妖奇切断譜

「鬼流殺生祭」に続き、明詞(めいじ)時代初頭に起きた帝都を揺るがす大事件、それが「八つ裂き狐」による連続美女バラバラ殺人事件だった。
最初の死体は板橋にある笠原稲荷で見つかった。首、両腕、両脚を切断され右腕と右脚は欠けていた。死体は板橋宿で蕎麦屋を開いている夫婦の娘で名はお菊、板橋小町と異名をとるほど器量好しだった。
被害者が評判の器量好しであるうえに、持ち去られた腕と脚は見つからず、犯人が持ち去った理由も不明とあって、事件は市民を刺激して噂が噂を読んだ。
その矢先に二番目の事件が起きた。被害者は元川越藩士の娘でお咲。一家は幕府の崩壊で東京に出て、細々と古着屋を営んで何とか生活していた。その古着屋がなんとかやっていけるのは実はお咲のお陰だった。
お咲もお菊同様に評判の器量好しであった。だが、お咲はお菊と違って、武家の出であることを鼻にかけ高慢であり、店に出ても愛想笑いひとつするわけでもなかった。
だが、かえってその態度もまた魅力的に移ったらしく、その美貌に惚れこんだ男も少なくなかった。お咲の死体は高田馬場の宮坂稲荷という、地元の人でも知らないような小さな稲荷に棄てられていた。
お菊のときと同様に、その死体はバラバラにされ、両脚と左腕が現場から持ち去られていた。
連続した猟奇事件、しかも死体が棄てられたのは稲荷の境内、しかも被害者は評判の美女ということで、ますます事件は市民を刺激し、町では事件の噂で持ちきりであった。

公家の三男坊九条惟親のもとに、やはり公家の藤下実基のところから使いが来たのは、そんな時であった。
九条と実基とは一時期相当に親しい間柄だったのだが、その後ギクシャクした関係になり、現在は行き来はほとんど絶えていた。その実基から相談があると持ちかけられたのだった。
その相談とは実基の妹珠子のことであった。珠子によると、今評判になっている連続美女バラバラ事件は、今様三十六歌仙に描かれた女性を標的にしたものだという。
今様三十六歌仙とは浮世絵師春信の弟子春永が、江戸市中から36人の美女を選び絵にしたもので、江戸市中の評判となっていた。
お菊もお咲もその今様三十六歌仙、さらにその中でも極上六歌仙という選りすぐりの6人であるというのだ。そして珠子もまた、極上六歌仙の中の1人であった。
珠子は春永に絵を描かせたことを秘密にしていた。そんなことが知れれば、公家の家としてはたいへんの騒動になる。それを怖れ、三十六歌仙の中で唯一人、名前も明かされていなかった。
それが今度の事件で自分がいつ殺されるかも知れないと恐怖に慄き、公家の矜持や家の騒動などに構っておられず、三十六歌仙のことを打ち明けたのだった。
この話を聞いた兄の実基は驚き、何よりも可愛い妹珠子の命を守るべく、疎遠になっていた九条に助力を頼んだのだった。九条はさっそく行動を開始するが思うようには進まない。
そうこうするうちに三番目の犠牲者に珠子が選ばれてしまった。バラバラのされた珠子の両腕と両脚が富久町の榊稲荷で見つかったのだった。
首と胴体は現場から持ち去られていたが、腕と脚のほくろから、切断され遺棄された腕と脚は珠子のものに違いないと確認された。ここの八つ裂き狐と命名された殺人鬼は、帝都を恐怖に陥れたのであった。
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