東尋坊マジック

1996年6月、日本アンタレス旅行社の水乃サトルとその部下美並由加理は、サトルの提案した企画の下見で福井県の東尋坊に来ていた。そこで2人は殺人事件を目撃した。
東尋坊の岩場にの上で、ソフト帽にトレンチコートを着た男が毛糸の帽子をかぶり、サングラスをかけ、青いダウンジャケットを着た髭面の男を拳銃で撃ったのだ。髭面の男はそのまま海に落ちた。
ほかにも目撃者がおり、銃声を聞きつけた観光客や土産物屋の人がたちまち集まり大騒ぎになった。警察もすぐに駆けつけてきたが、事件に血が騒いだサトルが余計なことを言ったために2人は事件の巻き込まれてしまう。
一方そのころ警視庁の馬田刑事は京都府の琴引浜で、サイコキラー冥妖星によるものと思われる殺人事件を捜査していた。冥妖星は1976年に新潟県の角海浜海岸で事件を起こして以来、1980年に島根県波根海岸、1988年に福岡県恋の浦海岸と事件を起こしれいた。
冥妖星の殺すのは若い女性と決まっていて、その死体は砂にうずまっていたり、砂をかけられたりし、指には安いサンゴの指輪がはめられ、鬘が被せられていた。
死体の女たちは監禁されていたらしく、逃亡防止のために足の指をすべて骨折させられ、体中傷だらけなうえ、暴行の跡があった。警察の必死の捜査にもかかわらず、犯人の手がかりすらつかめていなかった。
被害者の女性は、主婦だったり、学生だったり、夜の女だったりとさまざまで、いずれも拉致されていた。そのサイコキラー冥妖星が、8年ぶりに現われたのだった。
東尋坊から連行されたサトルは犯人扱いされ、旧知の馬田の名前を出して疑いを晴らそうとする。その馬田が琴引浜で出張捜査中だったのだ。サトルの推理能力を知っている馬田は、サトルを救う代わりに冥妖星逮捕に向けてサトルの推理を期待した。
サトルは東尋坊事件と冥妖星事件の捜査を馬田とともに開始した。まずは最初の事件が起きた新潟の角美浜に向うが、その間に東尋坊事件が進展していた。被害者の死体があがり、容疑者が浮上したのだった。
容疑者は大阪の暴力団関係者黒塚と秋田の2人で、2人は東尋坊近くの芦原温泉に宿泊していた。2人が東尋坊近くの海に拳銃を投棄したのを目撃され、捜査の結果拳銃が引き揚げられ、その拳銃が凶器と判明したのだった。

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