神々の殺人

警察庁刑事局捜査第一課に、「名探偵・弥生原公彦君へ」宛てた脅迫状が送られてきた。その脅迫状は数々の難事件を解決し、名探偵とうたわれる弥生原に対して、犯罪も未然に防げず、犠牲者が数多く出るまで何の推理も示さない迷探偵と揶揄し、国辱の記念日に国賊を一人づつ殺していくことを宣言していた。
そして最初の場所は「アマテラスオオミカミがお生まれになった場所で起きると述べ、最後に「警告・記紀編纂の真の目的は?とあった。差出人は稗田阿礼こと、もと捜査員よりと記されていた。
この脅迫状を持って弥生原のもとを訪れたのは、警察庁刑事局捜査第一課特別捜査室首席捜査官神城聖武警視鑑と次席捜査官の寺谷真一警視長の2人。
さらに2人の口からは、脅迫状の通りの事件が起きたという、驚くべき事実が告げられた。事件が起きたのは9月2日、東京湾上の米戦艦ミズーリ号上で、大日本帝国の降伏文書調印式が行われた日だ。
殺されたのは明慶徹という人権派の大物弁護士であった。明慶徹は少年事件専門で、犯罪青少年の保護育成に生涯をささげ、少年法の改正には絶対反対の立場を取り、少年法改正審議会委員も務めていた。
死体が発見されたのは福岡市の姪浜海岸で、死体は海に向かって正座させられていたが、首は切り離され脇に置かれていた。死体の腹部は鋭利な刃物で切り裂かれ、腸の一部が引きずり出されていた。
死因は、右頭部への鈍器による一撃で、頭蓋骨が陥没しており即死と思われた。死体の右手には大型の登山ナイフが握らされており、そのナイフは被害者の腹を割いたものであった。

死体の口には大矢孝弘著の「少年犯罪」と題する本が押し込まれていた。「少年犯罪」は少年法改正について、積極的に賛成した内容の本であった。つまり被害者とは180度考え方の違う内容の書籍であった。
さらに死体の傍らには小型の国語辞典が一冊置かれていたし、死体のスラックスのポケットからは「もっとも怖ろしい密林の河。鰐がおり、ピラニアがおり、敵の部落からは毒矢が飛んで来る。この河と書物の河は正面衝突する」という意味不明なワープロ打ちの文書が発見された。
日本が連合国に正式に降伏した日に、人権派の大物弁護士が殺されるという、まさに脅迫状の通りの事件が起きたのだった。
さらに警察が注目しているのは脅迫状の署名であった。稗田阿礼は古事記の編纂者のひとりとされる人物であったが、その名を借りたもと捜査員、つまり犯人は警察関係者の一人であると堂々と名乗っているのだ。
退職したとはいえ、警察関係者が人権派弁護士を殺したというのは大問題であり、これが世間に知れれば警察は大きな批判にさらされることは間違いない。
福岡県警だけではなく警察庁も事件解決のために捜査に加わることになり、神城主席と寺谷次席を福岡の捜査本部に派遣することになった。
さらに神城らは脅迫状の宛先であり、名探偵の名も高い弥生原にも協力を要請してきたのだった。

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