月は幽咽のデバイス

化け物屋敷と呼ばれ、オオカミ人間が出ると噂される篠塚邸。邸の主は建設会社社長篠塚宏邦で、娘の莉英と一緒に住んでいた。邸にはほかに居候の桜井と家政婦がいるだけである。
この篠塚邸である晩パーティが催された。莉英とその友人の建築家神部和明の婚約披露のパーティで、篠塚の会社の重役や莉英の友人など総勢10名ほどの内輪の宴だった。
そのなかに瀬在丸紅子と保呂草潤平も招かれていた。宴が一段落し、三々五々に参加者が話をしたり庭に出たりしだしたときに事件が起きた。
パーティが行われたフロアに隣接して、篠塚自慢のオーディオルームがあった。オーディオルームは篠塚がゆっくりと音楽を聴くための部屋で、周囲の部屋よりは1mほど低く、中には数百万円のオーディオセットがあった。
この部屋は音響効果のみを考えて作られており、邸の中からは基礎も独立していた。この魔法瓶の中のような二重構造は、邸内の震動が伝わらないようにという配慮で、そのために防音は完璧であった。
パーティの最中に莉英がクラリネットを取りにオーディオルームに入った。そのとき部屋の中は照明が消されて真っ暗で、莉英は照明をつけずに20秒ほどで出てきた。
莉英によれば入口の階段でひっかかり持っていたグラスを割ってしまい、そのために先に進めなくなり照明をつけられなかったからだった。その様子は部屋にいた複数の出席者によって目撃されていた。

20分後、再び莉英はオーディオルームに入ろうとした。今度は出席者の一人でデザイナーの歌山佐季が見当たらず、オーディオルームにいるのではないかと考えたためであった。
だが、そのときオーディオルームに入口には鍵が掛かっていた。部屋の性格上ドアは一か所だけで、窓はない。ドアの鍵は中からはつまみを回せば掛るが、外からは鍵を使うことになる。
十数分の間に誰かが鍵をかけたのだろうか?そんなはずはないが…などと思いながらも莉英は鍵を持ってこさせ、それでドアを開いた。
すると中には頭を強打された血まみれの歌山佐季の死体が転がっていた。その死体はまさに血まみれという言葉がぴったりであった。
部屋中を引きづり廻されたようで、死体はボロボロ、床には血の跡がいたるところについていた。まさに惨殺という言葉がふさわしい状態であった。
莉英が最初にドアを開いたときには、暗闇ではあったが人が殺されている様子はまったくなく、20分後に死体が現れたのだ。その間にドアを出入りしたものはない。
この20分間、常にドアのあるフロアには人がいたから間違いないと考えられた。では犯人はいつどうやって殺人を犯し、ドアに鍵を掛けたのか…

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