法隆寺の殺人

奈良国際文化大学の大川英樹教授が主催する古代王朝研究会は、聖徳太子非在説や法隆寺怨霊寺説などを唱える、世間からは少数派と見なされるメンバーで構成されていた。
顧問に洛北大学の佐々正利教授が座るほか、洛北大助教授の油谷恵子、龍国女子大講師の戸沢道子、ミステリ作家でもある奈良国際文化大学講師岩尾久美子、奈良国際文化大学研究生守矢伸一郎、奈良国際文化大学非常勤講師山田信二、法隆寺高校教諭諏訪三郎、研究会オーナーで斑鳩町自治会長小松哲夫らがそのメンバーであった。

奈良の明日香村にある橘寺の境内で大川教授の死体が見つかったのは、平成8年3月25日の夕方5時過ぎのことだった。
教授の死亡推定時刻は午後4時20分ごろ、死因はコーラに混入されたトリカブトの毒によるものだった。寺男が教授が4時ごろに中肉中背の男と境内を歩いていたのを目撃している。
実はこの事件より先に古代王朝研究会員で、奈良国際文化大学研究生の守矢伸一郎が失踪していた。守矢はセクハラ事件を起したうえ、注意した大川教授を逆恨みし、鬱状態になったあげくに2月に失踪していた。
当初は守矢が犯人と考えられたが、警察は3月30日に至って、やはり古代王朝研究会に所属する法隆寺高校教諭諏訪三郎を逮捕した。
諏訪は高校教師の職に飽きたらずに、奈良国際文化大学講師となることを望んで大川教授に口利きを頼んでいたが、岩尾が先んじて講師に採用されたことで、表面上はともかく心の中では大川教授を恨んでいたと考えられた。
さらに自宅では古代における毒殺研究の一環としてトリカブトを栽培し、事件当日のアリバイも曖昧であり、そして何より諏訪の所持品であるライターが現場に落ちていたことから警察は諏訪を容疑者とした。
だが諏訪は古代史研究を通じて知り合った岡山の弁護士田村典子に弁護を頼み、田村はその知人の名探偵弥生原公彦の応援を得て、勾留延長すら許さずに、証拠不十分で不起訴釈放を勝ち取ってしまう。
ライターは事件の前に紛失したものであったし、何よりも諏訪は当日の4時半に斑鳩町の自宅で山田信二からの電話を受けたというアリバイが成立したのだ。
電話は山田によって架けられたもので、NTTの通話記録からも明らかであり、橘寺から諏訪の自宅までは鉄道で1時間近くかかる。
運転免許もない諏訪は移動手段として鉄道によるしかなく、アリバイを調査しなかった捜査当局の失態であった。

これによって事件は振り出しに戻り、捜査当局は守矢を追い始めたが、その足どりは、まったくつかめなかった。それから4ヵ月後、再び古代王朝研究会を巡る事件が起きた。
古代王朝研究会では主催者は殺され、失踪した人物は殺人容疑をかけられて行方を追われるなど、その暗い雰囲気を吹き飛ばすべく、メンバーの岩尾久美子の尽力で人気作家による講演会が企画された。
大阪のホテルに真説の日本史シリーズで有名な歴史ミステリ作家摂津和彦を招いてディナーつき講演会を催したのだった。
ところが、その席で再び毒殺事件が起きた。被害者は摂津和彦その人で、深夜部屋の中でトリカブトの毒で死んでいるのが見つかった。
発見者はボーイで、ルームサービスの軽食を持ってきたところ、部屋の中から聖徳太子の扮装をした男が飛び出してきて突き倒されて昏倒、一時は失神したが起き直って部屋の中を見たところ摂津の死体があったという。
部屋にあった風邪薬のビンの中から毒入りのカプセル錠が発見され、摂津は犯人によって風邪薬に混ぜられた毒入りカプセルを飲んで死んだものとされた。
犯人はおそらく聖徳太子の扮装をした男、そしてそれは守矢が変装したものと考えられた…
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