セント・ニコラスのダイヤモンドの靴

昭和57年の秋、横浜の御手洗潔の事務所に東京から高沢秀子という女性が訪ねてきた。高沢はクリスチャンで、東京神田の教会で毎年恒例のバザーを行ったあとに所要で横浜に来、そのあとで御手洗のもとを訪問したのだった。
高沢の話はとりとめもなかったが、今日のバザーの時に親友の折野郁恵が倒れて救急車で病院に運ばれたのだという。それも午後3時30分すぎに天候が急変して雨が降り出したのを見て卒倒したのだった。
郁恵はそれまでは元気だったのに、雨を見たとたんに顔色が変わり倒れたのだった。教会には郁恵の息子の武雄夫妻もいたが、武雄夫妻は郁恵に付き添って病院へ行くわけでもなく、夫婦で奇妙な行動に出たらしい。
武雄夫婦はスコップを持ち出して近所の人に何かを尋ねた挙句に、今度はスコップで歩道の花壇を掘り始めたらしいのだ。なぜそんな行動をとったかはわからない。
わからないが高沢秀子の話から推測すると、武雄夫妻は折野家に代々伝わるセント・ニコラスの靴というダイアモンドをちりばめた靴のミニチュアを埋めたらしいのだ。
折野家は先祖に榎本武揚をもち、武揚がロシアに外交使節として行った際に、時のロシア皇帝エカテリーナ2世にもらったものだという。その靴は郁恵の所有であった。
武雄はわかいころからギャンブルに走り多くの借金があり、経営する印刷会社も倒産寸前であった。郁恵はそんな武雄に愛想をつかし、セント・ニコラスの靴を孫娘の美紀に譲るつもりであった。
これらの話を聞いた御手洗は、大事件が起きているという。そこで助手の石岡和己や高沢秀子とともに折野家へ向かった。途中で警視庁の竹越警部も呼び出した。御手洗がいうには、美紀は間違いなく誘拐され監禁されているというのだ。
ところが折野家の玄関を開けてくれたのは、ほかならぬ美紀であった。そこに武雄たちも帰ってきて美紀が誘拐された事実はないという。さらに教会での行為も、セント・ニコラスの靴もまったく覚えていないし、知らないのだという…
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