今はもうない

笹木はその日、岐阜県の山中にある橋爪氏の別荘に来ていた。笹木の婚約相手石野真梨子が橋爪氏と知り合いで、2人して招待されたのだ。
ほかにも橋爪氏の知り合いのモデル神谷美鈴、女優の朝海由季子と耶素子の姉妹の女性が3人、橋爪氏の息子の清太郎、使用人の滝本の合計8名が橋爪氏の別荘に滞在する全員だった。
だが一公務員で人嫌いである笹木には別荘の雰囲気が合わず、台風が接近して時々雨が時々のも構わずに、山の中を散歩した。そしてその途中、西之園嬢に出会った。
西之園家の別荘は橋爪氏の別荘の近くで、西之園嬢は叔母と喧嘩して別荘を飛び出してきたというのだ。別荘には絶対に戻りたくないという西之園嬢を笹木は橋爪氏の別荘に連れて帰る。
橋爪氏は好意的で西之園嬢を別荘に泊めることにして皆に紹介し、夕食をともにした。

台風が迫り風雨が激しくなった深夜、笹木は部屋をノックする音で目覚めた。ドアを開けるとそこには西之園嬢が立っていた。2階の部屋で悲鳴が聞こえたというのだ。
2階には映画鑑賞のための2つの部屋があった。一つは娯楽室と呼び映画を観る部屋、もう一つは映写室であった。2つの部屋は行き来できず、間には映写機から映画を送るための小窓があるばかり。
したがってドアは2つの部屋ともに廊下に向かってついていて、鍵は内側から閂が掛けられるだけ。そのほかに娯楽室には窓が一つ、映写室には換気扇があった。
西之園嬢によると悲鳴が聞こえたのはどちらの部屋かはわからないというので、笹木が2つの部屋のドアを順に開けようとする。だが、どちらの部屋も内側から鍵が掛けられているらしくびくともしなかった。
完全に目覚めてしまった2人は仕方なくコーヒーを飲み始めるが、物音で橋爪氏や清太郎が起きだしてきた。笹木たちは橋爪氏の親子のどちらかが映画でも観ているのだろうと思っていたが違うという。

場はあわただしくなり、橋爪氏親子も含めて4人は2階に向かう。相変わらずドアは開かない。橋爪氏はドアを壊すことにし、滝本に命じて道具を探させた。
最初に娯楽室のドアが壊された。ちょうど映画が終わる所らしくスクリーンにはエンドクレジットが写っていた。そしてその中で朝海由季子が死んでいた。
天井からはロープ、首を吊った後にロープが切れて落下したように見えた。さらに映写室には首にくっきりと痣をつけた朝海耶素子の死体があった。部屋はどちらも中から閂が掛けられ、娯楽室の窓にも中から鍵がかかっていた。
部屋の中には隠れるところもない。自殺だろうか?台風の中、道は途絶したが何とか警察に連絡がつき、翌日もかなり経ってから警官と医者が上ってきた。
そして医者の検死で驚くべきことがわかった。少なくとも朝海耶素子は自殺ではなく絞殺だというのだ。これで映写室は密室殺人現場になった。

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