人形村の殺人

昭和38年、岡山県笹山町で起きた女子高生誘拐殺人事件、いわゆる笹山事件の再調査を依頼された精神科医で名探偵としても有名な弥生原公彦はミステリ作家の端くれである築島龍一とともに岡山県笹山町に向う。
笹山事件とは雨の日の夕刻、高校から下校途中の女子高生法眼和江が誘拐され、夕刻法眼家に身代金20万円を要求する脅迫状が届けられる。
身代金は法眼家の女性に持たせ、深夜12時に雑貨屋浅野屋の前で待てとの指示だった。事件は直ちに警察に通報され、贋の札束を持った和江の姉の法眼睦子が浅野屋の前に立つ。
犯人は睦子に接触してきたが、付近に警官がいるとして身代金は取らずに逃げ、警察は犯人の確保にも失敗、和江は殺されて農道に埋められているのを3日後に発見された。
警察の捜査や各種の目撃情報などから小沢良幸なる町内の男が逮捕された。小沢は最初犯行を否認したが、やがて和江の誘拐と殺害を全て1人でやったと自供を始めた。
小沢は起訴されて裁判にかけられ、一審の岡山地裁では全面的に罪を認め死刑判決を受けた。小沢は控訴し、二審の大阪高裁では事件への関与を全面否認した。
小沢は家庭の事情から小学校にも満足に通えないほどで、自供すれば10年ほどで刑務所を出れるし、窃盗などほかの罪も帳消しになると警察に騙されて自供したものだと主張した。しかし高裁判決は一審を支持して死刑判決は変わらず、最高裁にも上告したが退けられた。
この事件は小沢が被差別部落出身であり、証拠を捏造して小沢をスケープゴードにした冤罪事件だとして弁護団が結成され、小沢の再審請求を繰り返した。
それがこのたび認められ小沢の再審が決定、その再調査を弁護団から弥生原公彦に要請してきたというわけであった。

弥生原公彦は弁護団とともに再調査を開始しるが、その過程で笹山事件の関係者が3人も不審な死を遂げているのことを重視する。
小沢逮捕後に法眼家の作男青木周蔵が井戸に飛び込んで死亡、次に身代金を持って浅野屋の前にいた睦子が服毒死、さらに睦子の夫の達夫が踏切で列車に轢かれて死んだ。
そして弥生原たちが再調査を始めると、再び笹山事件の関係者が殺された。今度は和江の兄の法眼英雄がやはり踏切で列車に轢き殺されたのだ。
さらに和江の叔父の法眼真介が何者かに日本刀で刺し殺された。真介は陰陽道に凝っていて、神社の神殿に一人でこもっているところを殺されたのだった。
真介が殺されたとき、神社の神殿の周囲には雪が降り積もっていたが、そこには足跡一つなく現場は俗にいう雪の密室であった。
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