400年の遺言

小京都にある浄土真宗妙見派の名刹龍遠寺は400年の歴史を持ち、その謎めいた庭園でも名高かった。
とくに奥書院の東庭はいわゆる書院造り式庭園で、そのミステアリアスな造りは寺全体の造作と対応して、さらには寺の開祖了導の謎めいた死とも重なり合って、多くの壮大な謎解き物語を生みだしていた。
4年前にこの庭で庭師の泉真太郎が殺された。寺のすぐ近くで住宅火災が発生したが消火活動に手間取り、住宅数軒に被害が及び龍遠寺にも多くの人が避難をした。殺人事件はその混乱のさ中に発生した。
火災がなんとか消火し、落ち着きが戻ってから暫くして東庭に倒れている真太郎が発見された。死因は溺死で、胃や肺の中から東庭にある井戸の水が検出された。
火災の最中あるいは鎮火直後に何者かによって井戸の中に上体を突っ込まれて殺されたと推定された。争った痕跡は残っていたが、不審な物音や人物を聞いたり見たりした者は皆無であった。
若い庭師がなぜ殺されなければならなったかも不明であった。犯人の遺留品もなく、事件は未解決のままであった。この事件ののち、真太郎の父親で半ば引退して施設に入っている繁竹が復帰して龍遠寺の庭師となった。
繁竹は今年になって真太郎の四回忌を催し、関係者を招待した。関係者はさほど多くはなかったが四回忌という耳慣れない法要には一様に疑問を感じた。それから暫くして、今度は繁竹が東庭で死んだ。

雨の夜、龍遠寺の東庭で騒ぎが起きた。たまたま寺に寄った観光協会巡回保安員の蔭山公彦とその幼馴染の高階枝織がそれを聞きつけて駆け付けると、繁竹が住職了雲の子供努夢を庇うように抱きかかえてうずくまっていた。
繁竹の首筋には工具のノギスが突き刺さり虫の息であった。助け起こした公彦に繁竹は「この子を頼む…」と言い残して絶命した。
努夢は繁竹の腕の中でぐったりして意識を失っていた。努夢は首をロープのようなもので絞められた跡があったが命には別条はなく、救急車で病院に運ばれやがて意識を回復した。
繁竹は何者かに襲われた努夢を庇って犯人から奪い返し、犯人にノギスで逆襲され殺されたと推定されたが、きれいに整備された庭園に犯人の痕跡は皆無であった。
さらに東庭に出入りしようとするとどこかに必ず人目があって、逃走経路としては塀を乗り越えるしかなかった。しかし雨でぬかるんだ地面には、その痕跡もなかった。ノギスという特殊な凶器とともに龍遠寺は再び謎の事件の舞台となったのだ。

一方、龍遠寺で繁竹が殺された5日前にも京都市内では歴史事物保全財団の職員が殺されるという事件が起きていた。
この事件は猟奇的で、職員の死体は着衣をあべこべに着せられた上に、手首を切断されて地蔵の脇に放置されていた。財団からは真太郎の遺品である龍遠寺の庭園のことを調べた資料が盗まれていた。
さらにこの職員の上司で財団の資料室長五十嵐昌紀が行方不明になっていた。実は五十嵐には興信所の尾行が付けられていて、その車には密かに電波発信機が取り付けられていたし、財団には盗聴器が仕掛けられていた。
それらによると五十嵐は深夜車で財団に向い、財団内で真太郎の資料を盗み出したところを職員に見つかってその職員を殺し、死体を車に積み込んで遺棄したと考えられた。
警察ではその事件と今回の繁竹殺し、さらには4年前の真太郎殺しが密接に関係していると考え、五十嵐の発見に全力を尽くし、一方で龍遠寺の庭園の秘密も事件に深く関わっていると睨んでいた。

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