占星術殺人事件

御手洗潔が解き明かすのは40年前、昭和11年に起きた「梅沢家・占星術殺人」と呼ばれる事件。
昭和11年2月26日、二・二六事件の朝、雪が深く積もった東京目黒の梅沢家で、当主で画家の梅沢平吉の他殺死体が見つかった。死体は平吉がアトリエとして使っていた離れにあった。
前日からモデルを使って絵を描いていたらしくイーゼルにはデッサン途中の絵が掛っていた。アトリエからは木戸に向かって続くのは二組の足跡、一つは女の靴、もう一つは男の靴で男の靴が女の後からつけられたのは明らかであった。
そのほかには発見者の足跡が母屋からアトリエに向かっていただけであった。アトリエの入口には中から錠がかけられていた。
犯人は雪の降っているうちにアトリエに入り、そこで平吉を殺害し、雪が降り止んでから密室にして木戸から出て行ったと推定された。
しかし捜査は停滞、犯人は皆目見当がつかなかった。そして現場からは平吉の書いた手記が見つかり、それにはアゾートと呼ぶ幻想が書かれていた。
アゾートとは理想の肉体で、女性の体を頭部、胸部、腹部、腰部、大腿部、下足部の6つに分け、それぞれ占星術によって支配され強められた理想のものを6人の女性から得て、完璧な肉体を作ると言うものであった。
その平吉の家族構成はかなり複雑であったが、平吉の家には自身の娘や後妻の連れ子、同居している弟夫妻の娘など6人の娘が生活し、ほかに後妻の連れ子の長女が離れて暮らしていた。
一ヵ月後、一人離れて暮らしていた後妻の長女一枝が郊外の上野毛の家で殺された。死体には暴行の跡があり、物取りに殺されたと考えられた。

そして今度は梅沢家で生活するの6人の娘が、静養に行った新潟県弥彦からの帰途行方がわからなくなった。
この6人はその後日本中の鉱山から死体となって見つかった。死体は一づつ油紙に包まれ、あるものは深く、あるものは浅く埋められ、また最初に発見されたものは埋められずに放り出してあった。
捨てられていたのも秋田、岩手、宮城、群馬、奈良、兵庫と散らばっていた。もっとも埋められていた深さの関係から死体は1年近くかかって順々に見つかったのであり、最後のほうの死体は白骨化していた。
この全国に散らばる鉱山も、平吉のメモによる星と錬金術の関係によって決められていたようだった。そしてこの6つ遺体は、それぞれ頭部、胸部、腹部、腰部、大腿部、下足部が切り取られていて、平吉の手記によるアゾートの作成に使われたらしかった。
するとアゾートの作成を目論んだ平吉が死んだ後、誰かがその遺志を継いだことになるのだが…
猟奇的なこの事件は話題を呼び、センセーションを巻き起こし、戦後も数多くのマニアが謎を追ったが未だに未解決であった。御手洗はその謎を解けるのだろうか…

占星術殺人事件は、昭和55年に第26回江戸川乱歩賞の候補になった作品で、翌昭和56年に講談社より出版されました。
衝撃的な作品で、雰囲気といいトリックといい、最高の作品だと思います。もっともけっこう無駄な部分もあるにはありますが、それも全体のすばらしさの前には許される範囲でしょう。
当時から今に至るまで批判も多く出ているようですが、よくも悪しくも日本推理小説界を大きく転換させることになった1冊であることは間違いありません。
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