に対する放火未遂事件が起きた。
火をつけられたバックが投げ込まれたり、火をつけられたネズミを放たれたり、電線をむき出しにされたライトが収蔵庫に置かれたりと、いずれも大規模なものではなかったし、火に対しては館の性質上、比較的強固に作られており実際には火事にならなかった。
その犯人も目的もわからぬ状態のまま、やがて隠された青十展がはじまった。その3日目、館内の青十の旧宅、通称蔦屋敷の台所の地下の穴蔵から女性の死体が見つかった。3日前から北海道に旅行していたはずの学芸員岡安鶴子の変わり果てた姿であった。

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