玄い女神

1984年10月、ヒンドゥー教の聖地であるインドのヴァラナシ。スナックのマスター橋場亜希人が主催するW大学の学生を中心とする劇団の一行が、数日に渡り宿泊していた。
一行が泊っていたのはホテルや安宿ではなく、橋場が長期に借りていた建物。橋場は一行のはるか前にインドに入り、その建物を借り、冥想室なる部屋に篭って一日中何事かを思想していた。
そしてある夜、橋場はその冥想室の中で息絶えた。服をめくってみると肋骨を折るほどの衝撃が加えられているのがわかったが、死因は病死のようでもあった。冥想室のドアは下部に大きな隙間はあったが、閂はついていた。
一行はその夜、寝苦しさから屋上で酒を飲んで騒いでいたが、メンバーの一人吉村祥子が夜中に下りてきたときには冥想室に橋場の気配はあり、ドアには閂がかけられているらしく開かなかったという。
酔った吉村はドアにもたれて眠ってしまい、朝起こされてドアを開けたところ橋場が死んでいたという。そのとき不思議なことにドアには閂などかかっておらず、普通に開けられたという。
冥想室には窓もあったが、細かい鉄格子が入り人の手すら入れられない状態であり、もしドアに閂がかけられていたとするなら冥想室は密室状態であった。
いったいは橋場の死は事故なのか、自殺なのか、殺人なのか。殺人の可能性が最も高かったが、そうすると密室殺人なのか、祥子が勘違いをしているか嘘をついているのか…
なれない地での出来事に一行のとった行動は、建物の持ち主と謀り、その持ち主が警察幹部と懇意なのを利用して、賄賂を使って自然死として処理することだった。
そして橋場は現地で病死として荼毘に付され、一行は無事に日本に戻った。その劇団には当時高校生だった桜井京介のいたが、京介は家の許しが出ずにインドに行かず、その一行の中には入っていなかった。

10年後、当時のメンバーの一人で唯一学生ではなかった狩野都からメンバーに招待状が舞い込んだ。
狩野は群馬の山奥にあった明治時代の洋館を買い取り、大幅に手を入れて擬洋風建築のホテル恒河館に改装したという。今回、当時の劇団のメンバーを招きオープニングパーティーをするというのだ。
桜井京介にも招待状が来たが、京介は都からこの機会に10年前の橋場の死の真相を探ってくれるように裏で依頼を受けた。京介は助手の蒼とともに山奥のホテルに向かった。
最初は懐かしさで和気藹々の気味だったが、最初のディナーの後に余興と称して都が橋場の死んだ部屋の模様を再現したときから場の空気は一変した。そして都は一行の見えるところで自ら命を絶った。
その翌日、台風によってホテルからの道は崖崩れで閉ざされ、一行は恒河館に閉じ込められた。

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