放浪探偵と七つの殺人

すべての短篇が読者への挑戦で、解答篇は袋とじ。探偵役は信濃譲二。
ドア⇔ドア
東栄荘は四畳半一間に半畳の流し場、共同便所、風呂なしという典型的な学生下宿で、1階には1~5号室、2階には6~10号室の五部屋が並んでいた。
1月3日の夜、年末年始の帰省や外出をせずに東栄荘に残っているのは3人、4号室の信濃譲二、6号室の恩田道夫、10号室の山科大輔の3人。
信濃は夜のアルバイトで部屋におらず、山師である恩田は1年ぶりに東栄荘に戻って来たばかり、山科は帰省せずに部屋で卒論を書いていた。
恩田と山科は酒を酌み交わす中で、1年ぶりに戻った恩田は土産と一升瓶を手に山科の部屋を訪れた。ささいなことで切れた山科は、泥酔した恩田を恩田の持っていたアーミーナイフで刺し殺してしまう。
我に返った山科は頭を絞って偽装工作に掛る。恩田が自室で強盗に襲われて殺されたことにするというのが基本計画であったが、最大の問題が10号室の引き戸。血痕が飛び散っていたのだ。
そこで山科はドアの交換を思いつく。6号室のドアと10号室のドアを取り替えたのだった。指紋の工作もぬかりなく行い、鍵も取り替えたが…

幽霊病棟
関誠は殺した女の死体を丘陵地にある廃病院に運び込んだ。この病院は6階建ての総合病院だったが、相次ぐ医療ミスや診療報酬の不正請求、脱税などで廃院に追いこまれた。
建物は廃墟となり、今では粗大ゴミの不法投棄や暴走族のたまり場となり果てていた。関は門のバリケードを乗り越え、正面玄関に打ちつけられた板をはがし、死体を3階まで担ぎあげて給湯室の流し台の下に突っ込んだ。
冬の深夜の作業は、誰にも見とがめられなかった。ところが家に戻った関は大変なことに気づいた。財布がないのだ。どうも死体を遺棄したときに落としたようだ。仕方なく関は翌晩に財布を捜しに廃病院に向った。
しかし翌晩、廃病院には人がいた。関は知らなかったが信濃譲二が同級生2人とともに、病院に出るという幽霊の正体を探りに来ていたのだ。そこで関は車まで戻り、大きく迂回して病院の裏門に車をつけ忍び込んだが…

烏勧請
住宅街にあるゴミの家。その家に住む夫婦は、夫の下田美智男の浮気が原因で喧嘩が絶えなかったという。そんなこともあって妻のフサ子が精神に異常をきたし、ゴミ置き場からあらゆるゴミを拾ってきては、家の庭や玄関先に積み上げるようになった。
夏のことゆえ悪臭ははなはだしく、近所からはクレームが来たが、フサ子は閉じこもって金切り声をあげるばかり。ゴミ集めやたまに近所を出歩く時も、着物を頭から被って裸足で走り回っていた。夫の美智男はフサ子を精神病院に入院させることにしていたが、いい病院のベッドが空くのを待っている状態だった。
住民の我慢も限界に達し、ついに区役所を動かしてゴミの撤去を行うことになったが、ゴミ収集車が下田家に来てみるとベランダには異常な数の烏がいた。
ベランダに横たわった女の死体に群がっていたのだ。ゴミ収集のあたっていたのは学生アルバイトの信濃譲二だった。

有罪としての不在
大学の男子寮で発生した殺人事件。417号室の深山光一郎が部屋の中からベランダに半身を乗り出し、手に金属バットを握って倒れていた。発見したのは隣室418号室の森本峻で、午後10時のことだった。
寮のベランダの間の仕切り壁はあらかた壊されており、417号室と418号室の間にも仕切りはなかったのだった。森本はすぐに助けを求めに廊下に出た。
419号室は留守、420号室には渕上と信濃譲二がいた。3人は取って返したが、すでに深山は死んでいた。凶器は手に持った金属バットで、後頭部を強打されていた。
腕には時計を嵌めていたが、時計のガラスは割れ、針は8時52分を指して止まっていた。ベランダの手すりにはロープ代わりのシーツが結び付けられ、3階のベランダに垂らされていたが、317号室も318室も留守だったし、シーツの結び方も弱くとても人の体重を支えられそうになかった。
さらに奇妙なことに417号室のドアの外には冷蔵庫が置かれており、中からは冷蔵庫が邪魔をして人が出られない状態だった。
のちに冷蔵庫は退寮する学生から深山が譲り受けたもので、寮生2人で深山の部屋まで運んだが、中から返事がなかったために置いたものだと判明する。これが学生寮で起きた殺人事件だった。

