美濃牛

岐阜県洞戸村暮枝にある亀恩洞の中に奇跡の泉があるという。偶然その泉に辿り着いた末期がん患者が泉につかると、癌が嘘のように消えたという。
この話が広まって、ついにアセンズ建設が付近一帯をリゾートにする計画を立てた。村内は賛成派と反対派、それに無関心派が微妙に対立を始めたが、肝心の亀恩洞の持ち主羅堂真一は土地を一切手放す気はないと亀恩堂の入口を厳重に塞いでしまった。
羅堂真一はサラリーマンをやめて父親の出身地の暮枝に戻り、夢であった飛騨牛の肥育を始めた変わり者で、牛舎の側の自宅に息子の哲史と2人で暮らしていた。
亀恩堂近くにある別邸には、寝たきりの父親を住まわせていた。この父親はかつて不動産業を営んだやり手で、この父親のおかげで元からあった暮枝の土地のほかに、羅堂一族は大阪や名古屋に多くの土地やビルを持っていた。
大阪のは真一の次弟善次が住んで不動産を管理し、名古屋には末弟の美雄がいて医者をやっていた。
この暮枝にフリーの記者天瀬とカメラマンの町田が取材に入った。アセンズ建設の関係者石動が奇跡の泉の企画を雑誌社に持ち込み、ちょうちん持ちの記事を書くためであった。

天瀬たちが山奥の村に入ると、さっそく亀恩洞の噂が伝わってきた。村人曰く、亀恩洞は又の名を鬼の隠れ穴といって、大昔に退治された高賀童子という牛鬼が隠れ潜んでいるらしい。だからその亀恩洞の近くで牛を飼い始めた羅堂真一の行為はとんでもないことだというのだった。
一方、村には保龍というよそ者が一軒家を買い取って暮らしコンミューンを作って何人かで協同生活していた。病気になって都会に居れなくなった人間が徐々に集まってきて、最初は小さな集団だったが、奇跡の泉の噂が広まると多くの人間が押しかけて施設は満杯の状態だった。
だが、羅堂真一が亀恩洞の公開を拒んでいるために、誰も奇跡の泉に入れず、保龍は亀恩洞を解放するよう羅堂に迫り2人は対立していた。
アセンズ建設関係者の石動も村内の家に住み込んでいて、亀恩洞の解放を羅堂に迫り、こちらも対立していたことは言うまでもない。
こんな状態のとき台風が暮枝を襲い、その台風が行き過ぎた翌朝、亀恩洞の前の木の枝に死体がぶら下がっていた。服や様子から羅堂哲史の死体と思われたが確認は出来なかった。なぜなら死体の首は見事に切り取られていたからだった。
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