僕の殺人

1990年発表の太田忠司のデビュー作。
山本祐司が5歳の時に、信州の別荘で事件があった。そのとき別荘では、母親で作家であった中沢祥子は首を吊って自殺、父親の山本雄一郎は階段から転落し、意識不明の重態になった。
父親は救急車で運ばれたが、以後意識は回復せずに植物人間状態になり、祐司が中学3年になった今でも病院のベッドで意識不明のまま寝たきりであった。
別荘での事件を発見したのは、祐司の叔父で雄一郎の弟の真二郎だった。夕方、真二郎が別荘に行くと雄一郎が階段の下に倒れており、祥子の部屋には鍵がかかって入れなかった。
そして別荘内には祐司が一人で惚けたような表情をしていただけだった。警察が呼ばれ、祥子の部屋が強引に開けられると、そこには祥子の首吊死体が下がっていた。
警察では、祥子と雄一郎の間がしっくり行っていなかったことなどから、二人が喧嘩をして祥子が雄一郎を階段から突き落とし、その後自分で首を吊って死んだと考えた。
この事件では、その全てを目撃したと考えられる当時5歳の祐司は、事件のショックから記憶がなくなっていた。関係者は祥子が死亡、雄一郎は意識不明、祐司は記憶喪失と誰一人として事件を語れるものはいなかった。

事件後、記憶がなくなった祐司は、叔父の真二郎のもとに引き取られて、真二郎の家で養育された。真二郎のところには祐司と同じ年の従兄妹泉がいて、二人は仲がよかった。
だが祐司の記憶は戻らず、やがて祐司も泉も中学3年になった。その年に祐司の前に髭面の小林と名乗る男が現れた。小林はフリーのルポライターで、中沢祥子の死を調べているといった。
そして祐司に事件の調査に協力して欲しいと言ってきたのだ。小林は10年前の祥子の自殺に疑問を抱いているようだった。つまり祥子の死は自殺に見せかけた殺人だと言うのだ。
最初は小林を忌避していた祐司だが、だんだんと小林に引き込まれ、一緒に調査をすることにした。ところが…
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