三人目の幽霊

落語専門誌「季刊落語」のベテラン編集長牧大路と唯一の部員間宮緑が寄席や落語がらみの事件を追う。

三人目の幽霊
月島の寄席如月亭で将来を期待される若手真打鈴の家米治が、高座の上で酒を飲まされ落語をめちゃくちゃにされる事件が起きた。落語家の中には高座で白湯を飲む人がいるが、米治の場合は演出上必要だったのだ。
ところが湯呑の中は白湯ではなく、何者かが酒とすり替えたのだ。米治も気づいたが、演出上飲まないわけにはいかず一気に飲んだ。酒を飲めない体質だったからたまらず、高座でひっくり返ってしまったのだ。
翌日、今度は米治のライバルでやはり将来を期待される若手真打松の家万蔵が高座で恥をかかされた。万蔵のは絶句癖があり、手拭いにカンニング用の書き込みをしていたのだが、その手拭いがすり替えられていたのだ。
それに気づいた万蔵は焦って絶句してしまい高座を途中で投げ出した。米治の師匠梅治と万蔵の師匠葉光はともに落語界の重鎮であり、ライバルであり、相手を意識して切磋琢磨してきた。
しかし2人の仲の悪さは有名で、それは一門、弟子にまで及びお互いに相手を仇敵視するほどだった。今度の米治、万蔵の事件もお互いに相手の一門が嫌がらせをしたのでは疑心暗鬼になった。
そして、その翌日には長年の不仲の関係であった梅治、葉光の両一門が如月亭で二門会を開き手打ちをすることになっていた。当日の高座で何かが起らなければいいが、と心配した関係者は季刊落語編集長の牧大路に相談をしたのだが…

不機嫌なソムリエ
季刊落語の唯一の編集部員間宮緑が友人の野島恭子の勤めるホテルのワインバー「クラッセ」で、恭子やソムリエの篠崎と話をしながらワインを飲んでいた。
ふと思い出しように恭子が一枚の写真を取り出し、篠崎に見せる。写真には穂高という家族が写っていたが、その父親は1本のワインを持っていた。そのワインは幻ともいわれるシャトー・ムートン・ロートシルトの75年もの。
穂高の娘が結婚するので、一家での最後の食事会を明日ホテル内のレストランで予定しており、そのときにそのワインを開けるのだという。
その写真を見ていた篠崎だったが、突然目を剥くと不機嫌になり店を出て行ってしまった。翌日、篠崎も恭子も公休であったが、2人はホテルで待ち合わせてワイン専門店のセラーを見学することにしていた。
ところがその途中で篠崎が消えてしまったというのだ。しかも篠崎はホテルに辞表を提出していた。篠崎を尊敬する恭子はうろたえ、緑に相談してきたが…

三鶯荘奇談
夏の一日、間宮緑は三鶯亭菊太郎のひとり息子正人とともに大井川の上流の山中にある別荘三鶯荘にいた。
三鶯荘は三鶯亭一門の総帥で名人ともいわれた三鶯亭菊司が建てたものだったが、菊司が亡くなり弟子の菊丸が相続していた。三鶯亭一門は夏には恒例となっている静岡から愛知にかけての夏巡業を行う。
今回は、そのメンバーに菊太郎が加わった。菊太郎の妻千津は交通事故にあって入院中で、その間ひとり息子の小学3年生の正人の面倒を、緑が見ることになったのだった。
三鶯荘には管理人の米倉直子が住み込んでいた。静岡の三鶯亭の後援会の会長の紹介だが、陰気な女性で緑は少し薄気味悪かった。一方、正人は朝から近所を探検と称しては歩き回り真っ黒に日焼けしていた。
事件は霧雨が降る陰気な夜に起きた。夜中の2時に女の叫び声で緑は目を覚ました。叫び声の主は廊下を走って玄関から飛び出していったようだ。勇を鼓して確認すると正人は無事だったが、直子の部屋はもぬけのから。
どうやら雨の降る夜に飛び出したのは直子らしい。緑は直子の息子の所に電話をかけて事情を話す。息子はすぐに駆け付けると答えたが、山中のことでもあり1時間半はかかるという。
なんとか1時間半を耐え、やがて米倉の息子がやって来た。米倉は事情を改めて聞き周辺を捜索しに行った。その間三鶯荘で怯える緑と正人。そこに牧編集長から電話がかかって来た。
正人の母親の容体が急変したというのだ。一方で緑も昨夜からの出来事を牧に話した。その話を聞いた牧は、米倉に気づかれないように正人を連れてすぐに逃げろという…

崩壊する喫茶店
間宮緑の祖母良恵はデパートの階段から落ちて視力を失ってしまった。良恵は絵を描くのが好きで、本人は素人の手慰みと謙遜するが、区の展覧会などでは必ず賞を取る実力があった。
視力を失っても良恵の気力は失われず、毎日のように杖をついて散歩に出ていた。どこからそんな気力が出てくるのかと、医者も驚くほどであった。それがある日からぱったりと外出をやめ、家に引きこもるようになった。
そして日がな一日、額に入った白紙を見えない眼で眺めているのだ。緑がいくら白紙だといっても良恵は信用せず、黙って見つめるばかり。良恵は白紙が何かの絵だと思っているようだ。
だが良恵はその絵を見ても何も感じないのだというのだ。良恵はついにおかしくなってしまったのだろうか。そんなときに家の近くで偶然に牧に出会った。牧は緑を喫茶店ペネロープに誘った。
そこで話題に出たのは、最近駅の反対側にあった喫茶店コロンポが店内改装と張り紙を出して突然店を閉めたことだった。
最初は改装している様子もあったが、最近はむなしくシャッターが閉められ、お化け屋敷のようになっているという。それから、ペネロープによく来ていた常連の老婦人がこのところ顔を見せないという話題に転じた。
聞くともなく聞いていると、その老婦人というのが良恵のことだとわかり緑はびっくり。緑は思い切って最近の良恵の様子を牧に話してみることにした。

患う時計
如月亭と築地亭で共催された三鶯亭菊丸・菊朝一門落語会。この寄席はビルの谷間にあるために狭く、1階は高座と客席、2階が楽屋だった。落語家は出番になると2階から狭い階段を降りてきて高座に向かう。
プログラムは進み菊朝の高座が終わり中入。喰いつきと呼ばれる中入り後の最初は一門のホープ華菊のはずだった。華菊は菊朝の実子であったが、菊朝は親子の情が出るのを嫌って自分の弟子にはせず、兄弟弟子の菊丸に預けていた。
今度の一門会で実績を認められれば、菊朝門下に移って将来は名跡菊朝を継ぐ、という噂も流れていた。ところが出番が入れ替わり、菊丸の一番弟子の菊馬が喰いつきにあがることになったのだが、階段から転げ落ちて病院に運ばれてしまった。
階段の上に誰かが濡れ雑巾を置いたらしい。それに滑って菊馬は落ちたのだ。幸いけがは軽く、翌日からの高座にも影響はなかったが、問題は誰を狙ったかということ。恐らく華菊の菊朝一門への復帰を妨害するために、華菊を狙ったものではないか…菊朝はそう考え牧に調べを頼んできた。
菊朝の恐れは翌日に現実化した。その日はテレビの収録があり華菊の高座がビデオ撮りされたのだが、誰かが時計に細工をして収録をめちゃくちゃにしてしまったのだ。明らかに華菊に対する妨害行為だった。


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