帝銀寺の殺人

昭和23年1月26日、東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店で起きた帝銀事件とは、閉店直後の銀行に東京都の衛生職員を騙る男が現れて、伝染病の予防薬と称して職員に毒薬を飲ませて、現金を奪った強盗殺人事件である。
当時、支店内にいた全員が被害者となり、死者12名、重症者4名という惨劇であったが、毒薬の種類や犯人の行動などに謎の多い事件であった。
やがてテンペラ画家の平沢貞通が逮捕起訴され、死刑が確定した。平沢死刑囚は冤罪を主張して、何度も再審請求を出すがいずれも却下された。しかし一方で、判決確定後も死刑は執行されず、歴代法務大臣も死刑判決に疑問を持っている証ではないかとも言われた。

三流探偵小説家の築島龍一と名探偵弥生原公彦は、角川春樹事務所の取締役書籍編集部長原田智子から、帝銀事件の真犯人がわかったと知らされる。
帝銀事件を研究している、今年86歳になる篠田秀幸という老人からの手紙によれば、篠田老人は帝銀事件の研究に半生を費やし、このたびやっと真犯人にたどり着いた。
その真犯人は元歯医者で、その真犯人の隠棲地である岡山県真部村に移り住み、今現在もその真犯人を監視しているというのだった。
しかもつい先ごろ、篠田の協力者であり探偵事務所の探偵であった芹内加奈子という女性が、その村の神社の境内で原因不明の心不全で死んでいるのが見つかったという。
芹内加奈子は死去する前日の夜に篠田秀幸に電話を入れ、「ついに真犯人の決定的証拠を手に入れた。これも横溝正史さんのお陰です。」という意味の言葉を伝えたという。
この話に、かねてから冤罪事件に興味を持っている弥生原公彦は俄然深い関心を示した。弥生原も帝銀事件をある程度研究し、平沢貞通は冤罪であると結論していたのだった。

弥生原と築島は原田女子とともに篠田秀幸に会いに岡山に向った。岡山では帝銀事件研究会の大学教授加藤典明、同じく笠松寛弁護士、笠松の妻の千晶弁護士、椿美禰子女史、合同通信記者の安永周一らと合流し、篠田秀幸の話を聞く事になった。
岡山で篠田秀幸の話を聞き、その研究の奥の深さに一同は感銘したのであったが、芹内加奈子に続く次の犠牲者が生まれていた。
篠田が指摘した真犯人の元歯医者南部博は愛人の松田春とともに心中死体となって見つかった。2人は吉井川に入水自殺したらしいが、南部の顔は硫酸で焼かれ見分けがつかぬほどだった。
2人の死体を確認した南部家の使用人久野恒美は事件の数日後から行方がわからなくなり、さらに南部の家からは外人記者の死体が見つかったという。
終戦直後の帝銀事件は、半世紀あまりを経て、新たな事件を巻き起こしはじめた。芹内加奈子の死は連続殺人の序曲に過ぎなかったのだった…
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