悪魔の水槽密室

ミステリ作家八追純平は、金子みすゞの取材のために山口県長門市の仙崎に向かったのだが、途中の山陰線の気動車の中で不思議なことに出くわす。
折からの雷雨による停電で列車が一時停止した際に、斜め前に座っていた女性が消えてしまったのだ。その女性は大正時代にスリップしたような服装をし、髪型もまた古風だった。いや金子みすゞそっくであったといっていい。
女性は薔薇の花束を抱えていたが、それは八追の印象をさらに強烈にした。その女性が10分ほどの停車時間の間に列車の中から消えてしまったのだ。
2両編成の車内は空いており、どちらの車両にもその女性の姿はなかったし、トイレにもいなかった。運転室や車掌室にもいなかった。いったい女性はどこに消えたのだろうか…という疑問を抱きつつ八追は仙崎の「薔薇の家」という旅館に入った。

そのころ隣接する萩市内のアパートの一室で、短大生が殺される事件があった。短大生の名は香田さやかといい、週に2回湯田温泉でストリッパーのアルバイトをしていたが、無断欠勤して連絡も取れないために、金を貸している同僚が貸倒れを恐れてアパートを訪ね、死体を発見したのである。
さやかの死体は顔をズタズタに切り刻まれ、捜査官ですら正視できないほどだった。顔から人物を識別するのは困難であったが、状況からはさやか本人であると思われた。
だが、香田さやか自身が、どこの何者かわからなかった。劇場の履歴書も、不動産屋の賃貸契約書も書かれていることはデタラメで、近くの短大にも該当する人物はいなかった。
さやかの死体は赤い薔薇を一輪握っており、テーブルには金子みすゞ全集の第1巻が載せられていた。部屋の中に封筒が一通落ちており、広げてみると和紙に筆跡を隠した字で書かれていたのは「オマエヲコロシテヤル」という脅迫文。さやかの部屋には鍵がかかっておらず、出入りは誰でも可能であった。

捜査本部が設置され捜査が開始されたが、被害者も特定できない事件の捜査の進展は遅かった。一方、仙崎の旅館「薔薇の家」の人間関係はかなり複雑で、何か秘密がありそうだった。
八追も睡眠薬を飲み物に混ぜて飲まされたり、夜中にどこからともなく泣き声が聞こえたりと、変に状況に悩まされていた。
探ってみると「薔薇の家」の養女朱鷺絵のところにも「オマエヲコロシテヤル」という脅迫状が来るという。そしてその脅迫状の通りに朱鷺絵は長門市のリゾートホテルで殺された。
その状況は悪魔の水槽密室とよべるような奇妙なものだった。ガラス張りのホテルの客室に水が満たされ、ドアは内側からカギとチェーンが掛けられ、窓も全て密閉されて鍵がかけられていた。その大きな水槽のようにされた部屋の中に朱鷺絵の死体は風船を握って浮いていたのであった。
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