幽体離脱殺人事件

伊勢の二見浦にある夫婦岩は、海中に突き出した男岩と女岩の間に注連縄が張られ、初日の出をバックにしたその姿は全国的に有名であった。
その注連縄に中年の男の首吊死体がぶら下がっていた。男は持っていた免許証から坂上秋男とわかったが、そのほかに東京の泥酔者保護所の電話番号を記したメモと京都の三流証券会社の課長小瀬川杜夫の名刺を持っていた。
坂上は頭を強打されて殺され、その後で海に投げ込まれて、潮の関係で注連縄に絡まったと考えられた。三重県警から連絡を受けた警視庁の吉敷は坂上が小瀬川の名刺を持っていたことを聞いて驚いた。
吉敷自身も小瀬川と有楽町の小さな飲み屋で隣同士になり、たわいのない会話をして小瀬川の名刺をもらっていたのだった。
吉敷は泥酔者保護所に行くが、そこで坂上は浮浪者同然の生活をしていて、保護所の常連だったことを知る。さらに坂上と同じ日に小瀬川も保護所に厄介になっていたことが判明した。それは吉敷が小瀬川と出合った翌日であった。
坂上と小瀬川の接点は何なのだろうか…

小瀬川は小心で妻陽子からは馬鹿にされ毎晩のように泥酔して帰宅していた。陽子は、亭主運の悪さを嘆き貧乏生活を嘆いてもいた。そのことは吉敷も飲み屋の会話で知っていた。
陽子は近所とのトラブルもあってノイローゼになり、東京にいる友人森岡輝子に電話しては夫杜夫のことを嘆き、貧乏を卑下し、そして輝子をうらやましがった。
ノイローゼは徐々に酷くなり、最近ではかなりひどい鬱病に罹っているようであった。輝子は陽子とは幼馴染であり、故郷大分では小学校から高校まで、さらに京都の大学でも同級であった。
陽子は輝子を頼りにし、輝子も陽子の電話での相談に付き合っていた。だが、それはお互いに表面上の付き合いに過ぎなかった。
陽子も輝子も学生時代から相手をライバル視し、陽子に言わせれば輝子は常に自分を睥睨していたし、輝子に言わせれば陽子は常に自分の邪魔をしていた。
その輝子のもとに陽子から切迫した様子の電話が掛かってきた。寝込んで動けず助けて欲しいと言うのだ。さらに苦しそうに家に来てくれと訴えた。
輝子は電話を受けて陽子の家に向うべく家を出たが、それは地獄の旅の始まりだった。
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