頼子のために

1989年8月22日、西村頼子が死んだ。頼子が通う斉明女学院近くの公園で、扼殺された頼子の死体が、部活動で通りかかったバレー部員によって発見されたのだ。
この地区では変質者による暴行殺人が起き、さらに同じ変質者によるものと思われる暴行未遂事件も起きていたが犯人は捕まっておらず、警察では頼子の事件も一連の変質者による事件と位置付けて捜査が始まった。
しかし頼子の父親西村悠史は警察の捜査など信じなかった。頼子は暴行されていないばかりか、犯人に抵抗した形跡もなかった。顔見知りの人物による犯行と考えたほうがずっと自然だった。
悠史は頼子の部屋を捜索し、そこから産婦人科の診察券を見つけた。それをもとに頼子が妊娠4ヶ月だったことを突き止めた。警察にそのことを聞くと、渋々ながら頼子が妊娠してた事実を認めた。
このことで悠史はさらに警察不信を強め、独自に頼子の相手を探そうとした。頼子が仲が良かったというクラスメートに会って、昨年度の担任教師だった柊伸之が頼子の相手であると確信した。
復讐に燃える悠史は、伸之のマンションに行き頼子の相手であることを告白させると、持ってきたおもちゃの手錠で伸之の自由を奪った後にナイフで刺し殺してしまった。
そして家に戻って睡眠薬とアルコールを多量に摂取して自殺を図った。そばには頼子の死から伸之を殺し自分が自殺に至るまでの行動や思考をつづった手記を置いた。

ところが西村家に出入りする森村妙子により自殺を図った悠史が早めに発見され、悠史は一命を取り留めた。妙子は西村の妻で、交通事故で寝たきりになった童話作家の海絵の身の回りの世話をする女性だった。
その妙子が悠史の様子がおかしいことに気づき、西村家に戻って来て悠史を発見したのだ。救急車で病院に運ばれた悠史は命は助かったが意識不明の重体が続いた。
一方、悠史の残した手記は関係者に大きな波紋を投げかけた。頼子殺しの捜査をする警察は青くなり、お嬢様学校で知られる斉明女学院理事長水沢エリ子は頭を抱えた。
エリ子は衆議院議員の兄に電話入れ、兄は妹のためにブレーンに対策をたてさせた。その彼らが立てた対策というのが、事件の再調査を法月綸太郎に依頼することだった。
綸太郎が動いているとなれば事件は全然別な様相を帯びる可能性がある。その可能性が斉明女学院のスキャンダルをカモフラージュすることになると踏んだのだ。
再調査依頼は綸太郎の父親法月貞雄警視を通じて、有無を言わさない形で綸太郎に伝えられた。
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