φは壊れたね

事件の舞台となったのは、鉄道駅から徒歩20分ほどのところにある6階建てのマンションである。最上階6階の601号室に住んでいるのはN芸大4年生の町田弘司で、彼が殺人事件の被害者となった。町田は部屋の中でロープで天井から吊るされていた。両手を斜めに挙げ、足を真っ直ぐに伸ばした姿勢、いうなればアルファベットのYの形で床から浮いていた。
芸大生らしく、部屋の中は様々なオブジェでおもちゃ箱をひっくり返したような状態で、そこに死体が浮かんでいたのだった。発見者は町田を訪ねてきた同級生戸川優と白金瑞穂という2人の女性だった。2人は予め町田を訪ねる約束をしてあったらしく、約束の時刻に601号室のチャイムを押したが何の応答もなかった。
大声で呼びかけても、ドアを少し乱暴に叩いたり蹴ったりしても、応答なしだった。そこで2人の女性は前にも同様のことがあったのを思い出し、1階下の501号室を訪ねた。501号室は管理人の部屋であったが、つい先ごろマンションのオーナーが変わった時点で管理人も退去し、今は舟元繁樹というフリーターが借りている。
現オーナーと舟元がどういう契約を結んだかはわからないが、舟元が管理人代理という立場で、すべての部屋のスペアキーを預かっていた。ところが501号室にいたのは舟元ではなく、その友人の山吹早月だった。山吹はC大学の大学院生である。舟元は近くのコンビニまで酒と食糧の調達に向かっていたのだ。
2人の話を聞いた山吹は携帯電話で舟元に連絡を取り、その指示でスペアキーを持って601号室に向かった。このマンションのキーは電子キーで、簡単には複製できないものだった。601号室を開けると、ドアの内側にドアと密着して積まれていたらしい段ボール箱が廊下に崩れてきた。山吹はそれを傍らに積み上げ通路を作る。2人の女性は、そこを通って部屋の中に入って行った。山吹は501号室に戻る。
601号室に入った2人の女性は、部屋の中に吊るされている町田を発見した。戸川が町田に駆け寄り、胸に刺さった凶器のナイフを抜きとり、町田に頬ずりをする。血だらけになった。ちょうどその時に町田の部屋の宅急便が配達された。2人の女性は我に返り、宅急便屋に警察への連絡を頼み、戸川は501号室に応援を求めに行った。
話を聞いた山吹もすぐに上がってきた。山吹は現場を確認したが、町田が死んでいるのは明らかだった。窓には内側から鍵がかかり、ドアにも鍵がかかっていた。のちに検死の結果、死後30分ほどたっていた。しかもこれも警察の捜査で判明したのだが、部屋にはビデオカメラが仕掛けられていた。
ビデオカメラは死体の位置からは外れていたが、2人の女性が入ってきて死体に驚く様子や、山吹が死体を見に来た場面などは、きっちりとテープに記録されていた。2時間テープには「Φは壊れたね」というタイトルらしきものが張られていた。テープによる記録は事件を解決に導くどころか、密室殺人事件のより強固な物証となってしまった。
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