地獄の奇術師

二階堂黎人の実質的なデビュー作。実際には「吸血の家」の方が先に執筆されたが、「吸血の家」はその後改稿されたとされ出版されたのも「地獄の奇術師」の方が先であるために、デビュー作を本書とすることが多い。

昭和42年、東京郊外国立市にある十字架屋敷では、中折れ帽子を被り、ミイラのように包帯で顔を包み、黒いコートの襟を立てた異様な風体の人物が何度か目撃された。
十字架屋敷には戦後進駐軍と結んで財をなし、地元では有力な企業となった暮林企業を経営する暮林一族が住んでいた。暮林一族はまた敬虔なクリスチャンとしても有名で、国立イエズス会のダマン神父とは家族同様の付き合いをしており、ダマン神父を通じて多額の寄付も行っていた。
その暮林一族の筆頭は暮林梅女という老女で、事業からは引退したものの私生活では一族を支配していた。しかし体のほうは火事の後遺症で、車椅子での生活を余儀なくされていた。
その孫の暮林英希は現在高校生で子供の頃から近所に住む二階堂蘭子、二階堂黎人と仲がよかった。

ある日の夕方、蘭子、黎人、英希の3人が十字架屋敷の近くで噂になっている異様な風体の男を目撃、男は「地獄の奇術師」と名乗り暮林一族に復讐すると不気味な笑い声をあげた。
そして英希に小箱を渡して現在の暮林家の当主義彦に渡すよう托してその場を去った。その男の後をつける蘭子たち3人。男はそんなことは知らぬげに、同じ歩調で歩きつづけ雑木林の崖下に残る防空壕の一つに入っていった。
蘭子と黎人は英希を壕の入口に残し、地獄の奇術師の後を追って壕の中に入った。そこで見たものは壕の梁から吊り下げられた少女の死体。しかも死体は、顔が切り刻まれた無惨なものだった。
その時に背後から襲われ気絶する蘭子と黎人。暫くして英希に助けられて、警察が呼ばれ現場検証が始まる。蘭子の義父、黎人の父の警視庁の二階堂副総監も駆けつけてきた。
少女の死体は暮林家の一族、暮林清美。義彦の次女であった。地獄の奇術師の暮林一族への復讐が開始されたのだろうか?
その地獄の奇術師が義彦へ宛てた小箱には干からてミイラ化した左手が入っていた。その手には指輪が嵌められ、指輪の内側にはキヅチと掘り込まれていた。
キヅチとは暮林家執事を勤める万釣部亀ゑ門の甥で、その後戦争に行ってルソン島で戦死した鬼津地紫郎のことと思われた。紫郎は義彦と女を争い、その女はその後義彦の妻となり病死していた。さらにルソン島では、偶然義彦の部隊の指揮下に入り、義彦の命令で戦闘に参加して戦死していた。
紫郎が本当に死んだかどうかは、軍からの戦死通知があっただけで、戦争末期のことでもあり本当のところはわからない。紫郎が生存していて地獄の奇術師と名乗り復讐を始めたとも考えられた。
これを聞いて義彦は青ざめ何かを知っているような気配を見せたが、警察に問い詰められても口を濁した。

地獄の奇術師は、清美の事件も覚めやらぬうちに今度は十字架屋敷に忍んで、風呂場で清美の腹違いの姉広美を襲う。警察が警戒をしているさなかの出来事であったが、広美は軽い怪我をしただけで済んだ。
そしてほとんど同時刻、立川駅前のホテルに滞在していた義彦とその現在の妻竹子、さらにその子で清美の弟にあたる秀一が殺される。まさに広美の事件を陽動にして、その隙を突いたような動きだった。
義彦親子は十字架屋敷の改築のためにホテルのワンフロアを借り切って仮住まいにしていた。竹子と秀一は付き添っていた執事万釣部の入れたココアを飲んで、いきなり苦しみだして死んでしまった。
ココアからは青酸が検出された。そして別の部屋にいた義彦が喉を掻き切られて殺されているのが見つかった。これらはほぼ同時に起きたのだが、当時ホテルのフロアは2人の刑事に見張られていた。
さらに義彦の部屋はオートロックが掛り、さらに現場の寝室に入るためにはもう一つ内側から鍵の掛ったドアを抜ける必要があった。
義彦の死体が発見されたとき、これらには確実に鍵が掛っていたし、その前に鍵をかけられていたのは刑事と万釣部が確認をしていた。
刑事の見張り、オートロックの部屋へのドア、さらに寝室へのドアと地獄の奇術師は三重の密室を突破して義彦の喉を掻き切ったのだった。

地獄の奇術師の復讐はまだまだ続き、今度は万釣部が襲われた。ホテルでの捜査が終わり、十字架屋敷に戻った万釣部は書斎で拳銃によって撃ち殺された。
銃声が屋敷中に轟いて皆が駆けつけたが、すでに万釣部は絶命し、現場には誰もいなかった。万釣部は正面から額を撃ち抜かれており、現場に凶器は無く他殺と考えられたが、現場のドアには鍵が掛り、窓は2センチほど開いていたが雨でぬかるんだ窓外には足跡は無く、見張りの警官が駆けつけたが逃げていくものは誰も見なかった。
つまり他殺だとすれば万釣部は密室で殺されたことになる。地獄の奇術師はまたも不可能な状況で復讐を実行したのだろうか…
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