七度狐

季刊落語の編集部員間宮緑は、編集長牧大路からの電話で急遽静岡県の山奥にある杵槌村に出張を命ぜられた。この村に残る唯一の温泉旅館御前館で、上方落語の春華亭古秋一門会が行われるというのだ。
春華亭古秋は当代で六代目になるが、この一門は初代以来歌舞伎同様に世襲制が取られてきた。後継は当代の古秋に一任されるが、当代の古秋は必ず後継の古秋を指名することになっていた。
今回、杵槌村で開かれる一門会は七代目古秋の指名を兼ねているのだった。これは落語界の一大事であった。後継候補は当代古秋の3人の息子、長男古市、二男古春、三男古吉であった。
杵槌村というのは舗装もされていない道をバスで長時間揺られて到着する過疎の村であった。古くは温泉で賑ったというが、温泉があちこちに出てからは交通不便なこの地は見向きもされず、村人達は次々に村を捨てて、現在ではほんの一握りの人達が住むだけになってしまった。
唯一の温泉旅館御前館も客がほとんど無く、古秋一門会が終わると閉館する予定であった。こんな辺鄙な場所でなぜ古秋が一門会を開くかというと、この村が古秋一門にとって曰くのある場所だからであった。
45年前にこの村の公民館で、湯治に来ていた五代目の古秋が口演会を開き、その夜に失踪してしまったのだ。人気落語家の失踪は大ニュースになったが、行方も動機も不明だった。
六代目の古秋はそのために五代目が指名できず、五代目の弟が襲名し世襲は守った。それから45年、六代目は名人の名を恣にし、今七代目を指名しようとしているのだった。

七代目指名を兼ねた一門会は、ごく閉鎖的な会として行なわれる予定だった。御前館の主人御前良吉と昌江夫妻、先代主人の御前竜三、古秋の預り弟子の夢風とその父の亀山六蔵、古秋の長女瞳子、それに牧と緑、それが客に予定されていた。
牧は別の落語会の為に北海道におり、一門会の直前に村に入る予定だった。だから当面は緑一人が古秋一門に対することになっていた。
御前館では古吉、古春、古市の3兄弟が互いをライバル視して稽古に励んでいた。そして明日は一門会という日の夕方、特別に通し稽古が公開された。古吉の「親子茶屋」、古春の「高倉狐」、古市の「天神山」といずれもそれぞれの個性が際立った見事なものだった。
だが、そのころから雲行きが怪しくなり、やがて滝のような豪雨になった。雨の為に村中が水浸しになり、道は土砂崩れで通行止めとなり、村は吹雪の山荘状態になった。
そしてお約束のように連続殺人事件が起きた。古春が全裸で水に浸かった田圃の中で殺されているのが見付かり、さらに古吉が御前館の離れの中で殺されているのが見付かった。
北海道から来る予定の牧は天候の悪化と通行止めで到着できず、おまけに村の巡査は頼りない若者。緑は夢風と協力して事件を調べ、古春と古吉の死が落語「七度狐」の見立てであることに思い至る。

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