一の悲劇

中堅広告代理店の専務の女婿で、社のエリートである山倉史朗の息子隆史と近所に住む富沢耕一の息子茂。2人は同じ小学校の1年生で、いつも一緒に学校に行っていた。
ある朝のこと、耕一の息子茂が誘拐されたが、誘拐犯は隆史と間違えて誘拐したらしかった。犯人は山倉家に電話をかけてきて身代金を要求したのだ。
実は茂は史朗と富沢の妻路子の間に出来た子供であった。7年前に史朗の妻和美が死産をしたときに、一時の迷いから史朗が路子と浮気をし、その結果生まれたのが茂であった。
だが、子供が出来ると史朗は路子のもとを去り、路子は耕一の子として茂を生んだのだった。もちろん、このことは2人だけの秘密であった。
誘拐事件を聞いた史朗は、身代金を用意した。やがて犯人は身代金を史朗一人が届けに来いと言ってきた。すでに警察には連絡が行き、警察は万全の体制を組んでいたが、史朗は尾行や盗聴を嫌い、単身犯人の指示通り車に乗った。
史朗は犯人の指示であちこち引き回された上、犯人の作戦に乗せられて警察への連絡をやめ、挙句の果に身代金の受け渡しに失敗し、結果として茂を殺されてしまう。警察も路子も史朗の独断と失敗を批難した。

しかし、事件はそんな単純なものではなかった。茂は身代金受取時間の数時間も前、まだ史朗が金を持って家を出る前にすでに死んでいることがわかった。
誘拐犯は身代金を取ろうが取るまいが茂を殺すつもりだったのだ。営利誘拐と思われていた事件は、殺人事件と様相を変えた。そして容疑者として浮んだのが史朗の義弟三浦靖史。
三浦は史朗の妻和美の妹次美の夫であった男だった。次美は一美と同じ頃に子供を生んだが、産後の後遺症で7年前に死亡していた。
その後、三浦一人で子供を育てるのは無理とわかり、その子供は史朗と和美夫婦のところに養子に出された。それが隆史であった。
三浦はやがて荒んだ生活を送るようになったが、子供を養子に出したことは後悔し、再三史朗たちに子供を返すように迫っていた。つまり誘拐事件は三浦が隆史を取り戻すために起こしたが、間違えて茂を誘拐したために、殺してしまったというのだった。
だが三浦にはアリバイがあった。誘拐事件の時には法月綸太郎と一緒に推理談義をしていたというのだ…
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