出雲伝説7/8の殺人

山陰地方を走るローカル線の車内からバラバラにされた若い女性の死体が相次いで見つかった。
境線大篠津駅、倉吉線山守駅、若桜線若桜駅、大社線大社駅などに着いた列車の網棚に載せられた紙袋の中から、ビニール袋に入れられた右大腿部や左腕など女性の死体の各部位が1つづつ出てきたのだ。
それらはゴミ出用のビニール袋に厳重に包まれ、新聞紙で覆われてビニールコーティングされた紙袋に入れられていた。
山陰地方からは両脛部、両大腿部、両手の6つが見つかり、胴体は大阪に着いた急行但馬2号の網棚からバックに入れられた状態で見つかった。
但馬2号はこの日の早朝鳥取駅を始発で出て大阪に着いたもので、胴体の積み込みが鳥取で行われたとすれば、山陰がらみとも言えた。
そして紙袋でなかったのは、胴体が紙袋に入れるには大きすぎるのが理由と考えられた。それともう一つ違っていたのは、胴体の入っていたバックの中から小麦と大豆が数粒入っていたことだった。
警視庁の吉敷刑事は故郷倉敷に休暇で戻り、その帰路旧友の鳥取県警の石田刑事を訪ねるべく鳥取に入り、そこで事件を知った。

石田刑事はバラバラ事件の捜査本部に配属されていて、吉敷にも協力を依頼してきた。ただ首が見つかっていないので、若い女というだけで被害者の特定ができない。
摂り合えず吉敷は、なぜ犯人が死体をバラバラにして列車の網棚に載せるようなことをしたのかから考えることにした。そして死体の各部位が見つかった列車の関係で、犯人は寝台特急出雲1号に乗車して、鳥取、倉吉、米子、出雲市と停車駅ごとに接続する列車の網棚に死体を置いていった可能性に思い至る。
その線で捜査すると、事実出雲1号の個室寝台に怪しい男と女が乗車していた。男はいかにも変装臭く、女はベッドに真っ青な顔で寝ていて、女の切符も隣室の男が示したという。
犯人は出雲1号の個室に乗車していた不審な男で決まりとなったころ、一通の匿名の手紙が警察に舞い込む。その手紙によると被害者はK学院大学の歴史民族学教室の助手青木恭子であるという。
吉敷はさっそくK学院大学に行くと青木恭子は行方不明であることがわかった。しかし顔以外の恭子の特徴は誰も知らなかった。だが吉敷の直感は被害者は青木恭子であると告げる。
そして恭子に反感を抱く助手野村操の存在が浮かび上がる。さらに操のアリバイを調べると、出雲1号の15分前に東京を出る寝台特急富士に乗車していたというのだ…
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