水難の夜
悪徳霊感商法を繰り返すしあわせ商会社長の国枝有希が、立川市の自宅マンションで殺された。深夜0時13分、国枝らしい女の声でピザを注文する電話が入った。
バイトの篠崎覚が配達に向かうが、篠崎が配達バイクに乗った途端に豪雨となった。それでも篠崎はマンションに向かう。マンションの前にバイクを止めたのは0時39分ごろ。
そのまま5階に上がり、国枝の部屋のインタフォンを押す。応答はない。仕方なくドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。篠崎は声をかけながら部屋に入った。玄関脇の部屋のドアが少し開いていた。
篠崎はそのドアを軽く押す。血の海の中には、男女が倒れていた。篠崎は部屋の電話ですぐに110番した。この電話が0時45分。暫くしてパトカーが駆けつけ、救急車もやって来た。女は篠崎有希ですでに絶命していた。全身を出刃包丁でめった刺しにされていた。
男は後頭部を強打され意識がなく、救急車で病院に運ばれた。男の正体はわからなかったが、ジーンズにブルゾンの姿は、雨の降る前に管理人室の前を通るのを管理人の信濃譲二に目撃されていた…

W=mgn
都下小金井市のT字の交差点にゴミ置き場がある。そこは崖の途中の坂道で、ゴミ置き場のある崖下は墓地になっている。真夜中に激しい雷雨が襲った翌朝、その墓地に赤いハイヒールを履いた女の死体が発見された。
死体は崖上からダイビングしたように逆さになって墓地の中に突っ込んでいた。死亡推定時刻は前日の午後3時から5時のあいだ。
ところがT字の道の縦棒の途中に住む高瀬千春という女性が、死体発見の日の午前2時ごろに、雨の中を疾走する女を確かに見たという。千春は雷で目覚め、部屋の窓から外を見ると女が失踪していくところだった。
女の背丈は120センチほどで、手を目にして前方を見つめ走っていた。その髪飾りから、深夜に失踪していた女は死体の女と思われた。千春は死亡推定時刻の9時間も後に、生きている被害者を目撃したことになる。
ゾンビかもしれないと千春は悩み、睡眠不足になり会社でも眠そうな顔をしていた。そんな千春を見て心配そうに声をかけたのは、アルバイトに来ている信濃譲二であった。

阿闍梨天空死譚
熊本県の山中にある新興宗教真神の使途降臨教会の施設降臨塔は、高さは30メートルほどで、形はまさにコカコーラの瓶そのものだった。
塔の中間部にくびれがあり、先端部は煙突のように細く伸び、煙突の口に当たる部分には鉄柵が設けられている。この施設が使われるのは年に1回、9月の満月の日の降臨祭だけであった。
降臨祭の日以外は、周囲に人家はおろか何もないので、山中に不気味な塔がひっそりと建っているだけであった。
降臨祭では塔の頂上に使途が現れて天からのメッセージを身振りで伝え、それを教祖が信者に伝えるのがクライマックスであった。その演出も爆竹や花火、ドライアイスなどを使う派手なものであった。
当然何かのトリックが使われているはずだが、塔には外にも中にも足掛かりはなく、また中に入る出入り口も50センチ四方の小さなものではしごなどは持ち込めず、塔以外はほとんど何もないので、クレーンなどの重機を使うことも不可能だったから、トリック自体はわからなかった。
その年の降臨祭が終わって1ヶ月後、降臨塔に男が磔になっているのが見つかった。男は全裸で自分の着ていた洋服や下着をつなぎ合わせてロープにしたもので、塔に背中合わせに縛り付けられていた。
ちょうど塔のくびれの上の位置だった。男の死因は餓死だったが、不思議なことに縛り付けられたのが先であった。決して餓死体を縛り付けたのではない。男の死の謎は解明されないまま3年半が経った。死体を発見した男は、町で信濃譲二に出会い、この事件の話をした。信濃はトリックはすぐに暴けると言ったが…


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