漱石と倫敦ミイラ殺人事件

20世紀最後の年、ロンドンに留学した夏目漱石は下宿先で幽霊に悩まされた。夜のなるとすすり泣きがしたり、それがエスカレートしてくるとはっきりと出て行けという声が聞こえてくる。
最初のうちは耐えていたが次第に気味が悪くなり下宿を変わった。しかし同じであった。やはり幽霊が出てくるのだ。漱石が師事しているクレイグ先生に相談すると、先生は同じベーカー街に住むシャーロック・ホームズという名探偵を紹介してくれた。
シャーロック・ホームズはロンドン中の人が知る著名な名探偵だというが、その実は麻薬に冒され奇矯な行動も目立つという。それを聞いて気が進まなかったのだが、料金はタダだというので漱石は思い切ってホームズを訪ねた。
そのホームズは聞きしに勝る変わりものであり、漱石との会見中もいきなりピストルを取り出して天井に向けて撃ったりしたが、その都度同居するワトソン医師がなだめ落ち着かせていた。
ホームズは漱石の話を聞くと「もう今夜から幽霊などでないでしょう」と気のない調子で言い、それを聞いた漱石はがっかりした様子でホームズのもとを去った。

入れ替わるようにホームズのところには次の依頼人がやってきた。メアリイ・リンキイという名の金持ちの未亡人であった。リンキイ夫人は夫に死に別れると同時に莫大な財産を相続したのを機に、幼いころに生き別れになった弟のキングスレイを探し出すことにした。
人探しを専門の職業にする男に頼むと、その男はスコットランドの雪原の中の一軒家に住むキングスレイを探し出してきた。
父の形見であり、弟である証拠ともなるリンキイ夫人とお揃いのロケット、それも特徴ある傷の付いたものも持っており、夫人は弟に違いないと判断し、姉弟は同居することになった。
キングスレイはかつて中国にいたことがあり、そのときに買い求めた日本の甲冑や中国の長行李など東洋の骨董品を持っていて、それらとともにリンキイ夫人の屋敷に移ってきた。
キングスレイは骨董品に触ることだけは誰にも許さなかったが、リンキイ夫人はキングスレイが特に大事にしている長行李に何が入っているのだろうと、好奇心から中をのぞいてしまった。
その現場を見たキングスレイは烈火のごとく怒り、それ以来部屋に閉じこもって食事もせず、真冬だというのに暖房も一切付けずに、一心不乱に祈りをささげた。キングスレイの体は日に日に衰弱していった。

心配したリンキイ夫人に衰弱したキングスレイが語ったところによると、長行李には呪いを封じ込めた秘仏が入っており、それを開けると封じ込められた呪いが解き放たれるというのだ。
キングスレイはその呪いが効果を持たないように祈りをささげ続け、火も焚かないようにしているのだった。だがキングスレイの衰弱も限界に近く、リンキイ夫人はホームズに相談に来たというわけだった。
ホームズはその話を聞いても行動を起こさず、リンキイ夫人は帰って行ったが、数日後にキングスレイが死んだと連絡が入った。しかも尋常ならざる状態での死であった。
キングスレイは内側からドアと窓に釘を打ちつけた密室の中で、ミイラとなってベッドに横たわって死んでいたのだ。その数時間前にリンキイ夫人と執事が廊下の窓越しに部屋中に釘を打ちつけるキングスレイを見ていた。
部屋の中にはキングスレイひとりしかいなかった。その数時間後キングスレイの部屋から火が出たので、リンキイ夫人と執事がドアを破って消火し、ふとベッドを見るとミイラ化した死体があったのだった。これがキングスレイが恐れていた中国の呪いなのだろうか…
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